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第六話   「探索準備」

 ヘリアンは執務室で頭を抱えていた。

 先程の謁見での軍団長らの反応が、イマイチに思えてならなかったからだ。


 王らしい振る舞いを意識して行ったつもりだが、早くも失言をした。

 その後フォローをしたものの、不発に終わった印象が強い。


 テレビで見る政治家は、たった一度の失言で地位を追われたこともあった。

 それがたとえ一国の首相であろうとも、時と場合によっては一度の過ちでその椅子を追われることがある。玉座に座っている自分もまた、何をキッカケにしてこの座を追われることになるか分かったものではない。


 そして玉座を追われ、ただの人間として扱われれば一気に命の危機だ。


 王ではないプレイヤーなどただの一般人であり、ゴブリンにすら撲殺される雑魚でしかない。だからこそヘリアンは、玉座を追われることだけはなんとしてでも避けなくてはならなかった。


 既に失言した。これはもう仕方がない。繰り返すが覆水は盆には還らないのだ。

 ならば、今考えるべきは犯してしまった失態をどうフォローするか、またはどう取り返すかだ。


「……出来れば、優しい王様像を維持したい」


 これでも善王の路線を貫いてきたはずだ。

 国家戦略についても、治安にはかなり気を使ってきたし、他国への侵略戦争も一度の例外を除けば起こしたことがない。


 基本的に売られた戦争けんかを買って、他国を併合し、大国への道を歩んできたのだ。決して残酷無比な覇王として振る舞ってきたわけではない。


 ならば、そのイメージを保つ為にはどうすればよいか。


 例えば、どのような危険が潜むかも分からない未探索領域へ部下を送りだすにあたり、王としてどう振る舞うべきか。


「危険地帯に少人数で行ってこいと命令しといて、見送りにすら出向かないのは違うよな……」


 調査自体は絶対に必要だ。下した命令は間違いではないと思う。だが、だからといって危険地帯に出向こうとする配下に対し、見送りすらしないのは王として正しい行動ではないだろう。


 命令しておきながらこんなことを思うのは偽善かもしれないが、それでも今までヘリアンが歩んできた道には、『配下を黙って死地に突き落とす』などという選択肢は転がってない。


「出来ることからやろう……具体的なフォローについて考えるのは、まず二人を見送ってからだ」


 これも王として大事な仕事の筈だ。

 それに打算で語るならば、見送ることにより二人の士気が上がるかもしれない。


 そうすれば儲け物だ。見送りの為に使う僅かな時間を対価に、彼女らがより良い成果を持ち帰ってくる可能性を引き上げることが出来る。


「そうと決まれば行動だ。

 手足を動かせ、現場へ出ろ。自分の耳で聞き、自分の目で見届けるべし」


 ゼミ担当だった教授の口癖を真似る。

 教授曰く、人の上に立つ者には必要な行動らしい。薀蓄(うんちく)の好きな教授で話が長いのが玉にきずだったが、聞き流さないでよかったと思う。人生、何が自分の役に立つか分からないものだ。


 ……まさか二十歳にも満たない年齢(とし)で、最高権力者の立場に立つことになるとは予想だにしていなかったが。


 ともあれ、城門を出て外壁の大門に向かう。

 道中の護衛は第一軍団所属の親衛隊が担当した。


 親衛隊に裏切られたら簡単に殺されるという事実に道中で気づいたが、そもそもこの国の大抵の国民がヘリアンを殺せる程度の戦闘力は持っている。


 ならばビクビクしていても仕方がないと割り切った。腹が据われば、大抵なんとかなるものである。ヤケクソの心境とも言う。


 そして何事もなく、北東外壁の大門に到着した。


 陣魔術により防護されている大門の表面には幾何学的な紋様が刻まれており、時折脈動するように紋様に沿って光が走っている。

 首都を囲う大規模結界魔術が今も稼働している証拠だ。これは特に問題はない。


 問題なのは、大門前の広場の光景だった。


「……なんだこれ」


 広場には兵士が集まっていた。

 ただそれだけならば良い。治安維持の為に、各外壁大門の警護を固めていると解釈できるからだ。


 だが彼等は、実用性よりも外見の華やかさを重視した装備で身を飾っていた。

 そして広場から大門までにかけての三百メートル程の距離を、二列に分かれて立ち並んでいる。


 整列したまま微動だにしない彼らは向かい合わせで並んでおり、大門から外に出るには彼等の間を進む必要がある。


 それはどう見たところで、出立を見送るための儀仗隊だった。


「……なにやってんだ、こいつら。こんなことよりも各方面の治安維持に労力を割けよ……本当なら第二軍団長バランだって出撃させたいところなんだぞ」


 ヘリアンは、傍らの親衛隊には聞こえないように愚痴を零した。

 いくら軍団長が二名も出撃するからといっても大袈裟過ぎる。平時ならともかくとして、この緊急時に行うべきことではないだろう。


 ましてや、儀仗隊の顔つきといったらなんだ。

 多大な誇らしさの中に、僅かばかりの悲壮さが透けて見える。まるで貴人を死地に送り出すかのようだ。縁起でも無い。


「ヘリアン様」

「陛下」


 近づいてきてヘリアンに声をかけたのは、調査隊に選ばれた【月狼マナガルム】のリーヴェと、【エンシェントエルフ】のエルティナだ。二人とも実用性一択の装備で身を固めている。


 その傍らに控えていたそれぞれの側仕え達は、緩々とヘリアンの周囲を取り囲み、仕立ての良い純白の布を掲げて周りからの視線を遮った。


「ヘリアン様、外套をお預かり致します」


 リーヴェは一言断りを入れて、ヘリアンの外套を慎重な手つきで外す。

 すかさず走り寄ってきた側仕えの一人が傍らに跪き、敬々しく両手を捧げるようにして外套を受け取った。そして別の側仕えが持って来た、黒のビロードで(あつ)えられたケースに、まるで壊れ物を扱うかのような丁寧な手つきで収める。


「…………えっ?」


 ヘリアンは思わず声を漏らした。


 なんで外套を脱がされたんだろうか。

 あまりに流麗な動作に疑問を持つ暇も無かったが、あの外套は国の紋章が背中に刺繍されている国王プレイヤー専用の装備であり、ひいては王であることを証明する外套だ。


 それが敬々しくも脱がされ持ち去られたという事実は、一体何を意味するのか。


「失礼致します、陛下」


 エルティナは深く一礼した後、嫌な予感に身を凍らせたヘリアンの背に回り、新たな衣装に袖を通させた。実用性と華美のバランスを際どいところで両立させた、丈夫そうな外套だ。


 続けざま、あれよあれよという間に、身体の各所に軽い材質で作られた軽手甲などが装着され、靴は竜の鱗を合成したグリーヴに履き替えさせられた。


 そして側仕えらが掲げていた布が一斉に畳まれ、その中心が再び周囲の視線に晒される。そこには遠征用の装備で身を固めたヘリアンの姿があった。


 完璧な仕事を終えた側仕え達は静々と退き、その場には遠征用の装備を身に纏った三人・・の姿だけが残される。


(……待ってくれ)


 ヘリアンは内心で滝のような汗を流す。


 反逆の意思表明では無かったらしいが、何故いつもの外套を脱がされたのか。

 何故遠征用の外套を纏わされたのか。

 そして何故、リーヴェとエルティナは自分のやや後方両脇に立って――つまりはヘリアンを先頭に据えるかのようなポジションに付いたのか。


「ヘリアン様、我が身命に賭しましても御身をお守りいたします。例えこの先に何があろうとも、御身だけは必ず守り通す所存です」

「卑小な身ではありますが、陛下と御国の為に全力を尽くさせていただきます。道中、覚悟を以って任務に当たります」


 前者がリーヴェ、後者がエルティナの台詞だ。

 毅然とそんな決意を告げる二人を前にして、ヘリアンは完全に硬直(フリーズ)した。


「…………」


 え、なにこれ。

 なにがどうしてこうなった。

 誰か冗談だと言ってくれ。

 だって本気で意味が分からない。


 これではまるで、国王(ヘリアン)自らが国外調査に乗り出すかのようなシチュエーションではないか。


 ヘリアンは慌てて先程自分が下した命令を思い返すが、『私自ら国外調査に乗り出す』などという勇ましくも気の狂った発言をした覚えはない。


(……いや、そういえば)


 自分の発言を正確に思い返す。


 たしか先程の謁見の場では、このゲームをプレイした最初期時代に未探索区域の調査をしたことを覚えているかと確認を取り、そして“始まりの三体”から『覚えている』との返答を受けた。


 そして、治安維持の為に必須なバランを外し、残されたリーヴェとエルティナで調査に出るよう指示した。

 その際、フォローの為にと、二人に告げた台詞は確か……


『そう気負わずとも、最初期の探索と同じようなものだと考えれば良い。あの頃の事を思い出せ。あの頃と比べて違いがあるとすれば、バランが居ないことだけだ』


 最初期の探索と同じ。

 違いがあるとすれば、バランが居ないことだけ。

 バランが居ないことだけ。

 バランが居ないことだけ。

 バランが居ないことだけ。

 つまりは――




 ――三体の魔物と共に最初期の探索を行っていたヘリアンもまた、今回の調査隊のメンバーにバッチリ含まれているという事にならないだろうか?




「…………」


 ギギギギギ、と油の切れたブリキ人形のような動きで振り返る。

 両脇後方に控えるのは、覚悟を決めた表情をしているリーヴェとエルティナ。

 そしてその更に後方に控えるのは、第六軍団長カミーラが選出したと思しき、黒装束に身を包んだ没個性の隠密兵達。


 再び正面を向く。

 視界の中央には外の森へと続く大門、両端には大門までズラッと並んだ儀仗兵。


 自分の服装を見る。

 その身を包むのは装飾華美な赤黒二色の外套ではなく、頑丈に作られた地味な色あいの遠征用装備。


「これより、国王陛下御自らが率いる、国外調査隊の出撃となるッ!

 儀仗兵総員、掲げええぇぇぇ――――剣ッ!!」


 獅子頭の儀仗兵――何故かバランが居た――の叫びと共に、全儀仗兵が動いた。

 独裁国家の規律正しい軍隊のように一糸乱れず踵を合わせ、黄金造りの装飾剣が天高く掲げられる。

 まるで一枚の中世絵画にも似た荘厳さが、そこにはあった。


 ……逃げられるような空気ではない。


 助けを求める一心で、ヘリアンは一縷の望みを篭めてリーヴェを見る。

 そこには厳しい顔をしながらも『王自らが先頭を切ってこの苦難を切り開こうとする姿。さすがはヘリアン様』みたいなキラキラとした瞳の国王側近が居た。


 勘違いです、と告げることが出来たならどれほど幸せだろうか。


「フム――未探索区域の調査など久々だな。あの頃を思い出す」


 嗚呼。

 だというのに、この場の空気に負けて澄ました台詞を紡ぐこの口が憎い……ッ!


「では征こうか。リーヴェ、エルティナ」


 二人の軍団長と五人の隠密兵を伴って、アルキマイラの王は大門へ向かう。

 その場に集う誰もが誇らしげな顔をして、出立する王の背を見送った。

 そして、さも予定調和だと言わんばかりの態度で堂々と歩みを進めながら、ヘリアンは内心で力の限りに絶叫する。


(なんでだよ! 俺なんか悪いことしたか!? 国王自ら先陣切って強行偵察とかどう考えても頭おかしいだろ! 誰か止めろよ! 何がどうしてこうなった!?)


 ――こうして、アルキマイラの勇敢なる王ヘリアンは。

 僅か七名の調査隊を率いて、どのような危険が潜むかも分からない国外への第一歩を踏み出すのだった。




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