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第四話   「謁見」

 ――突然だが。


 このゲーム[タクティクス・クロニクル]はファンタジー要素を多分に含んでおり、その結果、普通の史実戦争ゲームとは相違点がいくつもある。

 その中の一つが、配下(キャラクター)の育て方によっては文字通りの一騎当千が……いわゆる無双ゲーが可能という点だ。


 それこそ大国の軍団長クラスともなれば、雑兵相手に単騎駆けして蹴散らす姿を見ることすら出来る。


 例えば、ロールプレイに凝っていたとあるプレイヤーは、集中的に育てた十人の配下で一万人規模の軍隊に対し戦いを挑み、文字通りの一騎当千を実現したことがある。


 なんでも、十勇士で国落としを為し遂げるとかいうストーリーの漫画があるらしく、その漫画の愛読者である本人プレイヤー曰く、


『どうしてもやってみたかった。特に反省はしていない』


 との供述こと


 だがその後、()の国は敵主力軍を壊滅させたものの、敵の街を占拠する為の兵隊を持ち合わせておらず、敵国の工作部隊によりあっさりと街を奪還された。

 そして再奪還を試みている内にがら空きの首都を数の暴力で蹂躙され、結局はどこぞの属国となってしまったらしい。現実は非情である。


 しかし、ネタに走った某国ですら、一度は一騎当千を成し遂げているのだ。

 ならば世界の覇者となった軍事大国[アルキマイラ]に同じ真似が出来ない道理は無く、軍団長は()の国の十勇士を遥かに超える力を有している。

 その戦闘力たるや、広範囲殲滅を得意とする者であれば、千を超える軍勢をたった一人で相手取ることすら可能な程だ。


 しかし一方で、[タクティクス・クロニクル]における(プレイヤー)の戦闘力は皆無だ。


 生命力を始めたとした各種身体能力(ステータス)は現実世界の人間並かそれ以下であり、これを鍛えるようなことも出来ない。

 攻撃力に至ってはシステム的にゼロに設定されており、いくら攻撃しようが敵にダメージを与えることは出来ないようになっている。


 要するに、このゲームでは配下が強い一方でプレイヤーは最弱の存在として設定されているということであり……そして何が言いたいのかと言えば、万が一()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということである。




 ――つまりは、超怖い。




「良く集まってくれた、軍団長諸君」


 そんな恐怖心などおくびにも出さず、彼は居並ぶ軍団長に向けて鷹揚(おうよう)に告げた。

 ビクビクしながら喋るなど王らしくない、と自分に言い聞かせながら、ヘリアンは有りもしない威厳を演出する。


 ちなみに、掌の傷については謁見が始まる前に第三軍団長により治療された。今では傷一つ無い。

 リーヴェの前で具合を悪くした件については、突然立ち眩みが起きただけで今は大丈夫だと押し切った。第三軍団長の簡単な診察でも異常が見つけられなかった以上、リーヴェも追求はしてこなかった。


 そしてやはりというか……リーヴェ以外のキャラクターも“人格”を有しているように見受けられた。治療を施してくれた第三軍団長の立ち振舞いは、明らかにチャチなAIのものではなく固有の“人格”を持った存在そのものだった……。


「出来れば色々と話をしたいところだが、今の我々には時間の余裕が無い。早速だが本題に入るとしようか」


 前置きの言葉を簡単に述べて、ヘリアンは居並ぶ軍団長に視線を向ける。


 [アルキマイラ]の軍勢は合計八つの軍団から構成されており、各軍団にはそれぞれトップとなる軍団長がいる。


 軍の最高司令官は国王であるヘリアンだが、王から個別に命令が無かった場合の裁量や細かい指示については、各軍団長に任されている。


 八という数字に特にこだわりはない。国によっては十以上の軍団を抱えるところもあれば、五つか六つ程度の軍団にしか構成していないところもある。

 [アルキマイラ]においては、ただ単に国家運営を、ひいては戦争を行う上で随時適切な軍団を作っていった結果、合計八軍団に落ち着いただけという話だ。


 そして今、ヘリアンの目の前に跪いているのは全八人中四人の軍団長の姿だ。




 第一軍団長。

 各方面における国王補佐が主任務の少数精鋭部隊、通称[親衛軍]の長。

 国王側近、並びに総括軍団長の任に就く【月狼マナガルム】のリーヴェ。


 第二軍団長。

 獣人族や騎士職を中心とした陸戦戦力を保有する、通称[獣騎士団]の長。

 純白の全身鎧フルプレートアーマーで身を固めた獅子頭ライオンヘッドの騎士、【剣獅子スヴェルレーベ】のバラン。


 第三軍団長。

 回復と援護のスペシャリストが集められた、通称[聖霊士団]の長。

 腰まで届く黄金こがね色の髪が特徴的な【エンシェントエルフ】のエルティナ。


 第六軍団長。

 諜報活動や妨害工作等を一手に引き受ける魔族中心の軍、通称[妖魔軍団]の長。

 深い瞳と妖艶な出で立ちが目を惹く【ナイトメアクイーン】のカミーラ。




 以上が、謁見の間に参集された軍団長の面々である。


 第一~第三軍団長は、ヘリアンがゲーム開始当初から連れていた魔物が転生進化したもので、比較的落ち着いた性格をしていることもあり参集することにした。


 そして第六軍団長のカミーラは、情報分野に特化した軍団長ということでメンバーに加えている。


 他の軍団長については、性能重視で採用した結果故か個性(アク)が強いこともあり、引き続き任務に集中するようにと伝達して謁見参集の命は下さなかった。

 いきなり八体全員に会う勇気は無い。


「集まってもらったのは他でも無い。既に知っての事だろうが、我が国は今、未曾有の事態に直面している。ついてはこれの対処について話がしたい」

「「「「――ハッ!」」」」


 四つの声が同時に応える。

 まるで練習でもしていたかのように完璧に揃っていて、こんな状況だというのに僅かに心地よさを覚えた。

 ……練習、してないよな?


「まずは、我が国を襲った現象についてだ」


 大学のプレゼンテーション講義で学んだスピーチ術を思い出しながら話す。

 講義を受けている最中は使い所が少なさそうだと思っていたが、真面目に受講しておいて本当に良かった。


 自分を見る四対の視線が否が応にも重圧プレッシャーを与えてくるが、決してどもったり下をむいたりしてはいけない。前を向いて堂々と喋る。スピーチ術の基本中の基本だ。


「草原に囲まれていたはずの我が国は現在、深い森に覆われている。こんな現象は建国以来今まで無かった。ついては現状把握が最優先となるが……リーヴェ、【現在】の【状況】を【説明】しろ」

「ハッ、それでは順を追って説明させて頂きます」


 念のために<鍵言語(キーワード)>を使って指示を出したが、リーヴェの返事には<鍵言語(キーワード)>が含まれていなかった。

 やはり<鍵言語(キーワード)>に拘るのは意味が無いらしい。

 ヘリアンは内心で頭を振りながら思考を切り替える。


 ここから先は、NPCではなくPCプレイヤーを相手にしているつもりで行動したほうがいいだろう。


「既にヘリアン様にお伝えした内容と一部被りますが、宜しいでしょうか?」

「……他の軍団長には説明済みか?」

「はい。先程報告した内容については、概ね情報共有出来ています」

「ならば時間が惜しい。治安と偵察の結果については不要だ。他の部分だけ説明すればいい」

「承知しました。では、始めさせていただきます」


 チラリ、と(うかが)うように向けられた視線に鷹揚(おうよう)に頷いて応える。


(……威厳のある王ってこんな感じでいいのか?)


 不安だが今更だ。

 もう、このスタイルで通すしか無い。


「まず、街の外は完全に森に覆われていることは既に報告しましたが、外壁の大門から伸びている筈の整備済の街道が完全に無くなっていることが分かりました」


 調査によれば、東西南北の大門共に全て同様とのことだ。

 それも森に埋まって見えづらくなっているわけでもなく、外壁を境界線とするように綺麗に途切れている状態らしい。


「従いまして、首都ごと何処かに切り取られて飛ばされた……つまりは転移現象である可能性が高いものと思われます」


 これで転移であることがほぼ確定した。

 転移現象自体は、たまに発生するバッドイベントの一つだ。


 とある戦争中、奇襲の為に雪中行軍して山越えしていた一部隊が、数百キロ彼方に転移させられたこともあった。

 精鋭で構成していた部隊を丸ごと喪失してしまい、かなり痛手だったのを覚えている。


「続きまして都市内の状況ですが、建築物の損壊は殆どありません。驚いた住民が油の扱いを間違えて小火ぼやを起こした程度です。一連の騒ぎで怪我人が数人出ましたが、第三軍団の医療班により全員治療済みです」


 となると、国内は取り敢えず落ち着いているということだ。

 時間経過と共に幾つもの問題が噴出するであろうことは想像に難くないが、今現在緊急に対処しなければいけない問題はない。と来れば――


「喫緊の問題は国外か」

「はい。国外を刺激しないようにとのことでしたので、あくまで遠距離からの調査に留めていますが、どうにも森そのものが幻惑(ジャミング)効果を有しているようで成果が芳しくありません。魔術、スキル共に妨害されています。

 空中からのスキルを使用しない遠視の結果によると、北東方面に何らかの人工物があることは分かったのですが、それ以外は森に覆われています」

「……なるほど」


 腕を組み、唸る。

 今の自分達の置かれている状況が分からない中、下手な行動を打ちたくはない。今後、外部に対してどのような働きかけをするか、それを決める為の情報が欲しい。


「我が国が今此処にあるという事実が、外部に知られていないと仮定しよう」


 転移されてから既に一時間以上が過ぎているが他勢力からの接触は無い。

 恐らく現時点では、[アルキマイラ]の存在は他勢力に気づかれていない筈だ。


「存在を知られていない、というのは大きなアドバンテージだ。私はこのアドバンテージを自ら不用意に手放したくはない。外部にどのような勢力があり、それがどの程度の脅威であるのか、何もかも分からないこの状況下では尚更だ」


 [タクティクス・クロニクル]では情報を軽んじた国は大抵滅んだ。何を行動するにしても、確かな情報あってのことだ。


「周辺に何の脅威もなく好き勝手にやっても誰にも存在を知られない……などという希望的観測を前提に行動するのは危険だ。故に当面の目標としては、我が国の存在を隠したまま現在の状況を調査し、周囲の情報を可及的速やかに入手することとする。まずこれについて異論はあるか?」


 決して臆病になっているわけではない、ということが伝わってくれればと祈るような気持ちで軍団長の面々を見る。幸いなことに誰ひとりとして異論の声を上げる者は居なかった。

 ホッと安堵の吐息を吐きたいのを我慢して、王の仮面を被ったまま問いかける。


「では、ここから先はそれを念頭に置いての話とする。魔術による遠距離調査を第四軍団に任せていた筈だが、首尾はどうなっている? 森が幻惑効果を帯びているとのことだが、魔術の精鋭集団である第四軍団でも突破出来ないのか?」

「はい。第四軍団長より報告を受けていますが、幻惑効果の術式の基礎構成が我々の知る術式と全く異なる体系で編まれているらしく、解明には時間がかかるとのことです」


 術式云々についてはさっぱり分からない。

 だが今すぐどうこう出来るわけではないのは理解出来た。


 魔術に特化した軍団を統べる第四軍団長は、【人物特徴】として【自信家】という特性を持っており、こと魔術分野において彼女が『出来ない』と言ったことは殆ど無い。また、時間がかかる問題を任せた場合でも『明日までに答えを出す』などと、解決までの所要時間を明示する場合が殆どだった。


 その【自信家】である彼女がいつ解決出来るかも分からないと言うのだから、魔術面のアプローチによる早急な調査は叶わないだろう。


 ちなみに、配下の魔物達は最大八個までの【人物特徴】を持っており、これが性格や行動パターンに深い影響を与えている。

 良い特性があれば悪い特性もあり、代表的なところで言うと比較的良い特性で【真面目】、悪い特性で【自分勝手】などがある。


「ただ、力技で突破してもいいのなら、どうにでもなるとのことです。

 試しに訊いてみたところ『儀式魔術で周囲一帯の魔素自体を無理矢理支配下に置くか、更に強力な付与魔術で森の性質を上書きしてしまえばどうとでも……!』などとのたまっていましたが」


 それは力技も力技、完全なゴリ押し戦法だ。

 鍵穴に合う鍵が見つからなかったので錠前自体をぶっ壊します、と言っているようなものである。


 だが、力技を好むのは何も第四軍団長に限った話ではない。

 軍団長クラスの魔物は大抵――有り余る力を持つ故か――困難にぶち当たった時に力ずくで解決しようとする傾向が強いのだ。


 リーヴェですら、些末な面倒事に対処する際には肉体言語を好む傾向にあった。現に、執務室に報告に来た際にも『文句を言う竜を殴って黙らせた』という旨の発言をしている。


 もしも【脳筋】という【人物特徴】が存在するならば、軍団長達の内の半分以上がその【人物特徴】を所持していることだろう。


 なんでこんな性格のヤツばかりを軍団長にしてしまったのか、と頭が痛くなる。過去の自分に『もっと慎重に考えろ』と文句を言いたくなった。


 溜息を堪えつつ、リーヴェに回答する。


「力技は却下だ。周りに脅威となる勢力が居たらこちらの存在を自らバラすことになる。もうバレている可能性もあるが、派手な目印を作ってわざわざその可能性を確定させる必要はない。周りの状況が判れば考慮に値するが、現時点では下手な手は打てん」

「そう仰られると思い『自重しろ賢い脳筋バカ』と告げておきました。改めて、力技の禁止命令がヘリアン様から下された旨、正式に通達しておきます」

「……う、うむ」


 何故かリーヴェが尻尾を振り始めた。

 表情こそ澄まし顔のままだったが、ふさふさの尻尾が微かな音を立てながら左右に振られているその様子に、『褒めて褒めて』と迫ってくる大型犬を連想する。

 余談だが、彼女の横に跪く第二軍団長のバランが迷惑そうに顔をしかめていた。


 ……まあ、なんだ。

 なにはともあれ、感情が察知し易いのは助かる。

 その反応リアクションから相応しい対処方法を読み取りやすい。


 リーヴェと意見が一致していたということは、力技の自重は国にとって正しい選択だろう。


「空からの目視では、北東方面に人工物らしきものが見受けられる……だったな」

「はい。首都結界範囲内の高度では詳細は不明でしたが、森の中に建造物らしきものが見受けられるとのことです」


 ふむ、と顎に手を添えて一つ頷く。

 さも思案を巡らせている最中というポーズを取りながら、ヘリアンはここまでの自分の言動を思い返した。


(ここまでは王らしく振る舞えてるよな……?)


 配下に呆れられていないだろうか。


 居並ぶ四体の軍団長の様子をチラリと窺うが、気を悪くした者は居ないように見受けられる。

 しかし、それもヘリアンの希望的観測だ。あまり当てにはならない。


 緊張に神経を削りながら、ヘリアンは内心で冷や汗を流す。




 ――これほどまでにヘリアンが配下の顔色を窺うのには理由がある。

   なんとこのゲーム、配下による【反乱】がシステムとして存在するのだ。




 一度捕獲さえすれば忠実な仲間になってくれる某有名ゲームとは違い、一度仲間になったからといって()()()()()()()()()()


 幸福度が極端に低い状態が続いたり、忠誠心が一定値を下回れば容赦なく反乱を起こされる可能性がある。

 そして反乱を起こされた場合、反逆者とヘリアンが一対一で対峙すれば、その時点でヘリアンの死亡がほぼ確定する。


 前述した通り、国王たるプレイヤーは戦闘力を有しない最弱の存在として設定されている。プレイヤーとしての幾つかの能力を除けば、そこに残るのは魔物と直接対峙すれば簡単に殺されるだけのひ弱な一般人だ。


 そして『強き魔物』である彼らが『弱き人間』であるヘリアンにこうして頭を垂れているのは、自分が他ならぬ“王”であるからに違いないだろう。

 それはとどのつまり、ヘリアンが王に相応しくないと思われれば、いつ反逆されても何ら不思議ではないということだ。

 自然、王様スタイルのロールプレイにも必死にならざるを得ない。


 これでも長年一緒の時間を過ごしてきた仲間だ。

 そう簡単に裏切られたりしないと信じたいが、転移して以降、リーヴェ以外の軍団長とはまともに会話すらしていない。

 ゲームと同じ性格であるという保証も、またゲームと同様に忠誠を誓ってくれているという保証も無いわけであり――――いや、待て、これはゲームだ。もしくはゲームの夢を見ているだけの筈だ。だから、大丈夫だ。何が大丈夫なのかは分からないがとにかく大丈夫だ。そうでなければいけない。


 これ以上の思考は危険だ、とヘリアンは頭を振って思考を切り替える。


「大体分かった。では、あくまで国外を刺激するリスクを回避してこれ以上の調査をしようとすれば、足を使う必要があるということだな。ならば第六軍団長、国外調査については、お前に任せても構わないか?」


 第六軍団長――ナイトメアクイーンのカミーラが顔を上げる。


 ヴィクトリア調のゴシック服を着こなし、妖艶な雰囲気を漂わせる女性型魔物。

 外見年齢こそ十七歳前後と少女に近いものの、身に纏う空気は完全に“女”のソレだ。

 紅い瞳は覗き込めば堕ちてしまいそうに深く、その顔の造りは美貌というよりも魔貌に近い。また身長に比べて胸が極めて大きく、元からそういうデザインの服なのか、紐が緩められた胸元からは窮屈そうな谷間が露出している。

 微笑みを浮かべた彼女から腕を組まれようものなら、その誘いを断れる男など居ないだろう。


 しかしながら、今はその魔貌を僅かにしかめ、困ったかのように眉尻を下げていた。


「我が君よ。他ならぬ我が君のご命令とあらば、(わらわ)と我が軍団は全力を尽くす。それは当然のことなのじゃが……森を探索出来るかと問われれば、少々問題があると言わざるをえぬ」


 問題?

 カミーラ率いる第六軍団は、他国への諜報活動や情報収集の為に作った軍団だ。こと情報収集という分野に関しては、他軍団の追随を許さない。

 その第六軍団の長であるカミーラの言う問題とは……。


「力不足を告げるようで申し訳ないのじゃが……妾を含め、第六軍団に所属する魔物は未探索区域の調査をしたことが無い。自信があるかと問われれば、首を縦に振り辛いのじゃが……」


 おずおずと申し訳なさそうにカミーラは告げる。

 一方、ヘリアンは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。


(やっちまった……)


 確かに彼女らは諜報や情報収集のスペシャリストだが、方向性が違う。


 そもそも第六軍団を作ったのは建国から五十年以上経ってからのこと。

 他国と地図を交換するなどして、未探索区域自体が殆ど無くなった後の話であり、その時点で既に世界地図の原型が出来上がりつつあったのだ。そして第六軍団を作った目的は、冷戦時代の諜報合戦の為だった。


 つまり、第六軍団の活動範囲はあくまで対仮想敵国を想定したもので、人を介する諜報活動が主目的だったのだ。第六軍団の諜報能力及び情報収集能力はそちらの方面に特化しており、誰も調査したことのない未探索区域の探索などは体験すらしたことがない。


 諜報分野、情報収集分野に特化しているというキーワードだけに着目して第六軍団に任せようとしたヘリアンのミスだ。


「あ、いや、無論人員が割き辛い状況であるのは妾とて理解しておるのじゃ。他に適任者が居なければ、妾の第六軍団で何とか――」

「いいや、お前の懸念はもっとものことだ。この場において正直な発言は好ましい。お前の忠言を嬉しく思うぞ、カミーラ」


 王らしく、と呪文のように心中で呟きながら、ヘリアンは台詞を組み立てる。


「では問おう。第一軍団長リーヴェ第二軍団長バラン第三軍団長エルティナ。お前たちは昔、未探索区域の調査をしたときの事を覚えているか?」

「ヘリアン様と共に世界に降り立った直後の事を、忘れるわけもありません」

「無論覚えておりまする、主上」

「わたくしも昨日のことのように思い出せます」


 問われた三人はそれぞれ肯定の意を返した。


 ヘリアンが訊いたのは、最初期の話……ヘリアンが三体の魔物を引き連れてこの世界に降り立ち、右も左も分からない世界を歩いて探索していた頃の話だ。たった三体の魔物を率いて未知の世界を探索していた頃の記憶は、今も色鮮やかに覚えている。


 その出来事が彼女らの中でどのように解釈されているのかは分からないが、覚えているというならば経験者に任せた方がいいだろう。


 調査に各軍団の兵士を使うことも考えたが、未探索区域の調査経験者は極僅かだ。それにゾロゾロと集団で探索に出て、他勢力にこちらの存在を知られるのは悪手だろう。


 更に言えば、外にはどんな脅威が潜んでいるのかも分からない。

 万が一、フィールドボス級の魔獣でもいようものなら無駄に犠牲を出すことにもなりかねない。衛星都市と分断され、戦力補充の目処が全く立っていないこの状況下では、早々の戦力消耗にはかなりの抵抗がある。


 ならば、ここは未探索区域の調査経験者であり最高戦力の一角である三体の軍団長のみを投入する方が得策だろう。


 他勢力への露見の可能性が最小限に抑えられ、仮に見つかったとしても、三名程度の集団であれば旅人や迷い人などと称して幾らでも誤魔化せる筈だ。

 最悪、とんでもない脅威が森に潜んでいたとしても、軍団長格なら逃げに徹すれば生還可能だろう。


 ではこの三体に任せるか、と考えたところで国内の懸念が頭を()ぎった。


 今はたいした問題は起きていないが『首都丸ごと転移させられる』という未曾有の大異変に襲われた直後だ。今後国内で何があるとも分からない。となれば、


「よし――では、第二軍団長バランについては引き続き国内の治安維持と、有事の際の防衛に備えてくれ。今のこの状況で、治安維持担当からお前を外すわけにはいかん」


 治安維持を命じられた第二軍団長――バランが粛々と頭を下げた。


 獣人系のハイエンドクラスの一つである【剣獅子スヴェルレーベ】という種族の彼は、見た目としては全身鎧フルプレートアーマーを身に着けた二足歩行のライオンだ。

 現在は兜を外して脇に抱えているが、その兜も何故かライオンの頭を模した形をしており、兜をつけていようがいまいが外見が殆ど変わらないという特徴を持つ。

 だが、それは本人がふざけているからではなく、あくまで性能を追求した結果、たまたま兜がライオンを模していたというだけである。


 【騎士道精神】という【人物特徴】を持っている彼は、近接戦闘のプロフェッショナルであり、防御に徹するなら八大軍団長随一の性能を誇る。この状況下で彼を国の防衛から外す訳にはいかない。


 また彼は【規律】の人物特徴も有しており、浮足立っている国内の治安維持という観点から見ても彼以上の適任者はいなかった。


「そして未探索区域の調査担当は第一軍団長リーヴェ第三軍団長エルティナの両名とする。しっかり頼むぞ」

「「――ハッ、承知致しました!」」


 二人の女性軍団長により、拝命の声が返される。

 唱和の声が小気味よいが、同時に少々気負いすぎているようにも感じられた。

 ある意味、今後の[アルキマイラ]の命運を背負っているようなものなので無理もないのかも知れないが、過度の【緊張】は基本性能パフォーマンスを低下させる。それは未知の領域を探索するにあたって危惧すべきことだった。


 何の戦闘能力も持たない自分だが、彼女らの緊張を解きほぐすぐらいなら出来るだろう、とヘリアンは考える。

 そして出来ることがあるならすべきだ。

 部下の緊張を解し、その能力を最大に発揮できる精神状態に整えるのは、上司である王の仕事の一つだろう。


「そう気負わずとも、最初期の探索と同じようなものだと考えれば良い。あの頃の事を思い出せ。あの頃と比べて違いがあるとすれば、バランが居ないことだけだ」


 フォローのつもりで告げると、頭を下げていたリーヴェとエルティナが驚いたように顔を跳ね上げた。二人揃って驚愕の表情を浮かべている。


(……な、なんだ? 配下を気遣おうとしたことがそんなに意外だったのか?)


 若干腰が引けたヘリアンだが、一度口を開いた以上は最後まで言い切らなければ、と気合を入れ直す。ままよ、と台詞を続けた。


「加えてあの頃と比べれば、お前たちの実力は比較にならないほど向上している。気負わず、いつも通りの実力を発揮すればいいだけの話だ。私はお前たちを信頼している」


 ……台詞を言い切ったが、どうだろうか。

 内心で冷や汗を垂らしていたが、真っすぐに視線を向けてくる二人の軍団長は何らかの覚悟を決めたかのように、唇を固く引き結んだ表情で再び頭を垂れた。


「「委細、承知致しました」」


 その返答には先程以上に力が籠められていた。

 しかも心なしか、先程より強い緊張感を漲らせているように感じる。


 ……やばい。失敗したか。


 緊張感を解すどころか悪化した気がする。

 だが覆水は盆に返らない。もうこのまま突っ走るしかない。


「だ、第六軍団については、隠密性に特化した隊員を五名選出しておいてくれ。

 調査隊に隠蔽状態で随行させて、不測の事態が発生した際の連絡要員とする。

 人選はカミーラ、お前に任せる。そしてお前自身は国内の情報収集及び、情報統制を引き続き行え」

「承知致した、我が君」


 艶やかな笑みを浮かべて、第六軍団長のカミーラは首肯した。

 その蠱惑的な仕草は、平時であればヘリアンの視線を奪うことに成功したかも知れないが、今の彼はそれどころではなかった。


「で、では、これにて謁見を終える。国外調査については十五分後に北の大門からの出撃だ。リーヴェとエルティナは準備を。他の軍団長については引き続き各々の任に当たれ」


 心情的には逃げるようにして、ヘリアンは謁見の間を立ち去る。

 そして謁見の間に残された者の内、調査隊に指名された二人の軍団長は、()()()()()()を胸に、深い覚悟を刻むのだった。




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