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第五話   「リーヴェの悩み」

 その日、リーヴェは物思いに(ふけ)っていた。

 執務室へと歩みを進めながら考えているのは、敬愛する王のことについてだ。


 先の会談において、リーヴェは城内で待機するよう命じられた。

 出来れば護衛に付きたかったが命令とあらば仕方がない。エルティナと共に内政関連の仕事を行いつつ、王が帰ってくるのを城で待っていた。


 中庭での護衛を任されたのは、親衛隊と魔導鎧人(リビングアーマー)達だ。

 城内警備の任に就く魔導鎧人(リビングアーマー)の中には、特務兵と呼ばれるエリート兵士がいる。中庭で王を護衛していたのは、その一握りのエリートである特務兵だ。


 その内の一体にどことなく見覚えのある個体が居たような気がしたので、リーヴェは護衛任務から帰って来たところを捕まえて尋問……もとい色々と質問をすることにしたのだった。


「……第一軍団長。素朴な疑問なのですが、何故ピンポイントで私を捕まえられたのでしょうか? 私は一般的な魔導鎧人(リビングアーマー)であって、他の者達と外見的な個体差は無い筈なのですが」

「その台詞が出てくるということは、貴様はあの日、寝室前で護衛を行っていた魔導鎧人(リビングアーマー)だな。ならば遠慮は不要というわけだ。特務兵とは意外だったがキリキリ吐いてもらうとしよう」

「まるで状況が理解できないのですが、吐いてもらうとは? ……あの、第一軍団長。私の肩に置いた手に心なしか力が入っておられるような気が」

「本日、ヘリアン様がラテストウッド王国使者と交流を深められた件について細微に至り報告しろ。細微に至り、だ。分かるな?」

「はあ……よく分かりませんが、報告をしなければ解放してくれないということだけは理解出来ました」


 そして、何やら観念した様子の魔導鎧人(リビングアーマー)が語る報告の数々は、リーヴェに衝撃を与えて余りある内容だった。


 何やら報告途中で「第一軍団長、私の肩に置いた手に必要以上のと申しますか私の耐久力を遥かに超えた握力が篭められて装甲が指の形に凹み始めああああ罅があぁぁぁぁ!!」という悲痛な叫びが上がっていたような気もするが、それを言語として受け止める余裕すら無い程に、リーヴェはショックを受けていた。


 魔導鎧人(リビングアーマー)の説明によれば、二人は遊戯らしきものを通じて交流を深めていたということだ。それも終始和やかな様子で、あろうことか最後には(ヘリアン)使者(リリファ)の頭を撫でていたと聞く。

 その説明を受けて、会食の為に戻ってきた王の顔色が良い理由が分かった。リリファ=ルム=ラテストウッドとの交流により、気晴らしが出来たということなのだろう。


 だがその事実は、国王側近として常にヘリアンに侍ってきたリーヴェにとって、素直に受け入れ難いものだった。


 無論、王の精神状態が良いに越したことはない。

 気晴らしになったというのなら喜ばしいことだ。

 心より歓迎すべき出来事である。

 敬愛する王の気晴らしを叶えてくれたリリファ=ルム=ラテストウッドには、純粋な感謝を捧げるべきだろう。


 ――しかしリーヴェは、あの幼い少女に対し、嫉妬に似た感情を抱かずにはいられなかった。


 連日連夜、疲れた身体に鞭を打って働き続ける王をずっと見てきた。

 このままでは遠からず倒れてしまうのでは、と危惧を抱き続ける毎日だった。

 不興を買うのを覚悟で何度か諌めてみたものの、聞き届けてはもらえなかった。

 執務室に篭ってひたすらに政務に取り組む王を止めることが叶わなかった。

 そんな王を前に、リーヴェは歯痒い想いで見守ることしか出来なかったのだ。


 だが、リリファ=ルム=ラテストウッドがあっさりとそれを成し遂げてしまった。たかが十数分話しただけで王を執務室の外に連れ出すことに成功したばかりか、僅か数時間には、王は朗らかな表情を見せるようにまでなっていた。


 この世界に来るまで、何度も見た表情だった。

 この世界に来てから、初めて見た表情だった。


 その端的な事実はリーヴェの不安を更に煽ることになった。


「……やはり私は、ヘリアン様に信用されていないのだろうか」


 執務室へ続く廊下を歩きながら、力の無い呟きが零れ落ちた。

 リーヴェが思い出すのは、先日の反乱騒ぎでの出来事だ。


 あの日、護衛任務に失敗したリーヴェ、エルティナ、それにガルディの三人はその責を負うこととなった。

 しかしガルディは施設修復への従事という罰を受け、更には先の戦争において敵首級を上げたことによりその罪を許されている。

 エルティナもまた、先の戦争における戦後処理にて治療行為に従事した一件と、内政業務全般という激務への従事により功罪を相殺することになっている。



 ――だが、自分には何もない。



 先の戦争では護衛と全体指揮支援に徹し、目立った戦果は上げられなかった。

 現在も戦前と変わらず国王補佐の仕事を行っているだけで、エルティナ達のように特別な仕事が割り当てられているわけでもない。

 自分だけは何の罰も与えられないまま、何の功績も挙げられぬまま、変わらぬ日々を過ごしている状況にある。


 そしてその現状は、リーヴェの精神に対し少なからず負荷を与えていた。

 しかも、その負荷は日を追うごとに少しずつ、しかし確実に重たくのしかかってきているのだった。こればかりは殴って解決できる類のものではない。


「功績を挙げられる機会にはしばらく恵まれないだろうが……。せめて、罰だけでも頂けるようにならねば……」


 とは言え、具体的にどうすれば良いか名案(プラン)があるわけでもない。

 こういう時にはエルティナに相談するのがベストだが、彼女は彼女で激務に追われている。統括軍団長という立場として、私的な相談事でエルティナの手間を取らせるのは躊躇(ためら)われた。

 一方で自分自身では良いアイデアが思いつかない以上、当面は現状維持に務めるしかない。気が重い、とはこういう状態のことを指すのだろう。


「…………」


 ふと窓を見れば、よく磨かれたガラスに自分の顔が映っていた。

 立ち止まり、しばしその顔を見て、一度深く息を吐く。


「……いかんな。このような表情、ヘリアン様にお見せするわけにはいかん」


 頭を振って不要な雑念を追い出す。

 そのような行為で気分を切り替えられるほど軽い問題ではなかったが、少なくとも表面上は平静を装わなければいけない。


 胸の奥に燻る感情を押し殺し、いつも通りの冷静沈着な表情を作る作業を行いながら、リーヴェは執務室の前に辿り着いた。

 ご苦労、と護衛兵の敬礼に応えてから扉前で立ち止まる。

 魔法の小袋(マジックポーチ)から取り出した手鏡で身だしなみをチェックしたが、どこにも問題はない。表情もいつも通りの澄まし顔を作れていた。


 感情を完全に殺したことを確認した後、リーヴェは扉をノックする。

 「入れ」という主の声が返ってくるのを聞き届け、彼女は扉を押し開いた。




    +    +    +




「どうにか軌道に乗り始めたか……」


 リーヴェが執務室を訪れる数分前。

 彼女を待つヘリアンは、虚空に浮かべた幾つかの<仮想窓(ウィンドウ)>を眺めながら状況を整理していた。


 まず、国内問題については大分落ち着いてきた。

 現状で着手できるものは一通り対処し、解決に時間を要する件についても数ヶ月単位で<行動予約>を入れている。

 後は数日ほど様子を見て、それでも特に問題が起きなければ軌道に乗ったと判断しても良いだろう。


 反乱の心配も当面は無い。

 念の為、第六軍団による無作為抽出型の国民調査(アンケート)を行ったところ、国王支持率99%という意味不明な数値が出た。しかも、残り1%の内訳も反対票ではなく無効票らしい。

 さすがにこれはおかしいだろうと再調査を指示しようとしたが、第六軍団長(カミーラ)が『アルキマイラの耳』の名に懸けて調査結果の正当性を主張した為、事実として受け入れることにした。

 軍団長達が称号を大事にしてくれていることについてはヘリアンも知っている。わざわざその称号を持ち出してまで調査結果を保証するのだから、カミーラの主張は信じるべきだろう。


「となれば、そろそろ外にも目を向けないとな」


 今更再確認するまでも無いが、ヘリアンの至上目的は『現実世界への帰還』だ。

 これが夢ではなく現実であることについては受け入れたが、こんな世界で死にたくはない。この世界に骨を埋める覚悟などしたくもない。その想いは些かも変わっておらず、目指すべきゴールはあくまで『現実世界への帰還』である。


 その為の短期的目標の一つとして『異世界転移者の捜索』を挙げているが、ラテストウッドから入手した情報にそれらしきものは存在しなかった。

 一応、歴史の深いノーブルウッドから情報収集する為の計画も別途進行中だが、その結果を悠長に待つつもりはない。

 こちらはこちらで、人間の生活圏における調査を検討しなくてはいけないだろう。


「当面の間、アルキマイラは動かせない。今のアルキマイラには時間が必要だ。それを踏まえた上で、具体的にどういった行動を取るべきか――」


 そうしてヘリアンが思案を巡らせ始めようとしたその矢先、執務室の扉が来訪者を告げる音を立てた。コンコン、という品の良いノック音。


 一つ息を吐いてから思考を中断し、ヘリアンは全ての<仮想窓(ウィンドウ)>を閉じる。

 意識を切り替えながら「入れ」と応えれば、いつものように音もなく扉が開いた。


「失礼致します」


 入室の言葉と共に、リーヴェが執務室に足を踏み入れる。

 いつも通りの凛とした表情を作っているリーヴェだったが、ヘリアンから見た今日の彼女は少々様子がおかしかった。


「……む」


 いつものリーヴェとの違いは明らかだ。

 耳と尻尾に元気が無い。


「リーヴェ、何かあったのか?」

「……いえ、特に変わったことはありません」

「ん、そうなのか? 新たな問題や厄介事が起きたのかと思ったが」


 力なく垂れ下がった尻尾が僅かに揺れている。

 これは確か、不安を感じている際のサインだった筈だ。犬を飼っていた友人からそう教わったのを覚えている。リーヴェは犬ではなく狼だが、狼でもサインは同じだろう。多分。


「ヘリアン様が気にされるような問題は特に発生しておりません」

「……そうか」


 リーヴェがそう言うのならそうなのだろう。

 今更、彼女の言葉に疑いを抱くつもりはない。


 しかしそうなると、何故元気が無いのだろうかという疑問が残る。

 これから頼もうとしていたことの内容を思えば、日を改めたほうが良いのかもしれない。


「ひょっとして体調が悪かったりはしないか? 仕事を投げつけてばかりの私が言うのも何だが、ここのところ働き通しだろう。なんであれば、本日は休暇を取ってもらっても構わんが」

「ご心配頂きありがとうございます。しかし、体調は何ら問題ありません」


 至って健康だとリーヴェは主張する。

 彼女は人物特徴に【気丈】を持っているので、ひょっとすると体調不良を伏せている可能性も考えられるが……いや、これ以上この話題を掘り下げてもあまり愉快なことにはならないだろう。

 明日も様子がおかしいようであれば、リーヴェの仕事を減らすよう調整すれば良いだけの話だ。


「それよりも、私をお呼びいただいた件につきましては」

「ああ。少々頼みたいことがあってな。頼みといってもリリファに協力してもらっていたことの続きのようなもので、特に難しいことではない」


 ピクン、と狼耳が反応を示した。

 勢い良く耳が跳ね立ち、彼女の頭頂部に二つの三角形が作られる。

 緊張しているのだろうか。難しい頼みではないと説明したばかりなのだが。


「リリファ王女に協力してもらっていたことの、ですか」

「そうだ。なに、手間は取らせん」


 要は能力検証の続きである。

 (プレイヤー)である【ヘリアン】という存在に、攻撃力があるのかどうかの検証実験だ。


 ゲーム[タクティクス・クロニクル]における(プレイヤー)の攻撃力はゼロに設定されており、いくら蹴ろうが殴ろうが魔物にダメージを与えることは出来なかった。

 しかし、この世界は何もかも[タクティクス・クロニクル]に準拠しているわけではない。基本的にゲームの能力については有しているが、細部ではゲームとの違いが幾つも発見されている。ならば攻撃力についても検証の必要があるだろう。


 (プレイヤー)の基本能力については、その殆どをリリファ相手に実験出来たが、攻撃力の有無については実験するわけにはいかなかった。

 これを検証しようと思えば、他者にダメージを与えられるのかを確かめるということになるが、まさか他国の王女――それも子供であるリリファ相手に試すわけにはいかない。

 外交的にも、倫理的にも、そして自分自身の常識(ルール)としてもダントツでアウトだ。


 そして行為が行為であるだけに、適当な配下を捕まえて「攻撃させてくれ」などと言えるわけもない。

 国民に対して突然「殴らせろ」と口にする王など、ただの暴君だ。

 いや、実際の暴君は殴らせろなどと間抜けな台詞を口にする前に手を出しているだろうが、とにかく悪辣(あくらつ)に振る舞いたくはない。相手を選ぶ必要がある。

 というわけで。


「リーヴェ」

「ハッ」

「少しだけ、お前を叩かせてくれないか?」


 ……あれ。

 なんか言葉選びを間違った気がする。


「あ、いや、言い方が悪かった。そうではなく、お前の身体(からだ)で試させて欲しいということだ。このようなことはお前にしか頼めなくてな」

「……わ、私にしか、ですか」

「あぁ」


 このようなことは他の配下には頼めない。だからこそのリーヴェだ。

 攻撃力に関する検証実験を頼める相手など、自分に最も忠義を尽くしてくれている配下であり、唯一信じ抜くと決めたリーヴェぐらいしか考えられないのである。


「具体的な話をするとだな――」

「い、いえ、分かりました。ご説明頂かずとも構いません。どうぞご遠慮無く」


 詳細な説明をする前に許可を貰えてしまった。

 まあいい。このようなことをウダウダと頼むのもなんだかな、という思いが少なからずあったので、ここは乗らせてもらうことにする。さっさとやってちゃっちゃと終わらせよう。


 とは言え、女性であるリーヴェに対してグーパンなどする気は無い。

 要するにダメージを与えられるかを確認できればそれで良いのだ。

 デコピンの要領でいいだろう、とリーヴェの腕を手に取る。


「…………」


 なんか手触りがやたら良い。

 スベスベする。

 きめ細やかな肌というのはこういうのを指すのだろうか。

 そして肌がすごく白い。

 ついでにリーヴェに近づいたことで女性特有の甘い香りが鼻孔をくすぐる。


 ……この肌に対して俺は今からデコピンするのか。

 なんというかそれは罪深い行為では無かろうか。覚悟済みだった筈だが、そこはかとない罪悪感を感じる。


 というか、自然な仕草で女性の肌に触れてしまったがどうだろう。よくよく考えればこれはセクハラではあるまいか。大人の女性の腕を手に取ったのは何気に初めての経験な気がする。どうしよう。なんか気恥ずかしくてリーヴェの顔が見れない。だが今更止めることも出来ない。腕を取ってまじまじとそれを見てハイ終了などそれこそマジでセクハラだ。腹をくくれ。自分に言い聞かせる。なんでこんな覚悟を要求されているのだろうかとか冷静になって考えたら負けだ。


「い、いくぞ」


 ちょっと声が上擦ってしまったが見逃して欲しい。

 溜めた指を弾いて白い肌を打った。

 パチン、という小さく乾いた音が鳴る。


「……どうだ?」


 動揺を声に出さぬよう、慎重に問う。


「ど、どうとは?」


 聞き返されてしまった。


「つまりは、なんだ……痛みを感じないか?」

「い、いえ。特には」

「……む」


 つまりはダメージを与えられなかったということだ。

 指を弾いたあたりの肌を見るが、赤くもなっていない。真っ白に透き通った素肌がそこにある。一度目を離せば、どこを打ったのかすら分からなくなりそうだ。


 それならば、と今度は掌でパンと叩いた。

 勢いとしては拍手をする際より心持ち強め程度だ。ヘリアンとしてはこれが色々と限界だったのである。


 しかし今度は叩いた瞬間、ビクッとリーヴェの身体が震えた。

 相変わらず彼女の顔は見れないが、これは効果(ダメージ)有りかと期待感を篭めて再度問う。


「これはどうだ?」

「……い、痛くはありません。あの、本当にご遠慮などなさらず、ええ。もっと強い力でも、はい」

「……むぅ」


 これでもダメージは与えられなかったらしい。

 しかしながら、これ以上の力を篭めるとなれば張り手レベルになる。

 実験前はことさら意識していたわけではないが、いくらリーヴェしか頼める相手が居なかったとはいえ、女性相手に張り手レベルの力で叩くというのは抵抗がある。例え叩く箇所が腕と言えどもだ。


 そしてこれもまた今更ながらの話なのだが、リーヴェの職業(ジョブ)は【拳聖】であり、素のステータスとしても耐久力(VIT)――ひいては物理防御力が極めて高い。

 それを踏まえて考えると、自分のような細腕で、素手でダメージを与えようと思ったこと自体が間違いだったのかもしれない。

 要は【ヘリアン】に攻撃力が存在したとしても、リーヴェの物理防御力によってゼロダメージになっている可能性があるということだ。


 しかし一度始めてしまったからには、この実験は今ここで終えておきたい。改めて協力依頼をするのは色んな意味合いでハードルが高いのだ。

 一方で、素手でダメージを与えられそうにない以上、ここは思い切った行いが必要とされるだろう。罪悪感がチクチクと胸に刺さるが今回限りは目を瞑る。


「道具を使ってみるか……」


 呟くと、リーヴェの腕がピクンと跳ねた。


「道具、ですか」

「うむ。この際、本格的に試してみようかと思ってな」

「………………しょ、承知致しました。道具ですね? ええ、私なら大丈夫です。問題など一切御座いませんのでどうぞご遠慮無く」

「そうか。助かる」

「いえ、むしろ待ち望んでおりました!」

「……うん?」


 少しばかりリーヴェの言葉が引っかかった。

 協力してくれるのはありがたいが、何故待ち望んでいたなどという台詞が出てくるのだろうか。


「取り急ぎは第六軍団長(カミーラ)から鞭と首輪を借りてきますので、少々お待ち下さい!」

「鞭と首輪? 待て、鞭ならまだしも首輪はどこから出てきた?」


 そもそも鞭も大げさだ。

 そこまで攻撃力が高くなくてもいい。

 なんであれば、そこら辺の棒でもいいぐらいなのである。


「だ、大丈夫ですヘリアン様! 私なら、第六軍団長から、その、色々とその手の話も聞いていますので大丈夫です! 趣味趣向は人それぞれということですね!? 私はちゃんと理解があります、ええ!」

「?? その手の話?」


 意味が分からない。

 (いぶか)しんでリーヴェの表情を見てみれば、何故か頬が紅潮していた。

 吐く息は微妙に荒く、更には耳と尻尾がなんとも形容し難い不可思議な振る舞いを見せている。


 ……どう考えても様子がおかしい。妙な勘違いをされていないだろうか。

 何か誤解を招くようなことを口にしてしまっただろうかと、ヘリアンはつい今しがたの状況を整理する。


「ふむ……」


 場所は執務室。

 シチュエーションとして、この場に居るのはリーヴェと自分の二人だけ。

 行っていた事は自分の攻撃能力の検証。

 頼み事と称してリーヴェの腕をペチペチ叩いていた自分。

 顔を赤くしてわたわたとしているリーヴェ。

 道具を使おうとの提案。

 問題ないとの回答。

 その手の話。

 趣味趣向。

 人それぞれ。

 そして夢魔(カミーラ)から鞭と首輪。


 ――理解した。


「待て待て待て待てちょっと待て!! リーヴェ、オマエは極めて重大な勘違いをしているぞ! 部屋から出て行こうとするな今すぐ止まれええぇぇぇぇ!!」

「大丈夫ですヘリアン様、これがヘリアン様の気晴らしになるならば喜んで罰を受け入れます! むしろこれを待っていました! 待っていたんです!」

「落ち着け!? とんでもないことを口走っているぞ! オマエは今自分が何を言っているのか正しく理解しているのか!?」

「ええ、理解しています、私は理解のある配下です! つまりは犬の(しつけ)ということですね!?」

「そっちの理解じゃない! そもそも犬とは何だ!? オマエは狼だろうに!」

「実は私は犬だったのかもしれません!」

「こんなクソ下らんことで狼の誇りを捨てるなァ!! いいから落ち着け、そして俺の話を聞け! 頼むから!!」


 執務室を飛び出そうとするリーヴェを、ヘリアンは全身全霊で食い止める。

 ――その後、誤解を解くのに三十分を要した。





・次話の投稿予定日は【2月2日(金)】です。




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