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第十話   「帰還と報告」

「では、私は一時本国に帰還する。その間の拠点構築作業に関しては、お前たち二名に任せた。私が不在の間、しっかりと留守を頼むぞ」


 本国への一時帰還を決めたヘリアンは、セレスとガルディに現場指揮を任せ、リーヴェと共に首都『アガルタ』に帰還した。

 シールズに向かった際にはそれなりの時間を要したが、転移門(テレポイント)を使えば移動は一瞬である。


 遠征に出向くなり華々しい戦果を上げた王の凱旋に際し、祝祭を開いてはどうかという意見も上がっていたそうだが、残念ながらそれは後回しだ。


 古い史実に記されるように、王が新たな英雄譚(サーガ)を持ち帰ってきたとあらば、それを喧伝(けんでん)するのも王の仕事ではある。[タクティクス・クロニクル]においても、状況(シチュエーション)に応じて適切な催事(イベント)を開催することで、士気や支持率、場合によっては幸福度も向上するという形で表現されていた。その尋常ならざる拘りが垣間見える作り込みに、プレイヤーは口を揃えて開発元を変態企業呼ばわりしたものである。


 しかし、この度の帰還はそれよりも優先すべき仕事を行う為のものだ。祝祭を開くのはその仕事を片付けてからでも構わない。ヘリアンはアガルタに転移されるなりすぐさま、リーヴェを伴って城の一室へと出向く。


「久方ぶりだな、諸君」


 そうしてヘリアンとリーヴェ、そして数名の出席者が集った場所は、多くの会議室が集約されている区画の最奥に位置する第一会議室だった。最近は『謁見の間』で軍団長らと言葉を交わすことが多かったが、今回は出席者と状況を考慮して会議室を使用することに決めた次第だ。


 部屋の中央には円卓があり、幾つかの椅子が備え付けられている。入り口から見て最奥に位置する椅子に腰を下ろしたヘリアンは、直立して王を出迎えた軍団長らに対し、まずは(ねぎら)いの言葉を送る。


「ご苦労、楽にしてくれていい。私の留守中、しっかりと役目をこなしてくれたようで何よりだ」


 今回の出席者はヘリアンとリーヴェを除いて四名。

 生真面目な顔で応じる第二軍団長バランと、穏やかな微笑みを浮かべる第三軍団長エルティナ。そして(あで)やかな衣装に身を包む第六軍団長カミーラと、第七軍団長の代理として出席したメルツェルだ。


 他の三人はある程度慣れた様子で労いに応じてくれたが、メルツェルだけはガチガチに緊張した様子で固まっていた。王の許しを得て着座する三人を見て、慌てて自分も後に続く有り様である。


 それもそのはず。彼は本来、このような場に出席する立場にはない。万魔の王と直接言葉を交わせる配下などそう多くはなく、また『第七軍団からの代表者』という位置づけならば、軍団長であるロビンが出席するべき立場だからだ。

 そんな彼がここにいるのは、万が一に備えて現場を離れられないロビンの代理人として、白羽の矢が立った結果に他ならない。普段から直属の上司による奇行で胃を痛めている彼は苦労人気質なところがあった。


「メルツェルも、現地での任務を立派に務めてくれていると聞いている。この世界の民との本格的な交流開始とあって戸惑うことも多かったとは思うが、苦労はなかったか?」

「ハッ! ……あ、いえ、いいえ!」


 咄嗟に応じたメルツェルは、苦労したと肯定するかのような己の返答に慌てて否定を示す。そしてその際、勢い余って立ち上がった衝撃により卓上の資料が床にバラ撒かれた。出だしから直答に失敗したことも重なり、顔色を悪くしたメルツェルは慌てて資料を拾い始める。


 首都アガルタを任せていたバランやエルティナからは、定時連絡で首都に関する詳細な報告を受け取り済みだ。その為、まずは彼からラテストウッドの件について報告を聞こうと思っていたのだが……


(……うん。色々と無理だな)


 さすがにこの状態で報告を始めさせるわけにはいかない。何かしらの失敗を重ねて場が混沌とするだろうし、何より面倒事を背負わされた感のある彼が可哀想すぎる。ここは上位者として、配下の緊張を解きほぐす為の何かしらを行うべき場面だろう。


 そう考えたヘリアンは、必死な表情で資料を掻き集めているメルツェルに対し自ら声をかけようとして――その寸前、シールズで独りよがりになっていた失敗を思い出し、エルティナに視線を向けた。


 性質傾向に【調和】を有するエルティナは、主人と視線を交わすなり意を察したように柔和な笑みを浮かべ、メルツェルに声を投げ掛ける。


「そんなに慌てなくても大丈夫ですよ、メルツェル。これは別段、正式な謁見というわけではないのですから」


 彼女はそう言って自らも床に膝をつけ、メルツェルと一緒に落ちていた資料を拾い始める。


「陛下を前にして緊張するのは分かりますが、ここは謁見の間ではなく単なる会議室。勿論最低限の礼節は必要ですが、この場所で我々に求められているのは完璧な作法よりも正しい報告です」


 拾い集めた紙束を丁寧に揃えたエルティナは、微笑みを浮かべたままメルツェルに手渡した。その際、受け取ったメルツェルの手を白くしなやかな両手で包み込み、聞く者の心を穏やかにさせる声色で言葉を添える。


「それに慣れない場での失敗を責め立てるほど、陛下は狭量なお方ではありませんよ。ゆっくりでいいので、落ち着いて報告してくださいね」


 柔らかな気遣いの言葉。受け取った手に確かに感じる温もり。そして慈愛に満ちたエルティナの微笑みに、追い詰められていたメルツェルは女神の姿を垣間見た。


 果たして直属の上司(ロビン)からこんな気遣いを受けたことがあっただろうか。いや無い。記憶を辿るまでもなく無いと断言できる。むしろ普段から上司のやらかす奇行の尻拭いや悪戯の後始末をさせられてばかりだ。最近では第七軍団長宛て苦情受付係などと揶揄(やゆ)されることすらあった。それを思えば、嗚呼、目の前で微笑んでくれる聖女様のなんと神々しいことか!


「エルティナ様……!」


 迂闊にも目頭が熱くなるのを懸命に堪えつつ、万感の思いを込めてメルツェルは女神の名を口にした。女神は最後ににこりと笑い、ゆったりとした足取りで自席へと戻っていく。


 そんな一幕を見せつけられ、さすがにそろそろ口を挟むべきかと動きを見せたリーヴェだったが、ヘリアンは卓上に置いた右手を軽く上げることによって応えた。

 主人の意図を正しく理解したリーヴェは沈黙を保ち、やがて落ち着きを取り戻したメルツェルはすっくと立ち上がり王に謝辞を示す。


「――失礼いたしました、我らが王。醜態を晒しましたこと、お詫びいたします」

「う、うむ。それではメルツェルよ、ラテストウッドに関する近況報告を聞きたいのだが」

「承知いたしました。不肖メルツェル、派遣団副責任者兼第七軍団長代理として報告を始めさせていただきます」


 先ほどまでの狼狽した様子から一転、キリッとした表情でメルツェルは言った。

 あまりの変貌ぶりに若干気圧されつつ、ヘリアンは報告を促す。


「まず、ご懸念だった現地住民と派遣団との衝突や摩擦についてですが、さしたる問題は発生しておりません。両国間の文化の違いによる些細なトラブルは散見されますが、いずれも当事者間で解決しており、両者の関係は概ね良好と言っていいものかと」


 ハキハキと述べられた報告に対し、ヘリアンは鷹揚に頷いてみせた。どうやら完全に平静を取り戻してくれた様子である。エルティナの手腕に感謝しつつ、毅然とした態度を作ってメルツェルに問う。


「ふむ。だが、先方が一方的に譲歩しているが為に問題が表面化していない、ということは考えられないか? 国を(たが)えるだけでも文化の差異はあるが、我々の場合は世界すら違えている。魔物としての常識が通用しないこともあるだろう」


 加えて言えば、両国間には圧倒的な国力の差が存在する。保有する武力などその最たるものだ。また同盟と言えば聞こえはいいが、先の戦争では『助けた側』と『助けられた側』という立ち位置が定まってしまっており、少なくとも対等ではなかった。


 それを考慮すれば、ラテストウッドの住民に迷惑をかけていたとしても、彼らが不満を呑み込み耐え忍んでいる可能性だって考えられるだろう。問題が表面化していないが為に良好に思える、という状態は非常に厄介だ。水面下に隠れている問題は後々の禍根になりかねず、友好的な関係を望んでいるヘリアンにとって、それは地雷も同然の代物である。


「水面下の問題は可視化されにくいが、現地に滞在していたお前なら見えてくるものもあるだろう。個人的な見解レベルでも構わん。お前の所見が聞きたい」


 ヘリアンからの思わぬ問い掛けに、メルツェルはしばし熟考する。


「王の耳に入れるほどのことか、と問われれば疑問ではあるのですが……」


 そうしてメルツェルの口から語られた諸問題は、なるほど、確かに一つ一つは大きなものではなかった。しかしそれを耳にしたヘリアンは、聞いておいてよかった、という感想を抱いた。


 ヘリアンはアルキマイラにおける唯一無二の絶対者である。当然ながら王たるヘリアンの時間はひどく貴重なもので、無駄遣いをしていい代物ではない。そのように認識しているからこそ、配下の彼ら彼女らは報告内容を吟味しているわけだが、そうすることでヘリアンに見えてこないものも出てくる。


 これもそのうちの一つだ。メルツェルが語った諸問題は、前述したように些細なものばかりだった。幾つかを例にあげれば『魔物である配下たちを怖がる住民がいる』『嗜好の違いから現地の食事が舌に合わない』『現地住民の仕事を手伝おうとしたら怯えられて断られた』といった具合だ。


 だが、一つ一つは些細でも積み重なれば無視できない大きさになる。そしてこうした問題は、そこまで大きくなる前に手を打つことが大事なのだ。両国間の交流を始めた矢先ともなればなおさらである。


 可能ならば、例の計画を通して幾らか解決しておきたいところだ。


「なるほど……。ちなみにロビンは普段どうしている? 相変わらずな様子だとは聞いているが」


 問うと、つい先ほどまで澱みなく動いていたメルツェルの口が止まった。

 冒頭とは別の理由から硬直したメルツェルは、ひどく言いづらそうな様子で、言葉を選びながら回答する。


「軍団長殿は……その、現地住民との積極的な交流を試みております。先方の女官長殿を筆頭に、友愛を示すとも取れる活動を毎日欠かさず実施しており、派遣団の中でもその積極性だけは群を抜いて――」

「――メルツェル。報告内容は要点を纏め、明確にしろ。ヘリアン様に無駄な手間を取らせるな」


 緊急速報ならば正確性をある程度犠牲にしても速度を優先させることはままあるが、今回は事前に会議が行われることが分かった上でのことだ。

 当然ながら事前に求められるであろう情報は把握しておいて(しか)るべきであり、ましてや軍団長の代理者として出席している立場なのだから、軍団長に関する情報は正確かつ要点を押さえた報告がされるべきだろう。

 にも(かかわ)らずひどく曖昧な内容に対し――ちなみに会議では逐次許可を求めずとも発言が可能である――静観していたリーヴェが苦言を呈する。


 詰問されたメルツェルは冷や汗を流しながら懸命に頭を働かせた。しかしどう取り繕っても、正確に報告などすれば自軍団の恥を晒すことになる。ましてやここには女性軍団長が三名もいるのだ。全てを把握している第六軍団長(カミーラ)は別にしても、気不味いというレベルではない。


 メルツェルは助けを求める一心で、同性かつ詳細な情報を掴んでいる第二軍団長に目を向けた。しかし誠実な人格者であるはずのバランは、同じく気不味げな表情でつと視線を逸らす。

 見捨てられた形になったメルツェルだったが、それを薄情とは思わなかった。何故なら自分が第二軍団長の立場なら、間違いなく同様の行動を取るからだ。


 いよいよ孤立無援になったメルツェルに視線が集まり、得体の知れない緊張感が彼の身を包む。


「……いや、いい。考えてみればこのような場で問うことではなかったな。次の報告を聞くとしよう」


 意を決して全てを晒そうとしたメルツェルだったが、その寸前、見るに見かねたヘリアンが質問を取り下げた。


 重要な何かをやらかしているなら恥も外聞もなく報告に上げただろうが、彼はそうせず、かつ女性軍団長らの様子をチラチラと気にしていた。つまりはそういうことであり、あくまで悪戯の範疇に収まるものなのだろう。多少手間ではあるが、〈情報共有(データシェアリング)〉で得た〈記録(ログ)〉を精査し、後ほど確認しておけば済む話でもある。

 ちなみにメルツェルは、心底ホッとしたような吐息を漏らしていた。


 気を取り直したヘリアンはその後も幾つかのやり取りを交わし、現場の者ならではの意見や見解を聞くことで認識と情報の補完を済ませた。他の出席者とも情報が共有できたことを認め、最後にラテストウッドの首都の外れに建設させた施設について問う。


「ラージボックスについてはどうだ? 接続は済み、後は機材の調整を残すのみと聞いていたが」

「特に問題はありません。起動用の魔石も含めた各種調整も済み、後は炉心に火を入れるのを待つばかりの状態です。ただ資材と時間の関係上、ご命令通り最低限の機能のみ賄う形で完成させることとなりました。ご了承いただければと」

「無論だ。この状況では致し方あるまい」


 もともと、ラージボックスはアガルタ近郊の拠点に建設していたものがあった。湯水のように資材と人員を投入し、さすがにここまでは要らないんじゃないかという無駄機能まで満載した贅沢品の極みとしてのラージボックスが、だ。

 しかし今現在は既に存在しない。世界間転移現象によって転移させられたのは首都アガルタの都市区画だけだったからだ。近郊の拠点や隣接する施設群などは転移してきておらず、元の世界に置き去りにされたアレコレの中にラージボックスも含まれていた。


「……まあ、アレがラージボックスごと置き去りにされなかっただけでも僥倖だったと言うべきだろうな。建国祝賀祭の為に引っ張り出していなかったらと思うと、ゾッとする話だ」

「心の底から同意いたします。また接続を行った際、最低限のシステム起ち上げについては確認しましたので、起動自体はまず間違いなく成功するものかと」

「ならば、後は起動後の動作検証を残すのみか。できればもう少し穏当な方法で実験を済ませておきたかったが……懐事情が許してくれないのが痛いところだな」


 告げると、エルティナが申し訳無さそうに眉尻を下げた。


「申し訳ありません、陛下。内政担当官としてお詫びいたします」

「む。……いや、お前を責めているわけではない。むしろ世界間転移現象の影響で多々問題が発生する中、よく内政を回してくれているものだ」


 エルフ特有の笹耳まで下を向いてしまっているエルティナに対し、ヘリアンはフォローの言葉を口にする。


 実際、彼女はよくやってくれている。そもそもヘリアンが境界都市シールズに遠征できたこととて、エルティナが必死に国内を取り纏めてくれているおかげなのだ。彼女を責めることなどできない。


 それにこの案件については、そもそもエルティナ自身にどうこうできる領分のものではない。


 今回特に必要としているのは品質値二〇〇を超えた魔石――圧縮に圧縮を重ねた超高品質の魔石だが、元の世界から持ち込めた資材には限りがある。世界間転移現象に伴い、首都以外の各地で保管していた貯蓄資源を全て失ったからだ。


 これを受け、第四軍団に所属している錬金術師を筆頭にこの世界で手に入れた魔石の圧縮実験を行わせているものの、現時点での成果は今ひとつである。圧縮の過程で魔石が崩壊する現象が頻発しているからだ。

 なんでも篭めようとする魔力に対し、それを溜め込む魔石そのものが耐えきれなくなった結果の飽和現象らしい。力任せに魔力を注ぎ込めばどうにかなる、という問題ではなく、彼らの言葉を借りれば『純度、密度、濃度、強度、その全てを考慮した奇跡のバランス』が必要とのことだ。そして、脆い魔石でその値を見出すには相当数のトライ&エラーを要するとも。


 遠征先で十分な設備がないという事情もあるが、アルキマイラ最高峰の魔術師にして研究者たるセレスでさえ、現地素材を用いての錬成に関しては失敗続きなのだ。それを鑑みれば、第四軍団の錬金術師らに今すぐ成果を出せと迫るのは暴君の振る舞いだろう。


 賢王を自称するほど自惚れてはいないが、だからといって愚王に堕ちるつもりはない。ならば今行うべきは無いものねだりや現状への不平不満を口にすることではなく、今現在の持ち得る手札で最適手を打ち出すことに他ならない。


「ともかく、一度も起動実験を行わぬままにしておくというのは論外だ。いざ必要とされる局面になって『動きませんでした』では困る。アレの性質からして、国家の存亡にすら繋がりかねんからな」


 事実、シールズにおいて神話級脅威との遭遇戦という弩級のアクシデントがあったばかりだ。今後何があるとも分からない。アレが必要になった時のことを考えれば、この世界でも問題なく使えるのかテストしておかなければならない。


「いつかは実験せねばならぬことであり、その為には少なくない資源を要する。それは事実だ。ならば今回の一件に乗じ、一切合財を纏めて行う。ロビンにも予定通り準備を済ませるよう伝えておけ」

「……予定通りということは、やはり?」


 問い掛けるメルツェルに首肯で応じたヘリアンは、それまで沈黙を保っていたカミーラへと視線を移す。


「カミーラ。ノーブルウッドに関する情報と認識の共有を図る。私が既知の情報も含め、出席者一同に現状を説明しろ」

「承知した、我が君」


 席を立ったカミーラは一同を見渡し、流れるように状況説明を開始した。


「まず、ノーブルウッドの現状について。知っての通り、我らが同盟国ラテストウッドに攻め入った先遣隊は先の一戦であえなく全滅したが、彼奴(きゃつ)らの本国はその事実をつい先日まで知らなんだ。妾の第六軍団が全リソースを投入して情報操作を徹底していた故な。そして先日、ラージボックスの建設状況も含め機は熟したとの見解から、妾は我が君より新たな命を受け、ノーブルウッド本国の長老――最高幹部らに伏せていた情報を部分的に晒した次第じゃ」


 結果は見ての通りじゃ、という言葉と共に、カミーラは優雅な仕草で右手を(かざ)す。豊満な胸の前に持ってきた掌を上に向ければ、とある幻像が浮かび出した。オールドウッドの長老らと、ノーブルウッドの大長老による会談模様である。


 自身が直視、或いは使い魔を通して視た光景などを幻像に映し出すこの魔術は、幻影系と情報系の合わせ技による術式だ。攻撃や防御などといった基本的な系統に関しては比較的多くの者が適性を有している一方、尖った系統ほど素養を持つ者が少ない。情報系もそのうちの一つだが、第六軍団の頂点に立つカミーラは難なくその術式を操ってみせる。


「む、ぅ……」

「……これは」


 そして映写機のように映し出された一幕を見た面々は、誰ともなく唸り声を漏らした。その要因は、会談を執り行ってきた現場に乱入してきたソレを目にしてのことだ。


 [タクティクス・クロニクル]の世界を生きてきた配下らにとって、プレイヤープレイヤーの直接対話である会談は神聖なものだ。相手が礼節を守る限りはそれなりの対応が求められる場面であり、万が一先に礼節を損なうようなことがあれば、それは自国の名に泥を塗る行為に等しい。必然、どれほど礼儀作法に疎い配下とて、会談の場では自然と背筋が伸びたものである。


 しかしカミーラの見せる映像は、そんな彼らの常識を裏切って余りある光景だった。


「見ての通り、会談とは名ばかりの有様よ。しかもラテストウッドの一件に引き続き、宣戦布告なしの先制攻撃。むしろ虐殺じゃな。更にはあのような手段に訴えるあたり、彼奴ら、本格的にオカシク(・・・・)なったものと見える」


 [タクティクス・クロニクル]において、戦争にはルールがあった。一定の作法や暗黙の了解が存在した。システム的にあえて破ることが可能なものも幾つかあったが、禁忌を犯したプレイヤーは周辺諸国から纏めて敵視され、一様に滅びの道を歩んだものである。


 中でも宣戦布告は、[タクティクス・クロニクル]のプレイヤーから特に神聖視されていた。これを行った瞬間、未接触の国も含め全ての同一ワールドプレイヤーに開戦の事実を悟られるというデメリットはあったが、宣戦布告とは言ってしまえば戦略SLGの華だ。ささやかながら【士気】が向上するというメリットもあり、またワールド全体の秩序を保つ為のネチケット的な位置づけとして、必ずといっていいほど宣戦布告は行われていた。


 それを『常識(ルール)』として認識している彼らは、唸りの声を上げたきり、一様に黙り込んだ。


「最早止まらぬ。なにせ古木だけでは飽き足らず、己の躰まで喰らい始めている有様でな。今はやせ衰えながらも弓を引き絞っている最中じゃが、矢が放たれるまで十日とかかるまいて」


 一息に現状報告を述べたカミーラは「以上じゃ」と告げ、ヘリアンと視線を交えてから着座した。

 やがてカミーラの告げた内容が出席者の面々に十分に染み渡ったことを認め、ヘリアンは厳かな態度を意識しつつ一同を見渡す。


「……我々は法を知らぬ蛮族ではない。故に言葉を用いず、(ケダモノ)のように振る舞うことを良しとはしない」


 いつかの演説で告げた言葉を、あえてもう一度口にした。


 ……そう、(ケダモノ)ではない。だからヒトとして筋を通す。まずは言葉を交わす努力をする。たとえ結末が見え透いており、その努力とやらが徒労に終わることが分かりきっていたとしてもだ。


「――――」


 そして続く言葉を口にする直前、ヘリアンは最後に、自分を見つめる琥珀色の瞳を直視した。狼耳をこちらに向けた彼女の瞳には、無表情を貼り付けた自分の顔が映っている。そうして彼女と視線を交わしたまま、これから告げようとしている内容を思い返した。


 王としては間違いなく正しい。人として正しいかどうかは未だ分からない。だけど、アルキマイラの瞳から目を逸らさずには済んだ。

 ならば、それが答えだ。


「――カミーラ。ラテストウッド女王と協議の上、ノーブルウッドに使者を送るよう手配しろ。これを()の国に対する最後の慈悲とする」

「……それでは、我が君よ」

「最後通告だ。聞き入られぬ場合は手筈通り事を運ぶ。またその際は第六軍団は勿論のこと、現地に派遣している第七軍団の人員にも働いてもらうことになる。万事抜かりなく対処するよう、最善を尽くせ」


 御意、とカミーラは承諾の意を示した。

 そして会議が閉会するなり、王の許しを得た彼女は意気揚々とラテストウッドに向けて飛んだ。遅れてメルツェルも最終調整を行う為、必要な資材を再調達してから現場へと戻っていく。

 ラテストウッドを取り巻く状況が、大きな変化を見せようとしていた。







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