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第三話   「改装工事」


「おぉ……!」


 一目見るなり感嘆の声が漏れ出た。

 仮宿から徒歩十数分。迷宮区の大通り前という区内における一等地。

 リーヴェを伴って徒歩でやってきたヘリアンを出迎えたのは、広大な敷地に屹立する四階建ての大きな建物だった。

 周囲の建物は二階建てや三階建てが多いことから、目の前の建物が十分以上に立派な物件であることが見て取れる。


「話には聞いていたが、随分と奮発してくれたものだ」


 当初予定ではラテストウッドから得た資金を元手に小さな店舗を借りて商人活動を行うつもりだったが、いきなりこれほどの物件を得られるとは思わなかった。

 これなら【転移門(テレポータル)】を設置してもバレる心配はない。外部と隔絶した空間として、人類領域における活動拠点に仕立て上げることが可能だ。


 しかも賃貸ではなく、譲渡された個人所有の不動産である。

 迷宮暴走ダンジョンスタンピードの謝礼も含んでのことかもしれないが、一度の依頼(クエスト)の報酬としては随分と奮発してくれたものだと思う。

 溺愛する娘の安全確保の為ならばこの程度など安いということか、或いはあの一件を重く受け止めていたという証左か。


 多分その両方だろうなと頭の片隅で思いつつ、ヘリアンは大通りに面する表口から建物内に足を踏み入れた。


「あん? 誰でい、客か? 悪いが今はまだ改装ちゅ――」


 数多の大工道具を腰にぶら下げた小男が、来訪者に対し面倒臭そうに振り返る。そして「邪魔だから出て行け」との旨を伝えようとした彼だったが、来訪者の顔を目にして言葉を詰まらせた。


「わ、我らがお――ぐぁ!?」


 王、と口走りかけた小男の後頭部に角材が命中(ヒット)した。

 悶絶する彼の脇を通り過ぎ、束ねた角材を肩に担いだガルディが顔を出す。


「よぅ大将! もう出歩いて大丈夫なんですかい?」

「完全復調とは言い難いが多少出歩く程度ならば問題はない。……ところで、彼は放っておいていいのか? クリティカルヒットを喰らったようだが」

「迂闊な口を閉じさせてやっただけでさぁ。まだこっちの身体に慣れきってねえ様子ですが、そこまで強く打ったわけでもねえんで問題ありやせん。――だよな、オイ?」


 最後の一言は後頭部を抱えてうずくまっている髭もじゃ小男に対しての言葉だ。

 マフィア顔負けの凶悪な面構えにぴったりの重低音な詰問に対し、彼はガクガクと頷いてなんとか立ち上がる。


 立派な髭を生やし、小柄ながら筋骨隆々とした太い腕が特徴的な彼は、アルキマイラ本国から呼び寄せた工兵の一人だ。第五軍団に所属する配下であり、つまりはガルディの手下である。

 現在は完全人化形態を取っているが、彼の本来の種族は【高位の鉱妖精(ハイドワーフ)】だ。元々は第七軍団に所属する技術者だったが、安全な工房で金槌を振るうより砲撃飛び交う戦地で築城している方が性に合っているとして移籍を行った経緯がある。


「大将の前で情けねえ姿晒してんじゃねぇよ。シャンとしろシャンと」

「いや、そうは言いますがねボス。この身体メチャクチャ弱っちいんでさ。ボスの馬鹿力でドタマ殴られた日にゃ、悶絶するのも無理はねえといいますか……」

「身体についちゃ俺様だって同条件だ。貧弱なのはお互い様だっつうんだよ。第一、テメェも完全人化形態(そのからだ)で選抜戦勝ち抜いたからここにいるんだろうが。言い訳にゃなんねえよ」


 ガルディの言う選抜戦とは、ヘリアンが寝込んでいる間に本国で行われていた、とある模擬試合(トーナメント)のことである。

 参加者条件は、今現在特殊任務に従事しておらず、かつ工兵として高水準のスキルを有していること。特殊ルールとして設けられたのは、ラテストウッドから入手したこの世界基準の武器を用いることと、参加者全員が完全人化形態で戦うという二点。

 そして栄えある優勝者及び上位入賞者には、ヘリアン王率いる人類領域遠征隊への増員候補として、参加希望を行う権利が与えられるというものだった。


 当然の如く戦いは熾烈を極めた。何回かのサドンデス形式による集団戦闘の後、勝ち抜いた上位百名からなる一対一の死闘が繰り広げられ、そうして権利を得た者のうちの数名が、実際の増員としてこの場に呼ばれたということだ。

 蛇足だが、種族固有のスキルを封じられた完全人化形態での戦いを強いられ、かつ二ランクダウンという能力差(デメリット)に高位の魔物ほど戸惑っていたという面もあり、選抜戦では数多の下剋上や大金星が発生したという。


「どうでもいいが、大工姿が恐ろしく似合ってるな、お前は」


 頭に鉢巻を巻いて腕まくりをし、工具片手に角材を肩に担いだ大男(ガルディ)は生粋の大工のようだった。人相の凶悪さにさえ目を瞑れば、今すぐにでも棟梁を名乗れるだろう。


「そりゃあ簡単な拠点設営なら何度も繰り返してっからなぁ。昔取った杵柄ってやつでさ。どっちかってえと俺様はぶっ壊すほうが得意なんだが」

「そちらの方は私とて熟知している。お前に破壊できぬ防衛陣地などそうそうあるものではないしな」


 しかし改めて考えてみるとガルディは便利なやつだ、とヘリアンは思う。


 治安維持能力、暴徒鎮圧能力についてはバランに次いで高い適性を持っており、部下と共に仮設住宅を作ったり家屋の簡単な修復作業を行ったりなど、本来(メイン)の役目である攻城戦以外にも多方面に適性を示している。


 まともな専門職など満足に用意できなかった時代、なんでもやらなければならなかった動乱期を生き抜いてきた配下だけあって、何気に多才だ。特に単純な力仕事については「コイツに任しときゃどうにかなるだろ」という謎の安心感すらある。


「てっきり、招集した工兵に任せて陣頭指揮を取っているものと思っていたが」

「あー。バランやエルティナなんかだとそうかもしれねえが、俺様ぁ身体動かす方が性に合ってっからな。自分でやりながらの方がむしろ楽なんでさぁ。大将だってそうだろ?」

「何故そこで私の名が出る」

「あん? そりゃだって大将、いっつも最前線に出張ってんじゃねえか。戦いは俺らに任して高みの見物してりゃいいってのによぉ」


 ……ああ、そういう意味(こと)か。


 ヘリアンはガルディの言い分を理解した。しかし、ヘリアンとガルディのそれは性質が大きく異なる。

 ゲーム時代のヘリアンは、<秘奥>と<王軍>を使用した戦力(メリット)の最大化を狙うタイプだった。死亡によるデスペナルティ(デメリット)を警戒して玉座で指揮を執る平均点狙い(ベター)なプレイスタイルではなく、リスクを呑み込んで最高得点(ベスト)を獲りにいくプレイスタイルだったということだ。

 そして今現在は、最前線で身体を張り続けることによる【忠誠心】維持を目的の一つとして現場に出張っているにすぎない。そういう意味合いで、生粋の現場主義者であるガルディとは明確な違いがある。


 ……というか、俺って脳筋(ガルディ)と同類に思われていたのか。


 軽くショックを受けていると、隣に立つリーヴェの目つきが普段より鋭くなっていることに気付いた。彼女の剣呑な視線はガルディを貫いている。どうやら主に対するガルディの馴れ馴れしい態度と口調は、たとえそういうものだと分かってはいても、彼女に不愉快な感情を与えるらしい。


 場の空気を切り替える意味合いも含め、ヘリアンはこの場に居ないもうひとりの軍団長の所在を問う。


「ところで、セレスはどうした。姿が見えんようだが」

「ああ。アイツなら現地素材を使った調合実験とやらで、ちっと前から二階の部屋に引き篭もって――」


 ボン、という間の抜けた爆発音が響いた。

 音の発生源に目を向ければ、開け放たれた窓から黒煙をくゆらせる一室がある。


「……あの部屋か?」

「へい」


 やがてその窓からセレスが顔を出した。

 簡易な風魔術で換気しつつ「なにこれ。ふざけてるの」「なんであの程度の魔力で飽和するのよ」「いくらなんでも脆すぎでしょ」などと悪態を吐いて煤のついた頬を拭っている。左手には半壊したビーカーを握っていた。


「あっ、若様」


 やがてこちらの存在に気付いたセレスが声をかけてきた。

 しかし二階――つまりは主より高い位置から喋り続けるのは失礼かと己の脳内に疑問を生んだセレスは、暫くの間むにゃむにゃと口を開けたり閉じたりを繰り返し、最終的には部屋を飛び出して一階の表口にまで降りてきた。


「ご苦労。……まだ黒煙が消えきってないようだが火事にはならんだろうな?」

「はい。安心して下さい若様。最低限の後始末はちゃんとしてきましたから」

「頼むぞ。現地素材の活用に関する研究は重大事項の一つとして捉えているが、拠点予定地を灰にされては敵わんからな。それに今後は周辺住民との付き合いもある。早々に彼らの不興を買うような真似は慎め」

「は、はい」


 セレスは身を小さくしながら答えた。


 平時では研究分野を担当している第四軍団長の彼女には、研究好きが高じる余り周囲が見えなくなりがちという一面があった。それを知っているヘリアンは最初の釘刺しが重要かと思い少々強い言葉を使ったのだが、しゅんと項垂れている姿を見るとさすがに罪悪感があった。


 ……甘いかもしれないけど、まあフォローぐらいはいいだろ。頑張ってくれてるんだし。うん。


 ヘリアンは自分の心にそんな言い訳を生み、口を開く。


「だが、研究熱心なその姿勢は嫌いではないぞ。何らかの成果が出たなら私に報告してくれ。吉報が届くその日を楽しみにしている」

「……! はい、若様。丁度いい実験体もここにいるのですぐに成果を上げてみせます、ええ!」


 セレスはぐっと拳を握って返答した。ヘリアンは満足気に頷いてみせる。

 その片隅で角材を担いだとある大男が「実験体って俺様のことじゃねぇだろうな……」などとボヤいていたのだが、セレスを除く一同は聞かなかったことにした。


「さて、作業の進捗状況はどうだ? 見たところ店舗部分の改装に人員を集中させているようだが」

「へい。住居部分はほぼ終わってんですが、店舗部分は精々六割ってとこでさぁ」

「侵入者迎撃用の術式を刻みながら作業を進めてるんですけど、その分ちょっと時間がかかってます。要塞化にはもう少し時間が――」

「いやちょっと待て」


 不穏なワードが聞こえてきた。

 要塞化って何だ。


「……ガルディ、セレス。私は確かにこの施設を人類領域における活動拠点にすると述べたが、拠点と言っても戦闘城塞に仕立て上げるつもりはないぞ。そこについては理解しているか?」

「? はい、勿論です」


 キョトンとした表情でセレスが答え、背後に立つガルディも首肯する。

 どうやら拠点の意味合いについて理解は得られてるようだが、ならば何故要塞化などというワードが出てくるのか。


「あ、要塞化といってもそんな派手なものにするつもりはありません。時間の関係もありますし、今回はあくまで侵入者を迎撃する為の罠を仕掛けるだけにしときます」

「侵入者対策か。……具体的には、どのようなものなのだ?」

「はい。まずは侵入感知と同時に建物周囲に沿って発動する〈雷撃の網(ライトニングネット)〉で侵入者の動きを止め、その隙に重力系閉鎖結界で捕縛します。そうして身動きを封じたところで閉鎖結界内部に敷設している〈連鎖爆轟地雷チェインエクスプロージョンマイン〉を起爆させ、万が一それを突破された際の備えとしては〈火焔穿槍(フレイムジャベリン)〉の一斉掃射による自動迎撃機構を――」

「いやいや待て待てちょっと待て!」


 お前らはいったい何と戦うつもりだ。新米商人が経営するただの店舗にどれだけの迎撃能力を持たせようというのか。

 確かに街の中枢たる中央区と比べれば迷宮区の治安がよろしくないのは事実だが、迂闊な侵入者が肉片一つ残さず消し飛ぶような迎撃システムなど過剰防衛もいいとこだ。客を迎え入れる為の店舗の扉が地獄の門に変貌する勢いである。


「……はぁ。いくら何でもそれは無いぞセレス。そんなことだから賢い馬鹿などと呼ばれるのだ。ヘリアン様も呆れておられるではないか」


 額に手を当てたポーズのリーヴェがため息混じりに言った。

 おぉ、とヘリアンは内心で歓声を上げる。

 さすがはアルキマイラの瞳にして国王側近だ。

 あまりに過剰な防衛機構を聞かされた俺の気持ちを代弁して――


「〈火焔穿槍(フレイムジャベリン)〉などを組み込んでは火事になる可能性が高いだろう。ただでさえ周囲には木造建築が多いのだ。〈風塵疾矢(テンペストアロー)〉などに切り替えろ」


 ――くれなかった。

 というかお前もちょっと待てリーヴェ。

 今の説明を聞かされて心配するのは火事だけなのか。

 もっとこう他にも色々とあるだろう。更に巨大な問題が。


「範囲指定ミスって飛び火するようなヘマは犯さないわよ。このアタシを誰だと思ってんの。っていうか、『賢い馬鹿』なんて言ってるのは主にアンタでしょうが、リーヴェ」

「僅かな可能性にも気を払えと言っている。他の選択肢があるにも拘らずわざわざ火属性の術式を選ぶことはないだろう。違うか?」

「アタシはエルと違って風より火の方が得意なのよ。知ってるでしょ。一番重要なのは、若様の大事な店舗に忍び込もうとした不届き者を確実に排除することなんだから、〈風塵疾矢(テンペストアロー)〉よりも慣れてる〈火焔穿槍(フレイムジャベリン)〉の方がこの場合は相応しいの」

「それが最も重要なことなど誰でも分かる。だが周囲に一切被害を出さないという前提条件の下で〈火焔穿槍(フレイムジャベリン)〉を仕込むとなれば、ここにいる人員ではお前ぐらいしか出来ない高等技術だろう。それも研究と同時並行で作業しているとなれば、改装作業の進捗に悪影響を及ぼしているのではないか?」

「アタシが足を引っ張ってるみたいに言わないでよ。別にスケジュールに遅れが出てるわけでもないし、アタシに振られたタスクも規定時間内にちゃんと終わらせてる。疑うんならロードマップ提出してもいいけど?」


 リーヴェとセレスは喧々諤々と議論をぶつける。

 そのあまりに素晴らしすぎる会話を耳にしたヘリアンは、秘奥の反動とは異なる目眩を覚えていた。

 セレスが当然のように口にした『最重要事項』とやらをリーヴェは誰でも分かることとなどと同意していたが、他ならぬヘリアン自身がその過激思考についていけず、また理解もできていない。


 鈍痛を訴える額に手を当てながら、ヘリアンは応酬を続ける二人の女性を制止した。


「二人とも、戯れはそこまでにしておけ。そしてセレス、ガルディ。防衛機構について当面は迎撃用ではなく捕縛用のモノのみで構わん。それなら工数も大幅に短縮出来るだろう」


 殲滅不要。自衛が叶えばそれでよし。主人のその発言に改装作業員一同は互いの顔を見合わせていたが、鶴の一声により迎撃システムという名の殲滅機構は見送りになった。


 哀れな犠牲者の発生を未然に防いだヘリアンは、引き続きガルディらから進捗状況を聞き、居住施設部分がほぼほぼ完成している事実を知った。

 また未完成なのは商会主(ヘリアン)専用の個室部分のみであり、それも天蓋付きベッドや現在鋭意製作中の絵画といった、王に相応しい品格とやらを備えた室内装飾(インテリア)の搬入待ちが殆どだということだ。その情報を耳にしたヘリアンは、即座に仮宿を引き払ってここに引っ越すことを決めた。

 国元ならば王の義務として調度品のあれこれにも拘るというものだが、ここは自分の居城ではない。そんな身の丈に合わない家具のあれこれよりも、他の客や宿の従業員らの目を気にせずに過ごせる居住環境の方が何倍も重要なのである。


「というわけで、私は私物を取りに戻る。お前たちは引き続き作業に戻れ」


 軍団長の三人、特にリーヴェとセレスの両名は王を迎え入れるに足る環境が整っていないことに懸念を示していたが、他ならぬ主の言葉ならば仕方がないと意見を呑み込んだ。


 しかしながら視線で密かにリーヴェと意思疎通を行っていたセレスは、ヘリアンが宿を引き払って戻ってくるまでの時間でなんとか天蓋付きベッドだけは確保し、工兵の手を借りて設置を済ませたのだった。


「…………」


 そして新たな自室の扉を開けたヘリアンは、自己主張も甚だしい巨大なベッドを目にして沈黙に身を浸した。


「……こういうの、ディスコミュニケーションって言うんだっけ」


 部下との付き合い方について、今度レイファに相談してみよう。

 ヘリアンは心のメモ帳にしっかりとその旨を書き込み、深い溜め息を吐きながら私物の荷解きを始めるのだった。




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「……なにが気に食わなかったんだ、大将?」

「知らないわよ。こっち見ないで単純馬鹿。……え、なによその目。もしかしてホントにアタシのせい? 嘘でしょ? まさかリーヴェの言ってた通り、他の属性使うべきだったとか……」

「やー。ありゃそういう感じでもなかったように思えましたがねえ。ボスには何か心当たりはないんで?」

「ねぇよ。リーヴェも意味不明ってな(ツラ)してただろうが。国王側近(アイツ)に分からねえことが俺様に分かるか」

「ですか。……あの、第四軍団長。多分貴女様のせいってわけでもないと思うんで、俯いたままブツブツ呟くのはやめていただけませんか。普通に怖いので」


 その場に残された改装作業員一同はしばし首を傾げて唸っていたが、結局その答えが出ることは無かった。





・次話の投稿予定日は【5月5日(日)】です。


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