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第十七話  「散策と商談」

投稿予約の設定をミスってました。

一日遅れの投稿です、ゴメンナサイ。

 ――商業区。

 商店街にならぶ一軒の店で、客の来訪を告げる扉鈴(ベル)が鳴った。


 大量の客を捌く店ではなく、客の一人ひとりと相対する(タイプ)の小さな店だ。折り悪く裏方に引っ込んでいた店員に成り代わり、店主自らが新たな客を迎え入れる。


「いらっしゃいませ」


 客は「どうも」と目礼すると、物珍しげに店内を見回した。視線は一時(いっとき)も留まらず小鼠のように飛び回っている。面白みのあるものは大して陳列していないにも拘らず、客は見慣れぬものを眺めるかのようにあちこちへ顔を向けていた。


 客は二人組のようだ。先に入ってきた青年に付き従うようにして、褐色肌の年若い女性が後に続く。様々な人間や亜人種を見てきた店主だったが、その女性の容姿には思わず目を奪われた。それほど彼女の美貌は際立っていた。


 まず目を惹くのはなんといっても大きく迫り出した胸部である。身体の線が浮いた服に窮屈そうに押し込めた双丘は、性別問わず衆目の視線を惹きつけるに違いない。細い腰と大きな臀部からは瑞々しい色香があり、顔の造形もまた、キツそうな瞳が印象的ながら文句のつけようも無い美貌である。


 対して男は平凡だ。さしたる特徴も無く、女性と比較して不釣り合いなほどに凡庸である。深く被ったフードでよく見えないが、連れの女性よりも年若く見えた。間違ってもこれほどの美女を連れ回せる器量を持ち合わせているようには思えなかった。にも拘らず彼女が付き従っているのは、青年の立場故か。


 上質ではあるが地味な設えの服装からして貴族ではない。しかし一方で裕福ではある。察するに女はお目付け役で、青年はどこぞの商家のぼんぼんといったところであり、つまりは紛れもないお得意様候補(カモ)である。


 店主は満面の笑顔を浮かべて話しかけた。


「なにかお探しで?」

「ん……いや、見て回っているだけだ。気にしないでくれ」

「左様ですか。では何か入り用の物などあれば遠慮なくお声がけを」


 青年の言動から厭いの感情を見て取った店主は大人しく身を引いた。

 ここはがっつくべき場面ではない。この手合の人間は迫った分だけ引いてしまう。ならば目先に垂らされた肉へすぐには食いつかず、機会を待つべきだ。


 しばらくして、一通り店内を見て回った青年が声をかけてきた。


「店主。一つ問いたいが、この店は買い取りも行っているか?」

「ええ。売買両方受け付けてます。どうぞこちらのカウンターへ」


 案内したカウンターの椅子に青年は腰掛けた。女はその後ろに控えて立っている。良い御身分だとの思いを店主は笑顔の下に隠した。


 青年はカウンターの上に大きな布袋を置く。結び目を解いたその中には大きさの異なる石が多数詰め込まれていた。特有の色合いを煌めきを放つ石の数々は、その全てが魔力を含有する鉱石――魔石である。


「ほほぅ、これはこれは……」


 如何にも感心したという口調で呟くが、声に籠められた感情は本物だ。品質はまちまちだが、じゃらりと広げられた魔石の中に一つだけかなり上質な魔力を溜め込んだ緑の魔石があった。詳しく鑑定する必要はあるが、純度が並外れている。


 しかもその魔石は小振りだった。一般的に魔力の含有量と魔石の大きさは比例するが、稀に圧縮された魔力を含む魔石がある。この緑の魔石が正にそれなのだが、素人目には判別がつかない代物だ。それが無造作に置かれた数十の魔石の中に紛れ込んでいる。


「魔石で御座いますね。一括の買い取りをご希望で?」

「ああ。査定を頼みたい」

「承知致しました。それではそちらの席で少々お待ち下さい」


 商談用のテーブルへ案内し、店主は包みを抱えてカウンターに戻る。

 店の奥から丁稚に運んでこさせたのは、この店で最も大きい規格の計量秤だ。魔石が欠けたりしないよう予め水で満たした秤器の中に魔石を放り込んでいく。そこそこの量があった為、二回に分けて計量を行った。


「お待たせ致しました。いや、最近は魔石の流通が鈍っていたので助かります。大量に持ち込み下さいましたので、色を付けさせて頂きまして……そうですね、金貨九枚と大銀貨十三枚で買い取らせていただきたいと思います」


 色をつけたのは本当だ。魔石の量と大きさから単純換算した査定額より、大銀貨三枚ほど多い。一個だけ紛れ込んでいる高純度の魔石は出すところに出せば王国金貨十枚は下らない代物だが、お互いに気づいていなかったとあらば仕方ないだろう。こちらは魔石の量と大きさから簡易査定を行っただけの話だ。商業ギルドの規約的にも問題はない。


「包み布についての査定は如何ほどでしょうか」

「は? 布、ですか……?」

「ええ。この布も一緒に売りたいと思っていまして」


 青年は魔石を包んでいた布を指す。

 指先を追って注視すれば、布は随分ときめ細やかな繊維で出来ていた。


「少々失礼します。――セレス」


 青年が断りを入れると、立っていた女が布を手にとった。

 そして青年が小さく頷くと同時、布を持つその手から業火が生じ、天井近くまで舞い上がる。


 現象は一瞬。

 驚く店主の前で炎は幻のように掻き消えた。

 余りに唐突な発生と消失から、それが魔術による炎であることは明らかだった。


 発火点となった女の右手。

 そこに載せられていた一枚の布が灰になっている姿を店主は幻視する。

 しかし、


「……燃えていない?」


 いや、それどころか布には焦げ目一つついていなかった。恐ろしく耐燃性が高い。しかもよくよく見れば恐ろしくきめ細やかな繊維質であり、天鵞絨(ビロード)のような色艶があった。緑の魔石にばかり目を取られていたが、これは普通の布ではない。


「ご覧の通り、炎熱に対して極めて高い耐性を持つ布です。森の民から頂いた代物なので価値が分からないのですが、どうにも珍しい品のようでして」


 なるほど、確かに珍妙な品だ。

 燃えにくいだけの素材なら数多くあるが、あれだけの炎に晒されておいて焦げ目一つ見当たらない布というのは見たことが無い。

 鎧の下に身につける肌着、火炎耐性付与フレイムプロテクションを施す盾の素材、はたまた珍品であることを活かした贈呈品……活用方法など幾らでもある。


 だが、問題はそこではない。

 問題なのは業火を生み出した女から詠唱が聞こえてこなかったという点だ。

 つまりこの女は、詠唱無しでの魔術行使――いわゆる無詠唱という類稀な技術を修めている高位魔術師ということになる。


 で、あるならば。

 それほどの高みにある魔術師ならば。

 唯一つだけ紛れ込んでいたあの魔石の存在に、()()()()()()()()()()()


「――――」


 そっと女に視線を向ける。

 目があった。

 瞬間、背筋に氷柱を差し込まれたような寒気に襲われる。

 女の碧眼には凍りつくような炎が揺らめいていた。


「ところで、壁にかけている剣。アレは見事な品ですね。小振りながら純度の高そうな魔石が四つも嵌め込まれている。何とも贅沢だ」


 男が小剣――店を改装した際に箔付けの為に入手した装飾剣――を見ながら何の気なしにそう言った。

 何故このタイミングでそのような話題を振るのか。

 子供にでも分かる理屈だ。


「いつかはあのような剣を腰に下げてみたいものです。……さて、この布は買い取りに足るようなものでしょうか? 見ての通り耐火性に優れた珍しい布でして、手に取って貰えれば分かるのですが非常に手触りの良い品です。それなりの値段がつくならば魔石と一緒に売りたいと思うのですが」

「……ええ、少々お待ち下さい。何分珍しい品ですので、詳しい査定のお時間を頂ければと……」

「魔石と同様に簡易査定で構いませんが?」

「い、いえ。査定額に誤りがあってはいけませんので。誠に申し訳ありませんが、お時間頂戴したく……」


 額に滲んだ汗を隠すようにして頭を下げ、赤い布を(うやうや)しく受け取った。即座に店の奥へ取って返す。


 客の視線から逃れた店主は幾ら上積みすべきかを考える。決して燃えない上質な布というだけでも価値がつくが、これに例の魔石の査定差額を考慮して値をつけなければならない。問題はこの布を正確に査定することではなく、幾ら上積みすれば場を収められるのかという点だ。


 女の視線を思い出す。

 途端、額と背におびただしい脂汗が流れ出すのを自覚しながら、店主は必死に査定額の再計算を始めた。




    +    +    +




 店を出ると、眩いばかりの日光に出迎えられた。

 長い間屋内に引っ込んでいたせいか目がチカチカする。目眩を振り払うように頭を振ってから歩き始めた。


「まあ、初日の成果としてはこんなものか……」


 これまでで都合三回の商談を終えたヘリアンはそんな感想を呟いた。

 二回目までは相場(レート)の事前調査や、基本的な取引方法の確認を兼ねた練習台として行い、三回目を本命の商談と定めて臨んだわけなのだが、先程の商談に関してはそこそこ上手くいったと思われる。魔石に関しては、事前に調べた相場額(レート)よりも一割増の金額で売却することが出来た。


 やったことと言えばなんてことはない。[タクティクス・クロニクル]で他の(プレイヤー)相手に散々やったことと同じく、交渉札(カード)を活用しての交渉だ。今回ヘリアンが用意した手札は、大量の魔石の中に隠された高品質な魔石と、非常に高い耐燃性を持つ珍しい布、それに無詠唱魔術を使える手練の魔術師である。


 ついでに世間知らずの若造として自分の評価をあえて低く見積もらせ、意図的に低い査定を行わせるという小細工も行った。そうして魔石の査定を誤魔化した件を貸しとして交渉の手札に加え、本来店主側にあった主導権(イニシアチブ)を強引に奪い取らせてもらったわけだ。


 主導権を握られた交渉の席など結果は見えている。かくして店主は大量の魔石と希少価値のある布を、ヘリアンは相場より少々多めの金銭をそれぞれ手にして、平和的に交渉は終了した。


 ちなみに、魔石はラテストウッドの周囲を徘徊する魔物を退治して採取したものであり、燃えない赤の布はアルキマイラの女生蜘蛛(アラクネ)族が自分の糸で織った代物だ。アルキマイラとしての資源消費はゼロである。


 そして、大量の魔石を売却するという行為自体が今回の狙いの一つだ。


(重要な魔石産出地である迷宮は不安定。更に多くの冒険者が境界領域の城砦に滞留中の今、魔石の流通は鈍ってる。なら、この量でも市場の魔石価格に影響を出せるはずだ)


 とは言え、大量といってもあくまで個人レベルで収まる範囲内である。市場価格が変動したといっても小銅貨一枚にも満たぬ端数のような変動値だ。

 だが、ゼロでは無い(・・・・・・・・・)

 そしてそこに意味がある。


戦術仮想窓タクティカルウィンドウ開錠(オープン)選択(セレクト)拠点情報(ベースステータス)


 眼前に浮かべた<仮想窓(ウィンドウ)>で当該地の拠点情報を確認する。

 そこから【支配力】に関するページタブを選択すれば、基本情報(デフォルト)として現れたのは各勢力の【支配力】累計取得率だ。


 第六軍団による諜報活動を行っていない為、現状ではヘリアンが獲得した【支配力】の数値化は不可能である。現状では色分けされた円グラフによる大まかな、それも精度が著しく低い状況確認しか出来ない。だが、


「――アタリだ」


 よくよく目を凝らせば、そこにはアルキマイラの【支配力】を示す色が円グラフの中に細い線で示されていた。

 恐らくは百分の一パーセント程も獲得出来ていないだろうが、同時にこれはアルキマイラの【支配力】が零ではないという事実を意味する。


(俺がこの街についてからまだ二十四時間が経過していない。つまり、時間経過による支配力取得はまだ行われていない。それなのにこうして【支配力】が得られたということは……)


 魔石の市場価格を通じて現地経済に対する影響力を発揮したことにより【支配力】を取得出来たという証左に他ならないということだ。

 これで【支配力】の獲得手段を新たに一つ確かめることが出来た。


「……しかし、妙な領地(リージョン)構成をしてるもんだな」


 <拠点情報(ベースステータス)>を見つめながらヘリアンは呟く。

 今参照している<拠点情報>は境界都市シールズ一帯のものだが、何故か領地(リージョン)が二つ存在することになっていた。一つは迷宮区。もう一つが迷宮区を除く街全域だ。


 後者に関しては第一勢力が九割以上の支配率を示している。これは考えるまでもなく辺境伯のものだろう。

 だがその一方で迷宮区に関しては第一勢力が五割強、第二勢力が四割、数多の有象無象が残り一割という分布構成になっていた。第一勢力は辺境伯だろうが、第二勢力については検討がつかない。冒険者ギルドか何かが一つの勢力としてカウントされているのだろうか。


 特殊なケースを除けば都市は一つの領地(リージョン)とカウントされるケースが殆どだった為、このように都市が分割されているような領地構成は非常に珍しい。この分だと、境界領域に位置する城砦も別領地(リージョン)扱いされていそうだ。


「若様。さっきの店主に制裁を加えなくていいんですか?」


 追従するセレスが不穏な台詞を口にした。

 店を睨む碧眼の瞳には分かりやすい敵意が灯っている。


「魔石の査定か? あれは気にするな。向こうは商人として私から最大利益を得ようと画策したまでであり、その行い自体は決して悪ではない。少々不誠実だったのは確かだが、(ルール)を侵しているわけでもないのだからな」


 それに不誠実のツケは既に払われている。懐に仕舞った財布のずっしりとした重みがその結果だ。


 それでも自身の主を騙そうとした店主が気に食わないのか、なおもセレスは不満げな感情を浮かべていた。許可を出せば今にも燃やしにいきそうな程度には機嫌が悪い。このあたりは完全人化形態になったリーヴェと比べて分かりやすかった。


 しかしここでその怒りを炸裂されるわけにもいかない。ヘリアンは別の話題を振って話を逸らすことにする。


「それよりもだ。これで三軒ほど店を巡ったわけだが、お前の目に叶うような品はあったか?」


 研究分野も担当するセレスは『道具鑑定』のスキルを持っている。

 スキルの階梯(ランク)や方向性、鑑定対象の“格”にも依るが、セレスならば対象が魔道具であるかどうかぐらいは一瞥しただけでも判定出来る筈だ。


「さっきの店にも大したものは置いてませんでした。魔術付与(エンチャント)されている品なんて、壁にかけてある剣ぐらいでしたし」


 カウンター奥に仰々しく飾っていた小剣のことだ。

 これ見よがしに飾っているあたり、売り物ではなく箔付けの展示品扱いのように思えた。店内で密かにセレスに確認したところ、剣に嵌め込まれている魔石は市場に流れている一般品よりも多少高水準だとのことだ。


魔術付与(エンチャント)の内容は?」

「切断力の増幅効果です。常時発動型じゃなく任意発動型で、しかも回数制限有りでした。もっとも、素材にした武器自体が脆すぎて回数制限を迎える前に自壊しそうですけど」

「……回数制限はともかく、自壊とはな」


 魔導武器としての完成度は低いと言わざるを得ない。というか、魔術付与エンチャントに耐えられない素材を使っている時点でアウトだ。アルキマイラでこれを店頭に並べようものなら同業者から失笑を買うだろう。そして往来のど真ん中で殴り合いを始めるまでがセットである。

 しかし、そんな代物をこれ見よがしに飾ってあるということは……。


「この世界の魔導技術はアルキマイラの水準より、数世代ばかり遅れているらしいな」


 [タクティクス・クロニクル]でこの手の武器が重宝されていたのは、精々が聖魔歴三十年頃までである。青銅や鉄器による武器が主流だった当時は魔術付与がされているというだけで価値があったが、回数制限有りは兎も角、武器の耐久力のせいで早々に自壊するような武器は避けられていた。制作にかかる費用と当時の魔術付与武器の希少性を考えると当然の話である。


 武器の素材に見合わぬ術式をあえて付与し、最初(ハナ)から消耗品として割り切る戦術を採用した国もあったが、当時のアルキマイラの財政状況ではとても真似しようとは思えない贅沢戦術だった。それも武器自体の製造技術の進歩と共に廃れていったわけだが。


「ただ――」

「ん? 何だ?」

「見たこともない方式で術式が刻まれてました。いえ、刻まれている効果自体は分かるんですけど、その組み方がアタシらのと違いすぎるんです。結果は同じでも経緯がまるで異なるというか、同じ目的地を目指しているものの出発点が明後日の方角にあるというか……」


 セレスの手がもどかしそうにろくろを回している。


「お前の研究室から上がってきた報告書に目を通したが、ラテストウッドが使っている魔術についても似たようなことを言ってたな」

「はい。なんていうか、あの子達の使う魔術っておかしいんですよね。起動に注ぎ込む魔力量が少なすぎて術式の構成としてはお話にならない筈なのに、なんでか発現自体には成功していて意味不明というか。構築式も根本的に組み方が違いますし、まるで別の学問を調べているような気さえしてきます」


 別の学問と来たか。構成だとか構築式だとかは良く分からないが、どうやらセレスの知る魔術と比べて相当な乖離があるらしい。それほど根本的に仕組みが違うということなのだろう。


技術樹形図(テクノロジー・ツリー)が……ああ、いや、使っている魔術の形態、その樹形図とでも言うべきものが途中で分岐しているような感覚か?」


 システム用語である技術樹形図(テクノロジー・ツリー)では通じないかと、表現を変えて訊いた。


 これは最初に決めた文明種別シヴィライゼーションパターンが異なるならば(まま)有る話だ。例えば二つ隣に位置した国の(プレイヤー)は東洋系の文明を選んでいた為、アルキマイラとの親和性が――特に魔術関連分野は――低かった。そのせいで共同研究等の協力プレーにボーナスがつかず、技術取引(テクノロジートレード)の効果も芳しくなかったのだ。


 ちなみに文明種別シヴィライゼーションパターンにある程度の親和性があれば、時にミッシングリンクばりの進化を果たす場合もある。発展著しかった某国をアルキマイラが取り込み、高度成長期の起爆剤となったのがその一例である。


「うーん……というより、そもそも幹からして違うような……」

「――なに?」

「枝葉が違うぐらいなら樹形図を(さかのぼ)ってそこから調べていく手法が取れるんですけど、もう何もかもが根本的に別物過ぎて……だからこそ深淵森(アビス)の調査がてんで進んでいなかったりするんですけど……」

「ふむ……」


 この手の話は今に始まったことではない。

 [タクティカル・クロニクル]に似たこの世界は、しかし完全に同じというわけではないらしく、転移させられてから今日までの間にゲームとの差異が幾つか見つかっている。


 例えば魔石という代物は存在するが、[タクティクス・クロニクル]では鉱山資源から発掘したり錬成によって作り出すなどされた結晶体だったのに対し、こちらでは迷宮や魔獣などから採取する鉱石となっている。『魔力を含んだ鉱物』という点では同じであり、この世界の魔石から魔力を抽出することも出来たが、一つの物質として見るならば別物であると言えよう。


 セレスの言う魔術の構築式の違いとやらも数ある差異の内の一つだ。

 詳しい説明を頼むと専門用語だらけで意味不明な為に深くは踏み込まないが、魔術に限らず結果(アウトプット)は似ていても経過プロセスが別物という類のモノは他にもありそうだ。

 何かを一つ調べる度に考えるべきものが増えている気がして嫌になるが、一つ一つ地道に解き明かしていくしかない。


「……話は変わるが。人間族だけというわけでもないのだな、この都市は」

「あ、そうですね。アタシも意外でした。市民の殆どは人間族ばかりみたいですけど、往来では獣人やドワーフも見かけましたし」

「ああ。興味深いのは、その殆どが武装している者ばかりだということだな」


 街中で武装している職種の者など限られている。

 境界都市が抱える正式戦力である境界騎士、街の治安を護る自警団、戦争を生業とする傭兵団、そして戦闘を含めたあらゆる仕事を請け負う者――冒険者だ。


「エルフを連れた冒険者も居たのには驚いたがな」

「はい。けど視線を向けたら露骨に嫌そうにされました。連れの獣人族も見世物じゃないと言わんばかりに睨んできましたし、やっぱりかなり珍しいみたいですね」

「王国寄りの別都市では“商品”として扱われている場所もあるらしいからな」


 むしろそのような都市の方が多いとラテストウッドの住人は言っていた。例の一件でレイファがその身を差し出そうとした事実からもそれは明らかだ。

 それを踏まえて考えると、この境界都市は人間族の一般的な都市と比べてむしろ異質な方に分類されるのだろう。人種を問わず、貴賤を問わず、人材として有用であれば重宝し活用する。そういう気質がこの都市にはあるように見受けられた。


 もしかすると、人類の共通敵である魔族という存在に対抗する都市だからかもしれない。人間という種族は、共通の敵がいるならば一致団結出来る生き物だと聞いたことがある。だとすればこの街の差別意識の低さにも納得だ。……そのように捻くれた考えを浮かべてしまう自分に少し嫌気が指す。


 ともあれ、この境界都市は『複数の種族が差別意識無く共存している』という点において、ラテストウッドやアルキマイラと一定の親和性があるということだ。初めて訪れた人間の都市が境界都市シールズだったことは、自分にとって幸いなことだったのかもしれない。


「――さて。そろそろ宿に戻るか」


 活動を始めたのは朝方だが、既に十五時を回っている。まだこの街に来て二日目だ、焦る必要はない。一日の成果としてはまずまずの結果が得られたのだから、今日のところはこの程度で切り上げてもいいだろう。


 道中で露店を冷やかしつつ宿を目指す。

 なんだかんだ言ってこの街は興味の惹かれるものが多い。一定の警戒心はあるものの、海外旅行にでも来たかのような新鮮さを僅かに思いながら商業区を歩いた。


 そして帰路の途中、一つの露店の前でヘリアンは足を止めた。セレスがジッと何かを注視していることに気がついたからだ。視線を追えば、露店の軒先に吊るされた干草がある。薬草や霊草の類だろうか。


「……欲しいのか?」

「えっ。あ、いえ、その、珍しい素材だなと。見たこと無い薬草だったんで少し興味を惹かれただけで、別に調合してみたいとか実験してみたいとかそういうわけでは……」


 セレスはワタワタと手を動かしながら口早に答える。つまりは研究材料として欲しいということだ。この世界の植生は[タクティクス・クロニクル]と似て非なる。研究者としての知的好奇心が刺激されたのだろう。


 セレスの内心を正確に推し量ったヘリアンは店主の老人に値段を問い、数枚の銀貨と引き換えにその干草――もとい薬草を十束受け取った。

 値段交渉をしてもよかったが、部下に買い与える品を値切るのは上司として違うだろう。焦って何かを言おうとしているセレスに押し付けるようにして薬草を手渡す。


「宿に戻れば今日の仕事は完了だ。割り当てられた自分の部屋で心ゆくまで調べるといい。その行いはアルキマイラへの益にも繋がる」

「……い、いいんですか?」

「無論だ。今更突き返されても私が困るだけだぞ。それに余暇の時間をどう使おうが個人の自由だ。いかに任務中とは言え、四六時中気を張っているわけにもいくまい」


 ここは敵地ではないが自領地でもない。ただでさえ未知の世界の遠征地だ。そんな場所で慣れない完全人化形態を強いており、更に隠密行動を行っているこの現状は少なからずストレスが生じる環境だろう。


 実験や研究はセレスにとって趣味の一種だ。こんなことで気晴らしになるというのなら否やはない。己の性能(パフォーマンス)を十二分に発揮してもらう為にも、心身ともに体調(コンディション)を整えてもらうに越したことは無いのだから。


「あ、ありがとうございます」


 セレスはペコリと頭を下げる。そして手ずから渡された薬草を大事そうに胸に抱えると、顔に喜色を浮かべた。


 ホクホク顔のまま隣を歩くセレスに、ヘリアンはどこか微笑ましい感情を覚える。【人物特徴】に【捻くれ者】を持っているとは思えない素直な感情表現だった。やはり直に接してみないと分からないものだと思う。


(リーヴェもこれぐらい分かりやすかったら助かるんだがな)


 セレスの新たな一面を意外に感じつつ、ヘリアンはそんな感想を思い浮かべた。




・次話の投稿予定日は【11月30日(金)】です。

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