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第八話   「謁見Ⅲ」

・2月16日は二話連続投稿します。


「各軍団長、揃いまして御座います」


 謁見の間。

 豪奢(ごうしゃ)な椅子に腰掛けているヘリアンに対し、居並ぶ軍団長が膝をつき頭を垂れた。


 国王補佐を主任務とする、第一軍団長(リーヴェ)

 治安に関する重職を任されている、第二軍団長(バラン)

 そして諜報活動や妨害工作を一手に引き受ける、第六軍団長(カミーラ)


 今回呼び出されたのは、この三体の軍団長のみである。

 本来ならば内政担当のエルティナも呼びたかったが、激務の真っ只中にある彼女を呼びつけるのは躊躇(ためら)われた。まあ、リーヴェが居ればさほど支障はないだろう。


「ご苦労。(おもて)を上げよ」


 王の許しを得た三体の軍団長の視線が、ヘリアンを捉える。

 ほんの数日前までは萎縮してしまっていたかもしれないが、今はどうにか平静を保てていた。


 リリファほど鮮やかにとはいかないが、王としてスイッチを切り替えた状態である。今の自分は王なのだと意識して言い聞かせてみれば、前回よりはすんなりと言葉が出てきた。


「各々が忙しい中、急遽(きゅうきょ)集まって貰い感謝する。とは言え、諸君の貴重な時間を無駄に使わせるつもりはない。早速だが本題に入ろうか」


 三体の軍団長が「ハッ」と小気味の良い返事を口にする。

 相変わらず、練習でもしているかのような唱和だった。


「まず、現状の再確認からだ。バラン、治安状況に関してはどうなっている?」

「ハッ。何ら問題は起きておりませぬ。主上が為された演説により国民の不安は解消され、また先の戦争での大勝利により軍が抱えていたストレスも一掃されております。不穏分子であった新参者(オーガ一派)も既に排除されており、当面、懸念となる事項は御座いませぬ」


 ヘリアンは黙したまま首肯で応じた。

 ある程度は分かっていたことではあるが、バラン本人の口から聞けると安心感がある。


「では次だ。カミーラ、ノーブルウッドの問題についてはどうだ?」

「我が君の策略通り、滞りなく工作が進んでおる。先遣隊全滅について彼奴(きゃつ)らの本国は一切認識しておらぬ状態じゃ。然るべきタイミングでバラす為の準備も、つい先日完了しておる」


 相変わらず仕事が早い。

 アルキマイラを隠したまま『ノーブルウッド勢の全滅』について理由付けをしようと思うと、それなりに準備というものが要る。カミーラに任せていたのは、その為の工作活動だ。

 彼女の第六軍団は、軍団と称されているものの絶対数が少ない――[タクティクス・クロニクル]ではスパイユニットの保有数に上限がある――が、専売特許とあってさすがの仕事振りだった。


「ちなみに、ラテストウッドに派遣している第七軍団長について、何か聞いてはいるか?」


 理由付けの為、そしてラテストウッド復興支援の為に派遣しているが、彼はノガルドとは別の意味で扱いにくい軍団長だった。【人物特徴】からも読み取れるのだが、色々と破天荒な人物なのである。

 しかし、だからこそ(・・・・・)ラテストウッドに派遣したという理由もあった。


「相変わらずではあるのじゃが……まあ、許容範囲に収まるのではなかろうかと」


 なんとも微妙な言いようだが、仕方ない。

 大きな問題を起こしていないのなら良しとする。

 次だ。


「ふむ。では最後に、リーヴェ。他の国内問題に関する報告を聞こう」

「ハッ。まず、深淵森(アビス)の問題については、基本的には解析待ちの状態で干渉を控えております。開拓の為に必要な伐採作業に関しては第四軍団監督の下で行われておりますが、深淵森(アビス)我が国(アルキマイラ)の魔導科学を以ってしても正体不明な代物であることに変わりはありません。深淵森(アビス)深部に向けての探索活動は、解析結果が出てからでも遅くはないかと愚考致します」

「私としてもそこは同意見だ。先の戦争で大勝利を収め、森での活動拠点を秘密裏ながら得たのは事実だが、我が国とて転移現象により大打撃を被っていることに変わりはないのだからな」


 触らぬ神に祟りなし。

 謎の転移現象については引き続き調査を続ける必要があるが、深淵森(アビス)の解析に何らかの進捗が出てからでも遅くはない。

 今のアルキマイラは孤立無援の状態であり、失った戦力は容易に補充できないのだ。今後何があるとも分からない以上、復興中とでも言うべき現状では無闇矢鱈(むやみやたら)に手を出すべきではない。


「恐れ入ります。また八大軍団所属の軍人についてですが、必要な防衛戦力を残し、復興と開拓事業に注力させております。直ぐに結果が出るような案件ではありませんが、ヘリアン様の計画通り、事業は軌道に乗り始めております」


 ()にも(かく)にも、まずは国民を食わせてやれるようにしなければならない。

 備蓄食料が一年分しか無く、また一年以内に元の世界に帰還出来る保証が無い以上、食料自給率の向上は急務である。


 そして首都以外の拠点を失ったアルキマイラにとって、軍は貴重な労働力の塊だ。一定の防衛戦力を除いた軍の人手は、そちらの方に回さざるを得ないだろう。

 元々軍人と民間人の垣根が低いという魔物国家の特徴も手伝ってか、軍人達は開拓事業に鋭意取り組んでくれているとのことだ。


「治安問題とノーブルウッド対策に関しては第二軍団長(バラン)第六軍団長(カミーラ)の報告通りですので、私から補足することは特にありません。細かい懸念事項はさておき、大きな問題としては前述の通りに御座います」

「成る程、な……」


 如何にも思慮を巡らせているかのように、思わせぶりな呟き。

 謁見の間に緊張感が(ただよ)う中、十分な時間を置いてからヘリアンは口を開いた。


「――総括すると、国内問題については一応の落ち着きを見せたということだ」


 三人の軍団長から、異論の声は無い。


「当面の間、軍団は自由に身動きが取れん。先の転移現象で我が国が深い傷を負っている以上、アルキマイラそのものは地盤固めに集中せねばならんだろう。また、その存在を隠蔽しているというアドバンテージを保持している現状、浮足立ってアルキマイラを動かすのは愚行であると私は考える」


 異論の声は上がらない。


「一方、ある程度国内情勢が落ち着きを見せたならば、我が国の長期的戦略目標である『元の世界への帰還』に向けて動き始めるべきでもある。もっとも、軍団を動かせないという現状を念頭に置いての話だがな」


 異論は無い。


「――それを踏まえた上で述べよう。本格的にこの世界の調査を始める為の足掛かりとして、外部に新たな拠点を設けることとする。

 ついては“境界都市”に私自らが極々小規模な遠征隊を率いて足を運び、その為の活動を開始する」


 その言葉に、三人の内の一人に明確な動きがあった。

 頭頂部の耳がピンと跳ね立つ。

 聞き逃せない、というような反応だった。


「何か言いたいことでもあるのか、リーヴェ?」


 問えば、狼耳の軍団長は「恐れながら」と前置きをして、ヘリアンと視線を合わせた。


「外部に新たな拠点を設けるということは……【転移門(テレポータル)】を設置することが目標ということでしょうか?」

「当面の目標としては、そうだ。今後の大規模な情報収集にはカミーラの第六軍団を主軸に据えることになるが、人間の生活圏まではそれなり以上の距離がある。その為の活動基盤が外部に必要となるのは自明の理だ」


 また、第六軍団はあくまで対人諜報活動を主目的とする軍団だ。

 彼らの諜報能力はそちらの方面に特化しており、未探索地域の探索や、人を介さない情報収集には適していない。

 以前の謁見においては第六軍団の運用について不用意な発言をしてしまったが、同じミスは犯さない。第六軍団は活動拠点を設けてから運用を開始する。それまでは、ノーブルウッド対策の為に注力してもらう予定だ。


 ちなみに、森に居を構える人々――エルフ族からの情報収集についてはノーブルウッドの問題にケリを付けてからの話になる。立地的に、ノーブルウッドが他のエルフ国家の壁となってしまっているからだ。


「しかしながら、ヘリアン様御自らが足を運ばれることについては看過し難い危険(リスク)が生じます。国外での活動については我らにお任せ頂き、ヘリアン様は城にてお過ごし頂ければと存じます」

「いいや、それは違うぞリーヴェ。ここは私自らが動かねばならない。【転移門(テレポータル)】を設置する為には該当地域で一定以上の【支配力】を得る必要があるが、まさかラテストウッド首都のように軍事的制圧をするわけにもいくまい。平和的に【支配力】を得る為には私が出向かねばならんのだ」


 転移門(テレポータル)を設置する為には、大きく二つの方法がある。


 一つは、敵勢力を撃破したり、該当地域の象徴(シンボル)を奪取するなどして、該当地域を強制的に支配下に収める方法だ。

 ラテストウッド首都についてはこの方法で【転移門(テレポータル)】を設置した。


 もう一つは、該当地域における【支配力】を一定値以上に高める方法だ。そして【支配力】は、なにも軍事行動を取らずとも取得出来る。

 代表的なのが、(プレイヤーユニット)が該当地域に滞在するという方法だ。時間はかかるものの確実に【支配力】を増やすことが出来る。また、経済活動や文化活動などにより、該当地域における自勢力の影響力を高めることでも【支配力】は増加する。


 古いシミュレーションゲームに“通”なプレイヤーは、前者の方法を『軍事侵略』、後者の方法を『文化侵略』などと呼んでいた。

 今回ヘリアンが行おうとしているのは、後者の『文化侵略』である。


「そして、国民に対してもアルキマイラの姿勢を示さねばならん。私は他ならぬアルキマイラの王だ。玉座に座りただ指示を出すことを良しとする王も居たが、私は常に先頭に立ち、その背を国民たちに見せ続けてきた。

 ならば困難に立ち向かう国民に対し、何も心配することはないのだと、何一つ変わりは無いのだと。いつも通り振る舞えばそれだけで恐れるものなど何も無いのだと、そのような姿勢を身を以て示さねばなるまい。今回の遠征に関してはそのような想いも篭めている」


 ここが勝負だと言わんばかりに、ヘリアンは用意していた台詞をまくし立てる。

 そして、その言葉を耳にした軍団長達は誰ともなく息を呑んだ。数秒を置いて、「それほどまでに……」というリーヴェの呟きがヘリアンの耳に届く。


「――御意向、承知致しました。王の御心を解さず、誠に失礼な提言を口にしました事、心よりお詫び申し上げます」

「構わん。オマエの提言は私の身を案じてのことだと理解している。その忠信を嬉しく思うぞ」


 寛容を示すように、ヘリアンはリーヴェに対し首肯してみせる。

 そして真剣な表情はそのままに、ヘリアンは心の中で歓喜の叫びを上げた。


(ぃよっしゃあっ!)


 密かにガッツポーズ。

 これで商人として身分を偽り、交渉の練習が出来るようになる。

 前述した事柄も嘘偽りのない本当の理由だが、ヘリアン個人の目的としては交渉力向上の為の取り組みなのだった。


 商人の活動には交渉事が付きものである。

 時には数万単位の人間の人生を背負った商談の場だってあるだろう。

 そういう世界で生きてきた商人の交渉能力は相応に高い筈だ。

 まずは基礎となる交渉技術を身につけるための研修現場として、商談の場というのはもってこいである。


 また、ヘリアンの最終目的はあくまで『現実世界への帰還』だ。

 [タクティクス・クロニクル]のように、アルキマイラを大国に育て上げることが目的ではなく、ましてやこの世界を征服するつもりなど欠片も無い。

 覇王の道を歩むのであれば話は別だが、外部拠点を得る為に軍事行動を起こすなど以ての外である。


 その上で、『帰還方法』を探る為に有効な一手であり、交渉技術の練習を行うことが出来、更には万魔の王として国民にその姿を見せつける事すら可能なこの案は、自分にしてはグッドアイデアだと自画自賛したい気分だった。


 そんなヘリアンの内心など露知らずの軍団長達から、心酔の眼差しが注がれる。

 嘘は言っていないものの、その視線に少しばかりの罪悪感を感じてしまったヘリアンだったが、目を逸らさずにグッと堪えた。


「民の為、常に先陣に立たれるその雄姿。ただただ感服するばかりです」

「……うむ」


 鷹揚に頷く。

 しかしながら、リーヴェが口にした言葉が少々引っかかった。


(“常に”……?)


 もしや、という嫌な予感がする。

 リーヴェ達を納得させることに成功したものの、これからもずっと最前線に立ち続けなければいけない構図が確立されてしまったのではなかろうか。


(……いや、前々からそういう兆候はあった。どの道、先頭に立ち続けるハメになっただろう)


 うん、その筈だ。

 ただなんというか、その構図を自らの手で決定的なものにした気がする。


「…………」


 ……ま、まあいい。

 いつかはこうなっていた筈なのだ。

 ならば、周りに流された結果としてではなく、自分自身が決めたこととして取り組めるのであれば気構えも変わってくるだろう。


「それでは、私の従者を務めてもらう遠征隊の人員(メンバー)を告げる」


 言葉に、軍団長達からの視線に篭められた熱量が増した。

 是非とも自分を、と目で語る軍団長達の熱視線に晒されながらも、ヘリアンは淡々と従者の名を述べていった。




・次話の投稿予定日は【本日の20:00】です。

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