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第四話   「会談結果報告」

 アルキマイラ国王(ヘリアン)ラテストウッド使者(リリファ)との非公式会談が終わった後。

 使者としてアルキマイラを訪れていたリリファは、会食を終えるなり転移門(テレポータル)を介してラテストウッドに即時帰国することにした。

 ヘリアンの好意により【転移門(テレポータル)】の使用が許可されたのである。


 そしてちゃっかりと手に入れた紅茶葉の詰め合わせを手に、ホクホク顔でラテストウッドの玉座近くに転移したリリファはその足で執務室へと向かった。


「ウェンリから聞いてはいましたが、本当に戻っていたとは……」


 開いた扉の先で待っていたのは姉の姿だ。

 目の下の隈を化粧で誤魔化しているレイファは、驚きを隠せない表情でリリファを出迎えた。


 つい先刻ウェンリから聞いた報告では、アルキマイラを訪問中の筈のリリファが突如として玉座の間から飛び出してきたという話だった。そしてどこかへと走り去った後、大した時間も置かずに再び玉座の間へと戻り、その姿を消したという。


 報告を受けた当初こそ「貴女は疲れているのでしょう。少々休んできなさい」と返答してしまったものの、自分は正常だと主張するウェンリからの詳しい報告を受け、半信半疑ながらもその事実を受け止めることにした。


 そして今、目の前に見慣れぬ袋を手にして現れた妹の姿を見て、レイファも認めざるを得なかったのである。


「伝説の大賢者が使っていたとされる秘術……瞬間転移の魔術、ですか」

「あったりー! ヘリアンさんって凄いんだよ、姉様! 他にもたくさん――」

「この部屋では女王様と呼びなさい。この部屋は女王の執務室であり、ここでの私と貴女の関係性は姉妹ではなく女王と王女です。一線は弁えなさい」

「――失礼致しました、女王様」


 表情を消したリリファが、纏う空気を切り替えて一礼する。

 よろしい、とレイファは呟き、椅子の背もたれに体重を預けた。先程まで読んでいた書類――冒険者パーティから聞いた『迷宮』に関する報告書を脇に置きながら、レイファはリリファに問いかける。


「それで、本日の会談についてはどうだったのですか。今現在は執務を優先せざるを得ない為、詳細は後ほど別途聞くことにします。取り急ぎは要点と結論だけで構いません。報告なさい」

「はい。先日の一件についてヘリアン陛下に御礼申し上げた後、両国間の交流を深める為、女王様の個人情報を暴露して参りました。ここで言う個人情報とは、女王様の体型や普段好んで着用されている下着の色などで御座います」

「何をしてきたのですか貴女は!?」


 有り得ない報告を耳にしたレイファは思わず立ち上がった。

 その頬には、はっきりとした朱色が浮かんでいる。


「会談に御座います。また、会談を通じてヘリアン陛下の妹になって参りました」

「意味が分かりません! もう一度言いますが心の底から意味が分かりません! ヘリアン様の妹!? 一体何をどうすればそのようなことになるのです!?」

「盟主国アルキマイラと我が国における、友好関係強化の為の取り組みに御座います。仔細に関しましては後ほど――」

「今言いなさいッ!」

「ですが、先程は執務の方を優先されると」

「こんな話を聞かされて執務など続けられるわけが無いでしょう!?」


 目を吊り上げるレイファに対し、「失礼致しました」とリリファは頭を下げる。


「それでは、本日行った会談の詳細について報告を始めさせて頂きます」

「……もうそのような話し方をせずとも構いません。手早く報告なさい」

「しかしながら、先程は一線を弁えるようにと」

「いいからさっさと話しなさい! 貴女は彼の国で一体なにを仕出かしてきたのですか!? 洗いざらい白状なさい!!」

「ラテストウッドの為になることをしてきただけだもーん」


 ポイッ、と王女の仮面を放り捨てたリリファは改めて報告を始めた。

 そしてその報告のいずれもが、レイファにとって衝撃的過ぎる内容だった。


 非公式の場では集落の時と同様の口調で構わないとされ、それを素直に受け入れたこと。同様に非公式の場では好きな呼称を使うことが許され、ヘリアンのことを『お兄ちゃん』と呼ぶようになったこと。

 その後、交流と称してヘリアンの検証実験に協力し、様々な能力を見知ってきたこと。そしてその実験を通じて、レイファの体型や下着の色について教えてきたこと等々。


 中には有益な報告内容もあったが、その大半がとんでもない内容ばかりだ。

 報告を聞くレイファは、顔を赤らめたり青褪めさせたりと百面相を見せながらも、全てを聞き終えるまでは決して口を挟むまいと懸命に自制する。


 そして「とりあえずはそんなとこかなー」というリリファの報告終了の一言を聞くと同時、レイファは机に両手を叩きつけ、全力で叫んだ。


「リリファァァァァァァァ――ッ!!」

「うるさいなぁ……。そんな大声出さなくても聞こえてるよ、姉様」


 顔を顰めながらも、ちゃっかり耳を塞いで鼓膜を守ったリリファが悪態をつく。


「何を仕出かしてくれてるのですか貴女は! 黙って聞いていれば、とんでもない内容ばかりではありませんか!!」

「だって、ヘリアンさんがいいって言ったんだもん」

「社交辞令に決まっているでしょう!? そんな事すら分からない貴女ではないでしょうに!!」

「うーん……。実は私も社交辞令かなと思ったんだけど、なんかそういうのとは違ったっぽくて。もしかしたらいけるかなーと思って『お兄ちゃん』って呼んでみたら、なんだかんだで許されちゃった……なんでだろ?」


 はて、と今更のようにリリファは首を傾げる。

 実のところリリファとしても、まさか『お兄ちゃん』呼びが受け入れられるとは思っていなかったのである。断られることが前提の試みであり、賭けるのは自分の命だけで済むと判断した上での行動ではあったのだが、思いの外すんなりと受け入れられてしまい困惑していた。


 忙しい日々の中で癒やしを求めていたヘリアンの思惑と、『とある狙い』を秘めたリリファの思惑が合致してしまい、かつヘリアンが心身疲弊状態で早々に抵抗を諦めてしまった結果がこれである。

 そしてなんやかんやで疑似兄妹関係が成立してしまったことについては、両者ともに心底予想外の出来事であった。


 しかしながらヘリアンは普通に優しかったので、兄代わりになってくれるのは素直に嬉しいとリリファは思う。姉よりも甘やかしてくれそうな気配を感じていた。


「私に分かるわけがないでしょう! ヘリアン様に対してなんて無礼な……! その上、私の体型や下着の色について教えたというのは何なのですか!? どう考えても必要なかったことでしょうに!」

「必要だよ。姉様をヘリアンさんの結婚相手として売り込み(アピール)する為に」

「……けっ、けっこ……!?」


 あまりに予想外すぎる言葉に、レイファは二の句が継げなくなった。


「だいじょーぶだいじょーぶ、姉様ちゃんと脈あるよ。下着の色とか教えた時には、ヘリアンさんの顔もちょっと赤くなってたし」

「いきなり異性の下着の色など聞かされては当然です! まさか赤くなったというのは、貴女の無礼すぎる態度にお怒りになってのことではないでしょうね!? そもそも、私などに脈があるわけがないでしょうに! 貴女の目は節穴ですか!?」

「節穴じゃないもん。失礼なこと言うなぁ、姉様」

「貴女のヘリアン様に対する言動の方がよっぽど失礼ですッ!!」


 思い切り机に手を叩きつけた後、レイファは力が抜けたようにへなへなと腰を下ろした。

 妹の仕出かしたコトの数々は想像の遥か上を超えていた。あまりの惨状に頭が痛い。まずは謝罪の文を急ぎしたためた後、改めて陳謝の為にアルキマイラを訪問しなければ、とレイファは頭を抱える。


 国を運営していた重鎮の殆どを失った為に、肩書だけは立派な妹を使者に出さざるを得なかったという事情はある。しかし、もしも事前にこの結果を察知できていたならば、絶対にリリファを使者になどしなかっただろう。


「それに姉様、ヘリアンさんと結婚出来たら嬉しいでしょ?」


 唐突な質問を口にしたリリファに対し、レイファは眉間に皺を寄せて答えた。


「……何を馬鹿なことを言っているのですか、貴女は。ヘリアン様は盟主国アルキマイラの国王陛下であり、対する此方は()の国の属国……それも小国の王族でしかありません。結婚など成立するわけがないでしょう」

「けど、出来たら嬉しいでしょ?」

「――もう結構です。しばらくその口を閉じていなさい、リリファ」


 意味不明な問いを投げかける妹を無視して、レイファは思考に没頭することにした。不敬罪で妹の首が刎ねられないよう、兎にも角にもアルキマイラからの許しを得なくてはならない。


 苦悩する様子の姉に対し、リリファは気楽な調子で声をかけた。


「そんなに心配しなくてもだいじょーぶだよ姉様。私だって、考えなしでやったわけじゃないんだから」

「――黙ってなさいと言った筈ですよ、リリファ。今、私は、貴女の命を救う為に、必死になって考えている最中なのです」

「……お、お顔が怖いよー、姉様?」


 あまりの形相に戯けてみたが、姉の眉間の皺は増えるばかりである。


「そんな目で睨まないでよ……。第一、ヘリアンさんにはもっと失礼なこともしてきたし。それでも私の首が刎ねられてないんだから、これぐらいなら全然平気だってば」

「は? ……ま、待ちなさい。貴方は一体、何を言って……」

「どこまでやったら怒られるかなと思って色々してきたんだけど、なんでか殆ど許されちゃったの。よく分かんないけど、なんだかヘリアンさんに気に入られてるみたい、私」


 さすがに姉様の下着を持っていった時には怒鳴られたけど、とリリファは内心で付け足す。けれどその件についても、躾のなっていない振る舞いを怒ったというわけではなく、どちらかと言えば姉を気遣っての発言だったように思える。


 非公式とは言え、名目上は一国の使者であるところの自分があのような態度を取るのはいくらなんでも酷すぎる、という常識(こと)についてリリファはちゃんと理解している。しかしながら『お兄ちゃん』と呼ぶことが何故か許されてしまった為、どこまで懐に踏み込んで良いものか試してみることにしたのだった。


 その結果として姉の顔から血の気が引く事態となったのだが、仲を深めることが出来たのは確かであり、今後の交流における布石も打てたので良しとしたいというのがリリファの言い分である。

 恩人であるヘリアンの役に立つ事も出来たみたいなので、個人的にも満足だ。


 ちなみに、秘蔵の下着を持っていった件について自白するつもりは無い。

 さすがに姉が可哀想だからだ。

 しかしながら売り込みには必要な行為だったので、今後も似たようなことをしようとは思っている。内緒で。


「なんて……なんて恐ろしいことを……」


 叫ぶことすら出来なくなったレイファは、貧血で今にも倒れそうになっていた。


「あ、すごく失礼なことしたのはヘリアンさんと二人きりの時だけだよ? リーヴェ様とかが一緒に居る時には、ちゃんとした“王女様”をしてきたから安心して。もしも不敬罪扱いになるとしても、私個人の責任になることは確認してるから」

「そういう問題ではありません。貴女は一体、ヘリアン様に救っていただいた命を何だと思って……ッ!」

「うーん。出来れば死にたくないけど――ヘリアンさんに殺されるなら、まあいいかなって」


 今度こそ、レイファは完全に絶句した。

 妹の秘めた覚悟と思惑を聞かされた彼女はもはや声を出すことすら出来ず、ただ呆然と立ち尽くす。そんな姉に対し、リリファは諭すような口調で言った。


「ねぇ、姉様。考え方を変えてみようよ。

 売り込み(アピール)が成功して姉様とヘリアンさんが結婚できたとするでしょ?

 そしたら姉様はヘリアンさんと結婚できて幸せ。

 王族同士の結婚ということでラテストウッドも安泰だから国民(みんな)も幸せ。

 ヘリアンさんが本当の兄様になるならリリファも幸せ。

 姉様が良い奥さんになればヘリアンさんも多分幸せ。

 ほら、皆幸せになれるでしょ?」


 問いかけと共に、リリファはニッコリとした満面の笑みを浮かべる。


「――皆で幸せになろうよ、姉様?」


 小悪魔の誘惑に似た、甘い囁き。

 そんな妹の台詞を耳にしてしまったレイファは、目眩を覚えたかのように再び椅子に腰を落とした。


「あ、貴女は、貴女という子は……どうしてこんな子に……昔は素直で可愛かったのに……」

「うーん、ウェンリの教育の成果かなあ? 王女という手札(カード)は有効に使いなさいって、昔から口酸っぱく言われ――」

「ウェンリ、今すぐ来なさい! リリファの教育方針について国家存亡に関わる重大な相談があります!!」




・ウェンリは悪くありません。リリファがぶっ飛んでいるだけです。


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