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第十三話  「ファフニール」

ちょっと長くて濃い目です。お時間のある時にどうぞ。


 シートに身を浅く沈めたロビンは、加速による圧を背中に得た。


 ただ、そう強いものでもない。電磁カタパルトと重力レンズによる射出は何の対処もしていなければ身動き一つ取れなくなるであろう加速度だったが、操縦室に施された重力操作術式がそれを緩和していた。

 格納庫ラージボックスからやや上向きに射出されたファフニールは、速度計の指し示す数値が初速から離れようとする直前に背部のスラスターを噴かし、自力飛行へと移行する。


 黄昏竜は視線を向けるだけで大気を退かせたが、機械仕掛けの竜騎士が空を駆けることを望むならそれなりの小細工が必要だ。その小細工を魔導科学で実現するファフニールは、最も先端に位置する胸部上方に刻印された術式に魔力を通し、風と重力の混合結界を四角錐状に展開した。


 騎士の行く手を阻む大気は尖った障壁によって切り裂かれ、阻むモノをなくした騎士は自由の空を謳歌する。


「いいね、悪くない。この世界の空もボクらを受け入れてくれるみたいだ」


 落ち着き払った声で竜騎士の駆り手は感慨を漏らした。


 炉心の起動実験だけはラージボックス内で事前に済ませていたが、ファフニールを本格稼働させたのは世界間転移現象以降、今回が初めてだ。

 機体の起ち上げだけで大量の資材を消費することを考えれば無理もない話ではあるが、ある意味ぶっつけ本番に近い実戦投入に際して多少の不安を感じてしまうのは致し方ないことと言えよう。


 だがその不安も、自力飛行が可能なことを確認したことによって大部分が解消された。機体制御に必要な各種刻印術式も問題なく稼働している。

 浅く笑みを浮かべたロビンは、さらなる加速をファフニールに与えようとして、


『――――!』


 妖精竜(フェアリードラゴン)による迎撃が正面から襲いかかってきた。

 密集していた六体の妖精竜のうち、群れの先頭に位置する個体からの火炎弾だ。

 上下に大きく開いた口蓋から放たれた豪炎が、ミサイルじみた勢いでファフニールへと迫る。


「――速いね。この前の妖精竜より、ずっと」


 ファフニールは肩部スラスターを噴かし、射線上から身を逸す。

 斜めに傾いだ機体の右上方を豪炎が駆け抜けていくが、その弾速は以前の妖精竜とは比較にならない。

 目視では小粒のようにしか見えない距離だというのに、ここまでの精度と弾速で狙撃してきたあたり、さすがは完全体というべきか。


「前と違うのは見た目だけじゃない、ってことか」


 伊達に自国と隣国のエルフを喰らい尽くしたわけではないようだ。外見もさることながら、その体内に溜め込んでいる魔力量も以前の個体とは桁違いである。

 先ほどの豪炎も単なるブレスではなく、有り余る魔力を上乗せしたことによって速度を発揮したものだったのだろう。


『――――!』


 冷静に分析するロビンを他所に、妖精竜の一体が魔法陣を展開した。左右三対六翼の翅から緑の魔力光が漏れ出し、魔法陣を輝かせる。そして輝きが一定の光量に達すると同時、両翼に展開された魔法陣は左右二発ずつの光弾を撃ち放った。

 合計四発の光弾は貫きの力と化し、確かな威力を伴ってファフニールへと迫る。


 対するファフニールは機体を振って身を沈め、回避機動を取った。

 しかし先ほどの初撃と異なり今度は四発だ。

 時間差で迫る光弾は一度の回避行動では躱しきれない。


 瞬時の判断を下したロビンは、一発目を避けた直後に胸部スラスターを全開にして落下の勢いを止め、即座に機体を回して反転。主要推力を生み出す背部スラスターの大出力でファフニールの巨体を上方に跳ね上げた。

 そして二発目の光弾が機体の下方を通り過ぎたのを確認するや否や、続く三発目は二度のスラスター点火で回避。思い通りにファフニールの躯体が動くことに満足を得たロビンは、続く最後の四発目にクルビットマニューバで応じた。空を見上げた背中の下を光弾が通り過ぎた直後には、ファフニールは既に眼前を向いている。


「右腕兵装、魔導収束投射砲『アウルヴァング』、レディ」


 舞うように躱しきったファフニールは、駆り手の意志に従い己の兵装を構える。

 鋼の両手が握るのは左右一丁ずつの銃把だ。

 左右共に長銃だがその形状も長さも異なり、左手に持つ白銀(しろがね)の銃が全長十メートルを超えているのに対し、右手が掴む黒鉄(くろがね)の銃はそれより一割以上も短い。

 ファフニールはまず右の長銃を用いて、銃口の先に敵集団の姿を捉えた。


 大気が哭くような吸気音と共に魔力が充填されていく。試射を兼ねた一発目は出力三〇パーセントに設定した。ロビンはサブディスプレイに表示された充填率と、その効率を示す数値をチラリと確認し、


「――訂正、収束率が既定値に未達。出力二〇パーセントに再設定」


 機体の燃料となる魔力――その生成機関である炉心の魔素抽出効率が想定値を大きく下回っていることを認めたロビンは、素早く出力設定を書き換える。

 そして極薄のパイロットグローブに包まれた小さな指が操縦桿のメイントリガーを押し込むと同時、黒鉄の長銃(アウルヴァング)が内部に溜め込んだ力を解放した。

 解き放たれた圧縮魔力は束ねの光となり、光柱と化して駆け抜ける。


『――――』


 これに対し、妖精竜の群れは多重障壁を展開することで応じた。

 二国の滅亡と引き換えに本来の力を取り戻した、エルフ神話に名高き守護者、妖精竜。それが六体掛かりとなって防御のみに注力した多重障壁が光柱を受け止め、結果として激光の応酬が生じる。


『――――ッ!』


 圧縮された高濃度の魔力塊と、多重展開された障壁の激突。それは僅かな拮抗を経て、黒鉄の長銃から伸びる光柱が己を押し通す動きへと変わった。


 一枚目の障壁が消滅し、続く二枚目が呆気なく喰い破られる。更に三、四、五枚目の障壁が秒を追う毎に砕け散り、遂に最後の一枚へと到達した。光の穂先が六枚目の障壁に罅を入れる。


 だが、そこが限界だった。機体からの警告を聞き届けたロビンはトリガーから指を外し、長銃の照射を停止する。機体に供給される魔力量が一定値を割ったのだ。砲撃による魔力の消費量が、魔石を糧に稼働する炉心の出力を完全に上回っている以上、連続照射時間には限りがある。その限度時間を告げる警告音だった。


 勢いを減衰した光柱は罅割れた隙間から幾条かの光を押し通し、その幾つかが竜の姿を捉えるも、常時展開している障殻――自身を中心として球状に広がる結界によって侵入を阻まれた。力を無くした光柱が消え去ったそこには、健在を示す六体の竜の姿がある。


 エルフの守護者たる妖精竜の群れは、たとえ六体掛かりのこととはいえ、在り得ざる異邦人の砲撃を防ぎきってみせたのだ。


「やるじゃないか。さすがは守護竜だ」


 ロビンはサブディスプレイに映し出された炉心の出力バランスを調整しつつ、耐え抜いてみせた妖精竜に称賛の声を送った。


 ファフニールの検証実験の為、第二炉心にはこの世界で採取し精錬を施した魔石を使用している。そしてそれが為に機体各所に供給する魔力が乏しく、長銃の出力も想定以上に絞らざるを得なくなったのは事実だが、それでも真正面から砲撃を防ぎ切られたのは少々予想外だった。彼我の戦力を評価し直し、戦術を組み立て直す必要があるだろう。


 そうして意識を改めた竜騎士の駆り手は、ファフニールに前進を命じた。

 背部スラスターを噴かし、再びの大加速。

 機械仕掛けの竜騎士は妖精竜の群れ目掛け、一直線に距離を詰める。


『――――』


 対する妖精竜の群れは、四散と離脱という二種類の行動で応じた。

 一体がファフニールに背を向けて離脱し、残り五体がそれぞれ別方向に展開する動きだ。

 ロビンが直線状に逃げた一体の追尾を即断すれば、散開した五体は再び集結し、編隊を組み直してファフニールの背を追う。


 つまりは一体が囮になり、残りの戦力で獲物を追い立てる陣形である。ロビンもまたそれを承知の上で背を向ける竜を追ったわけだが――


「……へぇ」


 手慣れている、という感想をロビンは得た。

 先ほどの密集陣形での複合防御といい、恐らくは竜族にのみ通じる声ならぬ聲で連携を取っているのだろうが、行動に迷いがない。


 つまるところ、この世界の通常戦力とは比較にならない絶大な力を有する守護竜の群れは、あろうことか『己よりも強大な単騎』に対する戦闘行動に習熟しているのだ。

 伝承では人類を滅ぼそうとする魔王との決戦に駆り出されたと聞くが、案外その伝承とやらは誇張された伝説ではなく正確な口伝なのかもしれない。


 そんな感想を抱いたロビンは、敵戦力が『強大な単騎との戦闘術』を行使する現状に喜びの感情を得た。

 自身に与えられた戦略コンセプトを考慮するに、この世界における初陣の相手としては悪くない。普段のおちゃらけた表情とは一転、ロビンは大きな瞳を鋭の一字に細くして、視界前方に投影されたメインディスプレイを直視する。


『――――!』


 先行する妖精竜は嘶きをあげ、緑色の魔力光を零しながら加速した。

 ディスプレイ中央に映る敵影が光の尾を曳き、そしてその色を認識した頃には先行する竜の背は小さくなりつつある。

 それは持ちうる魔力の全てを加速に用いようという動きだった。蒼銀の竜騎士に背を向けて飛翔するその個体は、純粋な加速力で追手を振り切ろうというのだ。


 ならばそれに応じようと、ロビンはファフニールにさらなる加速を要求する。


 応じて変形を始めたのは騎士の脚部を構成する重厚なパーツ群だ。

 光沢のある蒼碧と深い銀で装飾された両脚部が鋼の音を立て、胸部付近に膝を、大腿部に踵を付ける形で胴体部にマウントされる。同時にスカート状の可動式大腿覆い(タセット)内部に存在する中型スラスターの群れが露出し、その全てが機体後方に向けられた。武器を構える両腕部は肘を曲げて折り畳まれ、一種の固定砲台としてその存在を確定する。


 続いて展開されたのは、肩部に搭載された二門の大口径スラスターからなる双翼だ。長大なフィンスラスターの奥底には大口を開けた噴出口があり、その全容は長大な砲とも幅広な槍剣ともとれる形状をしている。その他機体各所に存在する大小様々なスラスター群もまた、前方を指し示す突撃槍(ランス)の穂先に似た胸部とは逆側、後方へと向けられ、その全てを開口した。


 そうして結実したのは人型とは異なる姿。最高速を望む竜の威容。ただひたすらに速度を追求し、変形を終えた末に至ったその形態は――


「高速巡航形態――ファフニールの機竜としての姿さ」


 即座に叩き込まれるスラストレバー。受命を示すように竜頭の単眼が発光し、炉心からの魔力供給を得たスラスター群が咆哮する。


 肩部、背部、腰部、脚部、足底部――その全てのスラスターが眩い輝きを放ち、白い光の尾を生んだ。計七十二門のスラスターが生み出す白光(びゃっこう)が象るのは、さしずめ竜の光翼だ。七十二条からなる横広がりの光翼は白光を羽根と散らし、高速を望む機竜に爆発的な推力を齎す。


 結果として彼我の相対距離を示すメーターが見る間にその数を減らし、ゼロへ目掛けて急落を開始した。


「――――ッ!」


 身を翔ばし、空を貫き、加速に加速を重ねて尚加速する。

 後続の五体に無防備な背後を取られようがファフニールには関係ない。

 蒼銀の機竜は爆発的な速度で何もかもを置き去りにし、遥か先を征く妖精竜の背を目指す。


 先行する妖精竜は追い縋る機竜をなんとか引き剥がそうと、障殻の展開に回していた魔力さえもつぎ込み、なりふり構わない加速を果たそうする。

 しかし高速巡航形態の機竜はその速度をも凌駕した。

 攻撃に備えて一定量の魔力を割かざるを得なかった後続など、もはや追いつけるはずもない。後方から時折飛んでくるブレスを細かな機動で回避しつつ、間合いを詰めたファフニールは小さく折り畳んだ右腕で黒鉄の銃口を向ける。


 射撃管制装置(FCS)が表示するターゲットカーソルは未だロックオンを示していないが、ここまで距離を詰めれば有効打には十分だ。ロビンはロックオンを待たず目視射撃。黒鉄の長銃から放たれた光撃が先行する竜の背に突き刺さり、その片翼と右半身の数割を穿った。


『――――!?』


 妖精竜が悲痛な叫びを上げて地上へと落ちていく。

 急所を外したのか即死には至っていない。だが大打撃を与えたのは事実だ。大きく抉られた傷口からは泡立つように肉が盛り上がり、再生を行おうとしている様が確認されたが、その再生速度からして数分で全回復できるようなダメージではないように見受けられた。

 初の有効打となった射撃の成果に、ロビンは相応の手応えを得る。


 しかし、その一方で喜ばしくない事実も明らかになった。


「魔力再充填中。次弾発射可能まで四十九秒……ここまでリロードに時間がかかるとはね」


 計算外であり歓迎しかねる事態だ。どうやらたった二発で黒鉄の長銃(アウルヴァング)貯蔵(プール)されていた魔力が枯渇したらしい。サブディスプレイの一つに表示されたリロード所要時間を目視し、ロビンは眉を顰める。


 彼の駆るファフニールは、古代遺跡から発掘した機動兵器――無傷の炉心を抱えたまま躯体の原型を残しているという奇跡的な保存状態だったソレを回収し、第七軍団の職人集団によってリストアされた機体だ。

 アルキマイラが誇る最新魔導工学の粋を凝らしたものの、古代文明の失伝技術(ロストテクノロジー)とは水準も、経緯も、系統も、在り方も、何かもかも異なるが故に完璧な改修ができたわけではない。

 むしろアルキマイラの技術が割り込んだ分、元の形とは在り方を変えてしまっていることだろう。もともと設計されていた機能を発揮する為に、幾つもの術式を継ぎ接ぎにして強引に再現している部分もある。


 そしてそれが故に、ファフニールは燃費が悪い。

 いっそ最悪と断言してもいいだろう。

 足りないパーツを足りないままに機能を成立させる為、百のリソースを費やして一の結果を得ているような機構さえあった。


 今しがた使用した黒鉄の長銃『アウルヴァング』もその一つだ。

 術式という形に変換せず、純粋な魔力塊を一筋の彗撃として撃ち出す長銃はひどく大食らいで、ジェネレーターに直結しても充填には時間がかかる。ある条件さえ成立させれば連射も可能なのだが、異世界原産の魔石を用いた炉心からの魔力供給は再充填に一分近い時間を要求してきているのが現状だ。


 炉心に使っている魔石はこれでも厳選した筈なのだが、そもそもの水準が元の世界から持ち込んだ魔石と違いすぎた。


「なら、次はコイツの出番かな」


 ロビンは操縦桿を掴む右手はそのままに、空いた左手でコンソールパネルを叩く。兵装切り替え。メイントリガーの連動先に左腕兵装――魔弾装填型単身銃『ガンダールヴ』を設定する。


 無属性の圧縮魔力を放射する一種のエネルギー兵器である黒鉄の長銃(アウルヴァング)とは異なり、白銀の長銃はまだしも現代の銃に似た構造をしていた。

 薬室が存在し、銃弾が込められており、撃鉄が落ちることで射撃が実行されるという意味合いでは現実の銃に即している。

 但しその銃口から吐き出されるのは弾丸ではない。トリガーの押下と共に射出されたのは、弾殻に刻まれていた火属性攻撃術式――〈爆炎穿槍〉(ブラストジャベリン)だ。白銀の銃口から術式が解放され、ムスペルの投擲槍かと見紛う程に巨大な炎槍が射出される。


 ――『魔法使いの鉱妖精(ガンダールヴ)』の名が与えられた白銀の長銃。

 それは装填された魔弾、その弾頭に刻まれた術式を増幅して解き放つ魔銃である。


 刻める術式の『格』が弾殻のサイズと品質に依存する関係上、極大魔術を放てるわけではないが、その長大な銃身には魔弾の効果を増幅する特殊機構が組み込まれており、発揮される威力は高位術者が完全詠唱で放つ大魔術にも匹敵する。

 また魔弾には炸薬の代わりに高純度の魔晶石が篭められており、術式の発現自体は魔弾が有する魔力だけで事足りるという利点が存在した。『ガンダールヴ』の射撃に要する魔力は通常出力の『アウルヴァング』と比較した場合、実に百分の一以下である。


 但し魔力伝導率が高い純ミスリル製の弾殻を使い捨てにする都合上、一発あたりのコストが極めて高く、その金額を知るプレイヤーからは『銭投げ』などと揶揄される一種の欠陥兵器でもあった。

 間違っても量産や多用には向かない武器であることに疑いはない。

 だがそのデメリットを飲み込めるだけのバックグラウンドがあるならば、この状況では紛れもない最適な攻撃手段と言えた。


 斯くして威力を増幅された〈爆炎穿槍(ブラストジャベリン)〉は十分な効力を発揮し、落ち行く妖精竜が咄嗟に展開した障壁をも貫いた。体内の奥深くまで突き刺さった炎の投擲槍が爆ぜ、霧雨の舞う空に爆炎の華を咲かせる。紅蓮華が散ったその後には、原型を無くして地面に墜落していく竜の亡骸だけが残った。


「目標、一機撃破」


 戦果を確認したロビンは呟き、次なる目標へと機体を反転させる。

 横軸方向に百八十度ターン。

 そうして先ほどまでの後方に機首を向けた機竜の視界前面には、攻撃の為に魔力を充てがっていた後続の妖精竜――そのうちの四体から放たれた千を超える光矢の光景があった。


「――ッ」


 判断は一瞬。決断は即応に繋がった。

 圧倒的な密度で迫る光矢の群れに対し、ファフニールは自ら突撃したのだ。

 最も弾幕が薄い空間、僅かに出来た隙間に鼻先を捩じ込むようにして、機竜は強引な突破を図る。


 しかし迫りくる数が数だ。五百に及ぶ光矢を潜り抜けたファフニール目掛け、残り数百の光矢が殺到した。如何な機竜とはいえ回避する空間が物理的に存在しなければ躱すことは出来ず、被弾は必至である。ならばと刹那の間に演算を終えたロビンは操縦桿上部の蓋を親指で弾き、露出したボタンを押し込んだ。


 直後に着弾。同時に耳朶を打つ轟音。光矢の雨はファフニールに容赦なく襲いかかり、光爆が破壊的な威力を伴って打撃した。しかも爆ぜる音は単発に留まらず重奏と化して鳴り響き、空間内の霧雨が破砕したことで濃い霧が生まれる。

 そして弾幕形成に参加していなかった最後の一体が、今の今まで溜め続けていた圧縮魔力を一条の閃光として撃ち放った。狙い澄ました一撃が濃い霧の中心地に突き刺さり、内部の目標に命中したことを示す証として爆光を輝かせる。


『――――』


 一体を囮として敵を釣り、無防備な背を取った四体が弾幕を張り、動きを縫ったところで最後の一体が本命の攻撃を撃ち込む図式の連携攻撃。

 囮役が瞬く間に撃破されたのは竜群にとって計算外だったが、各々が役割を全うした連携技は見事、鎧を纏う竜への直撃を果たしたのだ。


 どれだけ頑丈であろうが、光矢の弾雨と爆光の一撃は致命傷を与えるに十分な威力である。自分たち以上の防御力を有していると仮定しても、甚大なダメージを負っていることに疑いはない。もしも生き延びていればさらなる追撃を与えてトドメを刺すだけだと、妖精竜は総体の意見として勝利を確信する。


 それを甘い判断だと謗ることは出来ないだろう。

 なにしろ数多の贄を血肉として完全復活した妖精竜は、伝説に謳われる全盛期としての力を取り戻しているのだ。

 ましてやその群れを打倒し得るとなれば、それこそ魔王が如きなにかであり、この世界に生を得た者たちがそれに該当しないのは道理である。


 だが、そんな妖精竜の視線の先、球状の霧が八方に散じた。

 内側からの圧により爆ぜ散ったのだ。

 次いで霧の塊から飛び出したモノがある。

 雲跡を曳いて空を翔けるのは、傷一つない完全無垢な機竜の姿だ。


『――――ッ!?』


 妖精竜は揃って瞠目するが、なにもファフニールは無防備に光矢を浴びたわけではない。

 アポイタカラ製の複合装甲は堅牢な防御力を有しているが、先の光撃が直撃すれば表面に傷跡ぐらいは残るというものだ。

 従って傷跡すら無く、文字通り完全に無傷なままファフニールが難を逃れた要因は、装甲の厚さではなく咄嗟の起動を果たした防御機構にある。


 全天遮断領域生成機構『エイキンスキアルディ』――突撃槍の穂先に似たブレストアーマー、その上部に刻まれた刻印術式から成る全周囲防御装置。炉心からの魔力供給を受けたそれが胸部を装飾する紋様を輝かせ、ファフニールを中心として防御フィールドを展開、降り注ぐ光の瀑布の尽くを遮断したのだ。


 凡そ万能な防御性能を誇るエイキンスキアルディだが、その展開はあくまで限定的なものに留まり、雲跡を曳いて飛び出した時には既に消失していた。

 躯体を動かすだけで魔力を消費するファフニールに、これを常時展開する余裕はない。攻撃と機動にどれだけの魔力を費やすかにもよるが、この戦闘で使えるのは多くて二回といったところだろう。第二炉心の出力低下が予想以上に響いていた。


「まあ、仕方ないね。それならそれでやりようはあるさ」


 淡々と言ってのけたロビンは、次なる獲物にファフニールの機首を向ける。

 狙われていることを悟ったのか、メインディスプレイ中央に捉えた妖精竜は身を翻して飛翔した。


 但し、それは背を向けての逃亡ではない。

 ディスプレイの上方に向けて駆け上がる軌道は、戦闘空域に留まり戦いを継続する構えである。

 直線的な最大加速では分が悪いと判断した妖精竜は、一定空間内に限定した高速機動戦闘を挑もうというのだ。


「――いいね。実にいい。それでこそ竜だとも」


 ならばと、ロビンは唇を舌で濡らしてスラストレバーを叩き込む。

 双翼の飛翔機が吼え猛り、背部を向いたスラスター群が白光の羽根を散らした。


 ――ドッグファイト。


 天上へ駆け上る妖精竜の後を追い、機竜が急激な上昇を始める。

 すると先行する妖精竜は素早く身を捻り、斜め下方に切り込むような軌道で機竜の視界から逃れようとした。

 ロビンは素早くフットペダルを蹴り込んでフラッシュブースト。瞬間的に右側の光翼が膨張する。ファフニールの右肩部大口径スラスターが瞬間的な大推力を発した証だ。視界中央に敵の左側面を捉え、距離を詰める。


 妖精竜は再び切り返し、上昇。次いで全力で加速しながら上下左右に身を振って揺さぶりをかけた。後を追う機竜は視界中央に敵影をピタリと捉えたまま、高性能な誘導ミサイルのように追い縋る。

 他の妖精竜とて傍観しているわけではない。追尾を阻む光撃が横合いからファフニールを襲うが、その度にファフニールは瞬間的なブースト噴射で回避。紙一重で躱すのは無駄な機動を極力削り落とそうとする動きだ。長く尾を曳く双翼の二条を航跡として、更に接近。


 対する妖精竜は回避運動を行いつつの上昇を捨て、弧を描いて下を向いた。縦軸に百八〇度ループ。下降へと身を移した妖精竜は直下に向けて落下する。

 否、それは落下ではなく飛翔だ。その証左として、妖精竜はさらなる増速を自らに課した。自由落下を超える速度を望んだのだ。何故ならば機竜は未だ振り切れておらず、あくまでその個体を追撃せんとする構えを取り続けていて――


『――――』


 来た。やはり来た。地上に頭を向けたままチラリと向いた背後――上方から機竜が迫ってきているのを、その妖精竜は見て取る。


 敵の正体は未だ不明だが強敵であることに疑いはない。個体としての性能はあちらの方が上だろう。加速力は水をあけられ、機動力もこちらより上手であることを今しがた示された。少なくとも一対一では勝機はない――とその妖精竜は判断を下す。


 だが、何故かあの敵は己という個体に拘りを見せていた。

 それも必ず追いついて仕留めるという確固たる意志を持ってだ。

 その証拠に、今も尚直線軌道で無防備な背中を晒しているというのに射撃を行ってこない。まるで機動性で勝った証を欲するように、敵は己との相対距離を零とすることに固執している。

 理由は分からないものの、妖精竜はその拘りに勝機を見出した。


『――――!』


 地面へ向けて飛翔する妖精竜の視界前方――即ち下方向から急速に迫ってくる影がある。

 予めその座標に待機していた別の妖精竜だった。

 それ(・・)は急降下する個体と高速ですれ違い、直上に向けて上昇。そしてその先に存在する機竜に対し、すれ違いざま五十超過の光矢を放つ。


 突如として正面に弾幕を形成された機竜は、フラッシュブーストの連続起動で回避した。不意打ちに近い攻撃を全弾回避したその手腕には驚嘆すべきものがあるが、その結果として無駄な機動が生じ、先を行く妖精竜との相対距離が空く。


「――チッ」


 機竜はその距離を追加の加速で埋めようとする。

 迷いのない挙動が示すのは、遠距離から仕留めるのではなくあくまで追い付こうとする動きだ。

 追加の加速器に火を入れれば尾を曳く白光が数を増し、空いた相対距離が再び詰まり始める。


 そしていよいよ地面が迫ろうという頃、先を行く個体はおもむろに口蓋を開放した。鋭い牙が生え揃った上下の顎の中心には、咥えるような形で緑色の魔力塊が輝いている。ソレは刹那の後に直下に放たれ、結果として爆光が地面を穿った。


『――――!』


 咆声と共に砕かれる霧雨。直上に舞い上がる土塊。

 それらが合わさって出来た即席の煙幕がファフニールの鼻先に生じた。

 突き抜け、幾分か視界が晴れたその先には、目と鼻の先に迫る地面がある。


 先行する妖精竜は射撃の反動で減速し、更に魔力を糧に呼び寄せた豪風の後押しを受けて無理矢理に身を捩った。結果として地面スレスレの高度で落下の勢いを殺しきり、そのまま水平飛行に移ることに成功する。


 一方、後続の機竜は視界を遮られて高度を測る邪魔をされた上、ただでさえ追加の加速を行っていた最中だった。地面に向かう加速度は前を行く妖精竜を圧倒しており、加えて言えば減速を行う素振りもなかった。

 ましてやそんな状態で既に妖精竜が身を捻り始めた高度を通り過ぎているときては、墜落を回避した妖精竜と同様の挙動を取れる道理はない。機首の引き起こしこそ始めてはいるものの、水平飛行に移るのに先んじて地面への墜落が来るだろう。追撃に備える後続の妖精竜は論理的な判断の帰結として、大地に身を打ち据える機竜の姿を幻視する。


 ――事実、これが航空機ならば引き起こしも間に合わず、無様な末路を晒したことだろう。


 だがファフニールは航空機ではなく機竜であり、更には空を駆けることを望んだ鋼の騎士だ。高速巡航形態のまま直下に突き進むファフニールは地面に激突する寸前、操縦者からの指令を受けて可変機構を駆動させる。


「――――」


 同時にコクピット内でも変化が生じる。

 ファフニールの姿が各状況に適した形状を取るに従い、それを操る方法もまた最適な形を取ろうという動きが、だ。


 変化は小人の右手が握っていた操縦桿から始まった。両大腿部中間から伸びたそれが二つに分かたれ、シート両脇下部から立ち上がったサイドスティックパーツと結合し、左右一本ずつのグリップへと形状を変える。

 次いで深く身を倒していたシートの背が起き上がり、操縦者の姿勢を座位から立位に近い形へと移した。両の足が踏みしめていたフットペダルは立位の動作と共にさらなる深部へと格納、姿を消し、代わりに無数のセンサー群が小人の脚を装飾する。


 パズルが嵌め込まれるような音を奏でて完成したのはサバイバルブーツに似た形状の靴型操縦装置であり、その正体は操縦者の動きを機体にフィードバックさせるトレースシステムの一種だ。数多のセンサーに取り囲まれたロビンは薄暗い操縦室で笑みを浮かべ、ディスプレイ上の竜へと告げる。


「高速巡航形態は発掘後に付け足したものでね。ファフニールの本来の姿はこっちの方なのさ」


 再び騎士の姿を取り戻した人造の竜騎士(ファフニール)

 拘束具に似たブーツ状の操縦装置はしかし、装着者の動きを微塵も阻害することなく、小人の脚の動きを機体の挙動に変換した。

 ロビンにとっての数センチ単位の脚の動きは、ファフニールにとっての数メートル単位の挙動へと反映され、結果として竜頭の騎士が激突寸前だった地面を蹴りつける。それも真正面から衝撃を受け止めるのではなく、前傾姿勢で前に身を跳ばす動きでだ。アルキマイラの最新技術でも新造不可能な超感度センサーの群れが筋肉の些細な動きをも察知し、竜騎士の両脚部に最適な出力調整を施す。


 そして激突じみたであろう地面との接触は、衝撃を後方へ受け流したことにより前方を望む推力へと在り方を変えた。機械の身が成し得たものとは考え難い靭やかかつ流麗なシフトウェイトは、彼を【ゴーレムマスター】たらしめる〈ゴーレム操作〉スキルの賜物である。


 更に二度三度と地面を蹴り飛ばすことで、降下の勢いから生まれた慣性は前方への推進力に完全に転化された。四度目の蹴りでファフニールは再び脚部を畳み、足底部の大出力スラスターから白光を噴出する。


『――――!?』


 これに目を剥いたのが前を行く妖精竜である。

 なにせ妖精竜が大量の魔力を費やした豪風によって墜落を回避したのに対し、追手たる機竜は物理的な動きで同等の結果を得たのだ。

 騎士の形に身を変えたファフニールは機敏な挙動で地面を蹴り、速度という力を制御下に置き続け、更には機械としての出力を追加して妖精竜に迫らんとする。


 先行する妖精竜は接近されることを厭うが、引き離すには速度が足りない。

 地面との墜落を逃れる為に減速した妖精竜と、速度を落とすことなく水平飛行に移行したファフニールとでは致命的とも言える速度差が生じていたのだ。

 その相対距離は数秒と経たず零に近づき、遂に肉薄したファフニールが白銀の長銃を振り上げる。


 そしてトリガーが押し込まれると同時、白銀の銃口から雷の刃が生じた。魔弾に刻まれていた術式である〈雷電の太刀(ライトニングブレード)〉――攻撃動作に合わせて数秒間だけ雷の刃を発生させる接近戦専用魔術が発現を果たした結果だ。

 『ガンダールヴ』によって効果を増幅され、白銀の長銃そのものを柄とした刃渡り三〇メートルにも及ぶ紫電の大太刀。その極厚の刃が妖精竜の背中を捉え、真っ二つに断ち割られた竜の亡骸が木々をなぎ倒しながら墜落した。


「次弾装填。弾頭選択〈暴風の乱刃(ストームエッジ)〉――発射(ファイア)


 二体目を撃破した感慨もなく、ロビンはすかさず次の行動を起こした。

 『ガンダールヴ』の銃口を上空に向けて即座に発砲。

 弾頭に刻まれた風属性の広範囲攻撃魔術が発現を果たし、巨大な風刃の乱れ撃ちが妖精竜の群れへと殺到する。


 狙われた竜群は咄嗟に回避運動を行うも、反応が遅れた。

 加速で負け、弾幕を突破され、機動で遅れを取り、遂には二体目の個体が撃破されたという事実を整理できず、思考にノイズを生じさせていたのだ。

 その隙を突かれたことで対処が間に合わず、二体はキルゾーンから逃れたものの残り二体が捕まった。荒れ狂う風刃が容赦なく妖精竜の身を切り裂き、鮮血が舞う。内一体は障殻で威力を減衰させたものの、片翼を切り落とされる大ダメージ。


 好機を見て取ったファフニールは、錐揉状態で落下する個体目掛けて上昇した。ロビンは上昇を果たすまでの僅かな時間で右手のサイドスティックを操作し、ファフニールの右足に装備している近接兵装を選択。セカンドサブトリガーに設定を割り当てる。


 そして三体目の獲物に接近するなり足の甲にある装甲板がスライドし、その隙間から光の刃が発生した。竜騎士は予備動作として右足を軽く引き、ダガー状の光刃を突き立てようとして――


『キイイイィィィィィィイアアアァァァァァァァ――ッ!』


 天上で突如生じたバンシーに似た絶叫。

 同時に上空で雄々しく輝く八枚の魔法陣。

 そこから吐き出された八条の緑光が絡み合い、極太の光柱と化して天上から直下へと奔った。


 ファフニールは即座に緊急回避機動。推力全開のフラッシュブーストで射線上から退く。そして敵影を捉えきれなかった光柱は地面に突き刺さり、大樹海の一角に巨大なクレーターを形成した。大規模な爆発が生じ、砕かれた木々と土塊が出鱈目に撒き散らされる。


「――出たね、親玉」


 ロビンはファフニールの竜眼(メインカメラ)をさらなる上空に向けた。そこには大火力の不意打ちを見舞った、他の個体よりも更に巨大な妖精竜の姿がある。


 密集陣形に参加していなかった七体目のその竜は、完全復活を果たした巨竜状態の妖精竜と比較して尚、三割ほども大きな巨躯を有していた。緑光を灯す翅の数もまた、他の個体よりも二枚多い四対八翼である。

 基本的なフォルムは他の六体と同様だが、拡大表示された姿をよくよく観察すれば細部の形が違っていることが確認できた。取り分け目立つ差異は翅の枚数と頭部の形状――そして体の内側から腹部を押し上げている、生殖器官だ。


「カミィの話じゃ妖精竜の母体ってことらしいね。個体名、妖精母竜フェアリー・マザー・ドラゴン


 機体に備わったデータベースには、カミーラ経由で第六軍団から入手した数多の敵情報が登録されている。個体名が判明したのも第六軍団による偵察の成果だ。

 ただ、妖精母竜に関してはオールドウッド襲撃の一件を含め、これまでに戦闘を行った様子が一切確認されていない。その為ステータスや能力、脅威度についてはグレーな部分が多かった。


 しかし先ほどの一撃から察するに、他の個体とは一線を画する実力を有しているのは間違いなさそうだ。由緒正しいエルフの大国――その滅亡と引き換えにして使命を託されただけのことはある。無防備なところに先の一撃が直撃すれば、いかなファフニールとて無傷では済まないだろう。


 ここまで妖精母竜が直接戦闘に参加していなかったのは、恐らく他の個体の指揮に注力していた為だ。事前に伝えられた情報によれば、ノーブルウッドのエルフは妖精母竜の『指揮権』を行使しているだけであり、他の六体を妖精母竜が統率する形を取っていると聞く。

 ノーブルウッドにとっては皮肉なことかもしれないが、遠隔地からバラバラに指示を送られるよりもよほど合理的な仕組みだと言えた。先ほどまでの見事な連携攻撃も、妖精母竜が統率しているが故に成立したものに違いない。


 そして本来ならば安全圏に退避しているべき『指揮官機』が直接戦闘に参加してきたのは、このままではジリ貧だと判断した上でのことだろう。或いは自分の仔が墜とされたことに憤慨して、という線もある。


 どちらにせよ、ノーブルウッドが全てを賭した最強戦力が遂に参戦してきたということだ。


「だけどお生憎様、ここで負けてあげるわけにはいかないかな。もともとボクの役割は敵方の最強戦力(キミみたいなの)を斃すことでね。ついでに言えば竜の相手は慣れっこなのさ」


 ディスプレイ越しに視線を交えたロビンは気負いもなくそう嘯いた。

 焦げ茶色の瞳を鋭くした彼はグリップを握り直し、あくまで不敵な態度のままエルフの守護竜を見据える。


 ――第七軍団長、ロビン=ハーナルドヴェルグ。


 好奇心旺盛な小人(ハーフリング)と工学の民であるドワーフの間に生まれた【混合種(ミックス)】。

 万魔の王ヘリアンより〝アルキマイラの脚〟の称号を与えられた職人集団の長。

 人物特徴に【悪戯好き】【享楽的】【自分勝手】などといった目を覆わんばかりのマイナス要素を抱える彼は、番号が大きくなるほどに性能面を重視して任命した傾向にある八大軍団長、その末席から二番目の値を与えられた少年団長であり――


「トドメこそ獅子頭に譲ったけどね。当時敵だった竜帝(ノガルド)を斃してみせたのは、他でもないこのボクなんだぜ?」


 ――それら壊滅的な性格を許容してでも軍団長に任命せざるを得なかった、稀代の【天才】である。


『――――!!』


 母なる妖精竜が啼き喚き、竜騎士が刃金(ハガネ)の咆哮を上げる。

 機械仕掛けの竜騎士は己の最強を証明すべく、駆り手の意志に従い白光を散らした。




 そして、妖精の竜と蒼銀の竜騎士が飛び交う眼下。

 地上では新たな戦いが始まろうとしていた。




    +    +    +




 緑衣に身を包むノーブルウッドの狩人らは、森の中を進んでいた。


 上空では妖精母竜(マザー)に率いられた妖精竜(フェアリードラゴン)の群れが、蒼銀のナニカと空中戦を繰り広げている。『旅人』と〝穢れ〟の女が姿を消すなり始まった戦いは彼らの理解を超えるものだったが、妖精母竜の叫声が本来の目的を思い出させた。


 敵の正体は依然不明である。

 しかしながらオールドウッドとノーブルウッドに住まう全ての民、その命を対価として完全復活を果たした妖精竜の群れでさえ、犠牲なしに勝利し得ない存在だということだけは理解できた。――同時に、空の戦いに注力している限りはこちらを気にかける余裕はないはずだとも。


 既に戦いが始まってから数分が経つが、蒼銀のナニカ以外に参戦してくる戦力は見受けられない。恐らくは先遣隊を撃退した『旅人』とやらの切り札がアレなのだろう。そしてこの状況でも他の戦力が加わる気配がない以上、〝穢れ〟に手を貸した『旅人』はアレ一人のみだと考えて間違いない。


 だからこそ復讐心に囚われた狩人らは、本来の目的を果たすべくガラ空きの首都へと侵攻せんとして――


「――――っ」


 ザッと音を立て、咄嗟に足を止める。木々の間を縫って飛び出た小丘の先に、武装した多数の人影を認めてのことだった。ノーブルウッドの狩人らはその異様な光景を前に目を瞠る。


 その集団には統一性というものが欠けていた。背丈はおろか性別や年齢、はては人種どころか種族さえバラバラという不揃いな一団である。白を基調とした衣服を纏っているという点以外、一瞥のみで共通項を見出すことは難しいだろう。


 その集団の正体は言うまでもなく、アルキマイラから臨時に派遣されていた第六軍団、並びに今次戦争に総動員体制で臨んでいた第七軍団からなる異類異形の混成部隊――――ではない(・・・・)


 今次戦争においてアルキマイラから提供された戦力は、あくまでロビン=ハーナルドヴェルグただ一人だ。

 それも本来戦争に用いられるべきではない超常の戦力、妖精竜の討伐を請け負うのみであり、それ以外の戦闘には介入しないと事前に取り決められている。


 ならば必然、妖精の竜と蒼銀の竜騎士が飛び交う眼下、首都に攻め込まんとする侵略者の前に立ちはだかるのは――



「ラテストウッド王国戦士団総員――――抜杖(ばつじょう)



 突如として生じる澄んだ声。

 応じて掲げられたのは数多の長杖、杖剣の群れだ。


 ハーフエルフにドワーフ、獣人に小人、その他複数種族からなる歪な集団。

 その先頭に立つは一人の少女。

 翠の瞳に決意を宿した女王の姿が其処に在る。


「――これは元より我らが戦、我らが戦場。それを大恩ある御国に任せきりにして何が国家か、何が戦士か」


 ああ、そうだ。その通りだと、背後に控える戦士らは胸に火を灯す。


 深い(キズ)を得たあの日を越え、数ある選択肢から戦士の道を選んだのは何の為か。

 護るべきものを護れなかった屈辱を胸に、伏して教えを乞うたのは何の為か。

 そしてその果てに拷問じみた訓練を課せられ、しかしただ一人の落伍者も出すことなく故郷に帰還したのは何の為か。


 ――この為だ。


「征きなさい! 我がラテストウッドの勇士たちよ――ッ!!」


 若き女王の号令の下、術者が唱え、戦士が駆ける。

 踏み出す足は最初から全力だった。




・次話の投稿予定日は【12月27日】です。



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