第二話 「非公式会談」
それから数日。
ヘリアンは執務室に篭り、王としての仕事をこなす日々を送っていた。
とりあえず徹夜続きの生活からは脱したが、まだ油断は出来ない。状況としてはようやく落ち着きを見せ始めたという段階だ。安定軌道に乗せる為には、まだ数日を要するだろう。
「ヘリアン様。例の騒動で全壊した施設に関してですが、改めて完全修復が完了したようです。修復というより、ほぼ新築ですが」
「うむ。……ところで、あの馬鹿共はどうした?」
「施設を修復後、各々の持ち場に戻りました。あのノガルドが労働に従事している姿は珍しく、半ば見世物のようになっていたそうです」
馬鹿共というのは、先日騒ぎを起こしてくれた二人の軍団長のことだ。
聞くところによると、ガルディとノガルドの両名は治療を受けた後、破壊した施設の修復作業に従事することになったらしい。
ヘリアンがそう命じたわけではないが、先の一件で色々と懲りた為か、それとも怒りに震える
ノガルドについては、いかに彼が普段働いていないかが鮮明となるエピソードとなってしまったが、彼は竜帝格のドラゴンなので致し方ないことでもあった。戦場でこそ頼りになるが、一様にプライドが高く扱いづらい。
それは前々から承知しているので今更どうこう言うつもりはないが、それはそれとして無用な問題を起こされては堪ったものではない。働かないのはいいが、せめて邪魔をするなという話だ。
「施設修復が終わったとなると……喫緊の問題については、一通りどうにかなったということだな」
「はい。これでようやく、開拓計画に着手することが出来そうです」
ふぅ、と思わず溜息が零れた。
それが安堵から来るものなのか、それともこの先の大規模事業を憂いてのものなのかは自分でも分からなかったが……兎に角、これで緊急を要する仕事に関しては一区切りついたということだ。
「
いつも通り、<
幸いなことに、現在進行中の内政
「……ふむ」
ここ数日行ってきた
ふと思い出すのは、数日前にラテストウッド使節団と執り行った、戦後処理の細部摺り合わせに関する会談についてだ。
この会談では、元々予定していなかった交渉も合わせて行うこととなった。
理由としては『一人救えなかったことによる契約不履行の賠償』として、アルキマイラ側が既に『レイファの身柄引き渡しの固辞』と『重傷者の完全治療』を執り行ってしまっていた為だ。
しかし、その後リリファを蘇生することに成功した為、アルキマイラとしては当初の契約を完全履行したことになってしまった。話の流れによっては『レイファの身柄』を含め、ラテストウッド側に改めて契約履行を求めるべき状況と言える。
だが、ヘリアンとしてはレイファの身柄など渡されたところで問題しか無い。その為、集落で契約を交わした際に考えていた腹案を実行することにしたのだ。
――ラテストウッドに改めて要求した事項は、大きく二つある。
一つ目は、蘇生能力の秘匿協力についてだ。
蘇生能力を有している事がバレると幾つもの厄介事を引き起こすことが容易に予想できた為、ヘリアンの蘇生能力に関して秘するようラテストウッドに要求した。
これに関しては特に問題はないだろう。
ラテストウッドの国民には『隠し部屋に逃れていたリリファを後日救出した』という対外的な説明を行い、事の真相についてはレイファやウェンリといったラテストウッドの中核人物だけが知っている状態になっている。
問題は、二つ目の要求についてだ。
「リーヴェ。先日、我が国で執り行った会談にて合意に到った『アルキマイラの隠蔽工作』に関してだが、特に問題は起きていないか?」
「はい。何ら問題は起きておりません。ノーブルウッド本国に対する情報操作は順調であり、第七軍団長の例の件――“ラージ・ボックス”の建設についても予定通り進捗していると、現場責任者のメルツェルから報告を受けています」
「……そうか」
アルキマイラの隠蔽に関する協力態勢の要求。
それこそが二つ目の要求であり、元々は『レイファの身柄』を交渉カードとして要求しようと考えていたことだった。
そもそもの話、集落で取り決めた契約通りにレイファの身柄が引き渡されたところで、アルキマイラという国にとっての益は無い。それどころか、レイファ自身が申し出た通り奴隷商人に売った
故に当時のヘリアンは、助け出したリリファを女王とするラテストウッドに対し、手に入れた『レイファの身柄』を交渉材料として、改めて交渉の席を設けるつもりだったのである。
交渉が成立した場合、円満的にレイファをラテストウッドに返すことが出来る。
そしてラテストウッドにおけるレイファの立場を『相談役』のようなものに据えてもらえれば、新女王として未熟なリリファを支えてもらうことが可能になるという目論見があった。
これにより
(一応は、ラテストウッドにとってのアルキマイラは救世主みたいなもんだしな)
実際のところは救世主など柄では無いが、客観的に見た場合はそうなる。今後、アルキマイラに対して友好的に振る舞ってくれることは間違いないと見ていい。
また、この世界において孤立無援状態のアルキマイラにとって、ラテストウッドは重要なパートナーとなる。疑いの無い友好関係を一国と築けたという事実は、今後のアルキマイラに対し有形無形の
あの戦争においてアルキマイラという国を動かすにあたり、ヘリアンが必死になって考えていた口実がこれだった。
幸いにも配下達はラテストウッド救出という方針をすんなりと受け入れてくれたが、もしも反対意見が出た場合は、この口実で無理矢理にでも説得するつもりだったのである。
そして、『レイファの身柄』というカードに変わり『ラテストウッド国民の全員救出』という契約の完全履行を交渉材料として、『アルキマイラの隠蔽に関する協力』を要求したというわけだ。
「しかし、我ながら少々傲慢な要求だったという自覚はあるのだがな……属国とは言え、仮にも一国に対し『アルキマイラの隠れ蓑になれ』などと求めたのは」
ラテストウッドを除外すれば、アルキマイラの存在を知っているのはノーブルウッド先遣隊のみだ。そしてその先遣隊は一人も残さず消滅し、今現在はラテストウッド以外のどの勢力にも存在を知られていない状態である。
つまり、ラテストウッドさえ口を噤めば、アルキマイラはその存在を隠したまま行動出来るというメリットを保持し続けられるということだ。
謁見のときにも言ったが、これは大きなアドバンテージだと考えている。まだアルキマイラを世界に晒すわけにはいかない。今のアルキマイラには時間が必要だ。
但し、これはあくまでアルキマイラの事情を重視した上での話である。
ラテストウッドには少なからず負担を強いることになるだろう。
「傲慢な要求、ということは無いと思われます。現に、ラテストウッドは当該件について全身全霊で取り組むとの声明を発表しておりました。女王のみならず、国民一人ひとりに至るまで協力的な姿勢を見せているとの報告が、第六軍団より上がってきております」
「……むう」
リーヴェは淡々とした口調で事実を述べるように言うが、ヘリアンとしてはいまいち理解できない。
ノーブルウッドの侵攻を退けた件については、
また、ものの見方によってはラテストウッドをアルキマイラの盾にしようとしているとも受け取れる。ラテストウッドとしては面白くない話のように思えるのだ。
それだけに、この城で行った先日の会談において『是非とも我が国にお任せ下さいませ。必ずやお役に立ってみせます!』と熱意が篭められた回答を
「正直なところ、交渉が難航する可能性もあると私は踏んでいた。それだけに、ああもすんなりとラテストウッド側に受諾されたのは少々予想外だったのだが……お前はどう思う?」
「ヘリアン様の御威光あればこそ、当然の結果かと思われます。
「…………そうか」
駄目だ。リーヴェの意見は参考にならない。どう考えても賛辞が過ぎる。
……この話は一旦忘れよう。今考えても答えが出ない気がする。
「まあいい。――ところでラテストウッドと言えば、今日は彼の国から、両国間の親睦を深める為の使者が訪れる予定だったと記憶しているが」
「はい。既に使者は到着しています。準備も整っておりますので、いつでも会談を行える状態です」
「なに? 先方はもう準備を済ませているのか?」
まだ会談予定の時刻まで余裕があるが、まさか使者を待たせっ放しということだろうか。一国の使者を迎えるにあたってそれはどうなんだ。
「はい。昨晩の内に既に我が国へ来訪済みですので、先方は早朝から城内にて待機しております。ですが何一つ不自由の無いよう、丁寧におもてなしさせて頂いております」
「そういう問題ではない。直ぐに会談を執り行う」
椅子から立ち上がり、リーヴェを伴って執務室を後にする。
ちなみに今回の会談を執り行う場所は、『謁見の間』ではなく『簡易謁見室』を予定している。
何故かと言えば、今回の会談は非公式扱いになっている為だ。レイファを代表とした、使節団規模を迎え入れての公式会談は先日既に済ませている。戦後処理の詳細なアレコレについても、その場でケリがついた状態だ。
従って、今回の会談はあくまで、今後の良きパートナーとして両国間の親睦を深める意味合い以上のものは無い。どでかい謁見の間を使って、大々的に会談を行うような場では無いのだ。
リーヴェやバランに少々抵抗されたものの、余人を交えない一対一の会談を行う方向で調整している。
通路両脇に控える
「それで、先方の代表者についてだが」
「はい。此度のラテストウッドからの使者については、予定通りリリファ=ルム=ラテストウッドであると報告を受けております」
「そうか」
感情が悟られないよう仏頂面を装ってはいるが、ヘリアンとしては今日この時を楽しみにしていた。なにせ、リリファとは<配下蘇生>を行ったあの一件以来、久々の再会となるのだ。
王の仮面を被っていない状態で話せる相手というのは、今のヘリアンにとって貴重極まりない存在だ。しかもリリファは実年齢的には完全に子供なので、気安い態度で話してもさほどおかしくはないだろう。
忙しない日々を過ごす中、子供特有の『癒やし』を求めていたヘリアンにとって、ラテストウッドからの使者がリリファだったことは渡りに船だったのである。
この会談の為の時間を確保する為に、思い出したくもない苦労があったのだが……まあそれはそれだ。
嫌な記憶を振り払い、ヘリアンは足取りも軽く、簡易謁見室に向かった。
+ + +
「改めてご挨拶申し上げます。わたくし、ラテストウッド王国より使者として派遣されました、第二王女のリリファ=ルム=ラテストウッドと申します」
――誰だこれ。
簡易謁見室にて始まりの挨拶を告げられた際のヘリアンの心境は、その一語で埋め尽くされた。
いや、彼女はリリファで間違いない。本人もそう名乗ったとおり、目の前の少女がリリファ=ルム=ラテストウッドであることは紛れもない事実だ。
しかしながら、公務用の衣装を身に纏った彼女は今までに見たことのないような凛とした表情で現れ、前述の名乗り上げを行った後、粛々と時候の挨拶を述べ始めたのだ。それは何処に出しても何ら恥じることの無い、完璧な王女然とした姿であり、同時にヘリアンが抱いていたリリファ像と著しく乖離した姿でもあった。
そんなリリファを前にしたヘリアンは咄嗟に反応できず、目を白黒させる羽目になってしまった。
「まずは先日の一件につきまして、御礼申し上げる事がかように遅れてしまい、誠に申し訳ありませんでした。深くお詫びいたします」
続いてリリファは、ヘリアンが『始まりの地の酒場』で彼女を蘇生したことに触れ、最敬礼の角度で頭を下げた。
「……い、いや、気にすることはない。ここまで時間を取れなかったのはこちらの都合によるものなのだから」
「恐れ入ります。また知らぬこととは言え、大国の国王陛下に対して働きました無礼な言動の数々、何卒ご寛恕下さいませ」
「その件についても同様だ。そもそも旅人だと身分を偽っていたのは我々の事情に依るものなのだから、貴公が頭を下げる必要はない」
なんとか気を取り直して返答したが、何とも言えないむず痒さを感じる。
自分が望んでいたのはこういう会話ではない。
どうにか軌道修正は出来まいか、とこちらから話を振ってみる。
「それより、身体の調子はどうだ? 私の能力が正しく働いていれば、肉体的には完璧な状態で蘇生された筈だが……どこか調子が悪かったりはしないか? 少しでも違和感を感じるようであれば、改めてエルティナに診させるが」
「いえ、身体には何ら不自由を感じてはおりません。陛下のご温情により命永らえることが叶い、貴国により
……駄目だ。
軌道修正どころか、会話の方向性はそのままに深度を深めた気がする。
(いや、そもそも俺が甘かったのか)
目の前に居るのは、れっきとした一国の王女だ。
そして集落での彼女の振る舞いは、あくまで国民達の不安を払拭させる為の演技だった。考えてみれば自分は今まで、演技をしていないリリファの姿など碌に見たこともないのだ。
(……頭を切り替えろ、俺)
心中で自分に言い聞かせる。
これは非公式とはいえ、曲がりなりにも会談の形を取っている。ならば、この場において正しいのはリリファの方だ。国と国とのやり取りなのだから、こうして畏まった態度を取っているリリファは限りなく正しいと言える。
むしろ間違っているのは自分の方だ。いくら忙しない日々の中で癒やしを求めていたとはいえ、そして正体を明かした自分がリリファと接触できる方法がこれしか思い浮かばなかったとはいえ、会談という形を選択したのは紛れもない自分なのだ。
そのような場面で、個人としての会話を求める方が間違っている。
少なくとも王として在るべき姿ではないだろう。
――しかし、
「礼は礼として受け取ろう。だが、これは別に公式の会談というわけでもない。非公式の場であり、かつ、今この部屋には私と君しか居ないのだ。無理に王女として振る舞う必要などはないぞ?」
やはり自分は弱い人間なのだろう。
気付けば、そんな言葉を口にしてしまっていた。
(まあ、どうせ断られるんだろうけど……)
それでも試すだけならタダだ。試すことは別に悪いことではない。
自分の中の弱い部分が、そのような甘い言葉を囁いてきた。
それに抵抗しようともしない自分に嫌気が差す。
「えっ? ……あ、いえ、恐れ多くも陛下に対し、そのようなことは……」
案の定、リリファは戸惑った様子を見せた。
「構わん。いつぞやの集落の際と同様に、気楽に接してもらっても良いぐらいだ」
意図を伺うような視線を向けて来るリリファに対し、ヘリアンは柔らかな表情を作ってそう返答した。
だが、結果は見えている。
自分は盟主国の国王であり、彼女は属国の王女だ。これまで通りの関係で接しようと思ったこと自体がそもそも間違いだったのだろう。
故にヘリアンは、リリファから丁重な断り文句が出てきても、潔くそれを受け止める覚悟でいた。
「………………あの、本当に宜しいのでしょうか?」
しかし、リリファは驚いた様子で顔を上げ、そんな言葉を口にした。
「む……。うむ、構わない」
もしや脈ありか、とヘリアンは若干の期待を篭めてリリファを注視する。
するとリリファは、ひとしきり考え込む様子を見せた後、何やらを決意したかのように一つ頷いた。そして、
「――分かった! じゃあ、そうするね、ヘリアン様!」
と、王女の仮面をポイッと放り捨てた。
何やら、先程まで纏っていた筈の王女オーラまでが消え失せたような気がする。
……え、こんな簡単に切り替え出来るもんなのか? というか、思いの
「でも、本当にいいの? これからもこんな感じでいいの?」
最終確認をするように、リリファが上目遣いで視線を合わせてくる。
「あ、ああ。本当に構わない。公式の場でならともかく、ここは非公式の場だ。私としては、何ら問題は無い」
「……ふーん。じゃあ、ここから先は『個人の立場』でいいのかな?」
「ん、そうだな。その理解で問題ない」
リリファが分かり易く纏めてくれた。
元々自分が話したいと思っていたのは、ラテストウッドの王女ではなくリリファという個人だ。その認識で丁度良い。
「失礼致します。お茶をお持ちしました」
ノック音の後、リーヴェがそう告げて紅茶を運んできた。
テーブルの上に、小ぶりで品の良いカップが二客用意される。リーヴェが慣れた手つきで紅茶を注ぐと、仄かな香りが部屋に広がった。
「有難う存じます。リーヴェ様直々にご用意頂けるとは、恐悦至極に御座います」
再び王女の仮面を装着したリリファが、丁寧な御礼の言葉を口にした。
……口調も勿論だが、身に纏う空気までも一瞬で切り替えられるあたり、さすがと思わざるを得ない。
「恐れ入ります。それでは、私は室外にて控えておりますので、御用などありましたらどうぞご遠慮無く」
言って、リーヴェが静々と退出する。そして扉が閉まると同時、リリファは再び王女の仮面を放り捨てた。
「ほわー、凄くいい香り。ヘリアン様こんなの毎日飲んでるんだ。いいなー」
チビチビと熱そうに舌をつけるリリファはまるで猫のようだ。
というか、
「……良かったら、帰り際に幾つか包ませようか?」
「いいの!? ありがとう、ヘリアン様!」
ひゃっほーい、とリリファは両手を上げて喜びを表明した。
思わず苦笑を零し、満足気に一つ頷く。
やはりそうしている姿のほうがリリファらしい。
「ああ、それと……この際だ、呼び方も普通にしてくれていいぞ。わざわざ“様”付けをする必要は無い」
「え? ホントに? いくらなんでもまずくない?」
「構わない。好きに呼ぶといい」
告げると、リリファは「うーん」としばし考えるような素振りを見せた。
そして彼女の中で何らかの結論に至ったのか、リリファは満面の笑みを浮かべ、
「じゃあ、“お兄ちゃん”で」
何故だ。
「――オーケー、ちょっとばかり待とうかリリファ。なにがどうすればその
「?」
「いや、そんな不思議そうに小首を傾げられても困るんだが……」
コテン、と首を倒したリリファに思わずツッコミを入れる。
そして何故にお兄ちゃん。
百歩譲って兄呼ばわりはいいにしても、レイファが姉様なのだからそこは兄様じゃないのか。
「だって、ヘリアン様が好きに呼んでいいって言ったから」
「確かに言ったが……」
なんだこの反応。なんだこの心底不思議そうな表情。もしかして俺の方がおかしいのか?
以前のような呼び方でいいと言う意味合いだったのだが……というか、話の流れ的にもそういう感じじゃなかっただろうか。
「もっとこう、他にないか? 前みたいに『旅人さん』とか『ヘリアンさん』だとか、そういうのがだな」
「でもヘリアン様は旅人じゃなくて、アルキマイラの国王陛下だよね?」
「まあ、そうだな」
「じゃあ、国王さんとか?」
……それはどうなんだ。
響きが間抜けすぎるだろう。なんというか、力が抜ける。
「他には……ヘリアン王さん。陛下さん。魔王さん」
「最後のだけは断固拒否する。一応レイファには説明済みだが、伝説だかなんだかの魔王とは別人だ。俺は人間をやめたつもりはない。あと、出来れば他のもやめてくれるとありがたい」
「じゃあ、やっぱり“お兄ちゃん”で」
「結局そこに落ち着くのか……」
……もうどうでもいいや。
「あー……だけど、公式の場ではやめてくれよ? そういう時は、悪いけどそれなりの呼び方をしてくれ」
「勿論だよ。そういう時はちゃんと王女様するから、だいじょーぶだいじょーぶ」
「……王女って、したりしなかったり出来るもんなんだな」
また新たな無駄知識を得てしまった。
王族には、そのようなモード切り替えスイッチが標準搭載されているものなのだろうか。もしそうなら、俺にも是非ともそのスイッチが欲しい。割と切実に。
「出来るよー。って言うか、お兄ちゃんは王様をし過ぎなんじゃない?」
「って言われてもな……」
「いっつもお仕事ばっかりじゃいい結果出ないよー? 息抜きも大事だよ?」
「む……」
一理ある。
先程は無駄知識などと称してしまったが、公務の姿とプライベートの姿を切り替える技術というのは、よくよく考えれば重要なものではなかろうか。
リリファがあまりにも鮮やかに使いこなすものだから呆気に取られる感情が先に来たが、冷静になって考えてみれば高等技術だ。また、今後王としてやっていくことを考えれば必須技術のようにも思える。
また、今でこそテンションブーストがかかってなんとか仕事をこなせているが、いつまでも神経を張りつめた状態を維持できるとは思えない。張り詰めた弓はいつか切れるのだ。どこかで一息つく時間はどうしても必要だが、配下の前では王を演じざるを得ないというジレンマがある。
それを踏まえて考えると、こうしてリリファと話している触れ合いの時間とでもいうべきものは、ひどく貴重なもののように思えた。
(そういえば、教授も似たようなこと言ってたな。遊びの無い生き方をしていては素晴らしい仕事など出来ない、とかなんとか……)
そして「故に、研究分野とは一切関係ない雑誌が私の研究室に散乱しているのは致し方ないことと言えよう。分かるね諸君? ああ、そこの模型を触る時には気をつけてくれたまえ。なにせ十万円以上したのだからな。経費で落とすのには苦労したのだぞ」などと口走ってゼミ生から白い目で視られていたのだが……それでも、あの教授は不思議と人望があった。また、無駄に披露される薀蓄には唸らされることが多かったのだ。悪どい不良教授の妄言と切り捨てるべきではない。
「確かに、息抜きは大事な気がする」
「でしょ? だから試しに“王様”じゃなくて“お兄ちゃん”をしてみようよ」
「……兄って“する”ものなんだな」
俺の知っている兄と違う。
だが、それはそれとしてちょっとした気晴らしを思いついた。両国間の関係強化を図るという名目にも一致するものだ。
単なる思いつきでしか無いが、気晴らしとは得てしてそういうものだろう。それに仕事というわけではないが、近いうちにしようと思っていた『とあるタスク』も片付くので、丁度良いと言えば丁度良い。
「じゃあ、ちょっとピクニックにでも行くか」
なんとなく
・次話の投稿予定日は【1月12日(金)】です。
・新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞ宜しくお願い致します!