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第二十五話 「王の演説(後編)」

「――そのように考えている者はいるか?」


 王の問いに、民衆は弾かれたように顔を上げた。

 その殆どが多かれ少なかれ、不意を打たれたような表情を晒している。


「そのように考える必要がどこにある?」


 再びの問い。

 答える言葉を持たなかった民衆は、思わず横に立つ者と顔を見合わせた。


「アルキマイラは多種族国家だ。同時に、度重なる試練を(みな)の力を合わせることで乗り越えてきた『世界の覇者』でもある。これまで我が国が乗り越えられなかった試練など一つもない。戦争、天災、神の試練、災神……いずれの困難も自らの力で打破してきた」


 それは歴史が証明する事実。

 アルキマイラが今此処に存続していることが何よりの証拠となる。


「危険地帯へ強制的に転移させられ、孤立無援の状態に追い込まれた。

 ――だから何だ? 此処(ここ)には八大軍団という精鋭部隊が集結している。戦う力は十分に残っている。


 転移の原因は判っておらず、解決の見込みも立っていない。

 ――ならば調査を継続し解決の糸口を見つければいい。軍の垣根を超えたアルキマイラの調査能力は伊達ではない。いつか必ず帰還を果たす。


 産業は尽くが機能不全に陥り、備蓄している食料も一年が過ぎれば底を尽きる。

 ――だったら開拓し、食料を生産すればよいだけの話ではないか。周囲には大自然が満ちており、獲物も生息している。少々危険地帯とのことだが、我らの力を以ってすれば切り拓けない道理はない。


 総合的な我が国の国力は、転移前と比較して百分の一も残っていないだろう。

 ――それがどうした。たかが百分の一になっただけだ。その程度の国力損失で何を絶望するものか。動乱期の危機に瀕した際には滅亡寸前にまで追い込まれたが、今もこうしてアルキマイラは存続しているぞ」


 故に諦める道理はない。

 絶望するに足る理由がない。

 王は言外にそう語っていた。


「我が国は未曾有(みぞう)の危機の只中にある。

 なにせ首都ごと強制的に転移させられたのだ。

 極めて危機的な状況であると言えよう。

 だがこれは乗り越えられない壁か?

 これは我々の滅びを意味するのか?

 アルキマイラはここで終わりなのか?」


 今度の問いには答えを得た。

 しかし民は己の声で王の言葉を(さえぎ)る事を嫌った。

 故に彼らは心中で叫ぶ。

 否、と叫ぶ。


「ああ、否だ。

 断じて否である。

 そんな事があってたまるか……ッ!

 こんなところで終わってたまるものかッ!!」


 語気は強く。

 国民の声を代弁する王に、民衆は我知らず拳を握りしめる。

 胸の内に巣食う何かが湧き上がった。


「確かに未曾有の危機だとも。認めよう。だがそれがどうした? この程度の艱難辛苦など、我らは幾つも乗り越えてきた。それが今回に限って乗り越えられない道理などどこにある? そんな道理はあるものか! あってたまるものかッッ!!」


 叩きつけられるような王の叫び。

 力強い言葉。

 放たれるそれは断言の勢い。


「眼前に立ちはだかる遥か険しいこの道は、決して踏破成し得ぬものではない。

 黎明期に歩んできた道なき道の悪路を思えば、この程度の障害など何のことがあろうか!?」


 ああ、そうだ。

 確かにそうだったと民衆は思い出す。

 アルキマイラは先人無き道を、自らの力で切り拓いて来たのだった。


「無論、私一人ではどうすることも出来ない。何故なら私は弱いからだ。最弱の人間だからだ。戦う術を知らぬばかりか、鶏ガラのように細いこの腕では剣を持つことすらままならん。それどころかゴブリンの赤子にすら負けるだろう。だが、こんな私が今此処に立っているのは何故だ? 最弱の私が、アルキマイラの国王としてここまでやってこられたのは何故だ?」


 問うまでもない、と言葉を挟んで。

 王は誰かを迎え入れるかのように両手を広げながら、聴衆に対し視線を走らせ、


「――諸君らがいたからだ」


 民に向けてそう語りかけた。


「強き諸君らが私を支え続けてくれたからだ。

 弱き私を王と認め、付いて来てくれたからだ。

 皆が手と手を取り合い、力を合わせることを良しとしてくれたからだ。

 故に、この危機に(ひん)して我らがすべきことは唯一つ――!」


 王は全ての民衆に視えるよう、右手を高く振り上げて、


「戦うのだッ!」


 握った拳を演説台に叩き落とした。

 静まり返った広場に打撃の音が響き渡る。


「手と手を取り合い戦うのだ! この危機に立ち向かうのだ! たったそれだけを為すだけで我らはこの危機を乗り越えられる。強き諸君らにはそれが出来る。アルキマイラならば、それが可能だッ!!」


 ああ、もう限界だ。

 民衆の誰もがそう思った。

 口端から熱い吐息が零れる。

 身体が熱病に浮かされたように熱い。

 胸の奥底に灯った火が爆発的に膨れ上がる。

 喉元まで迫り上がった衝動は最早留まることを知らない。

 行き場を求める熱が身体の中で暴れ狂い今にも溢れ出しそうだ。


「故に国民よ! 

 誇り高きアルキマイラの民よ!

 諦観も絶望も振り払い、この危機と戦わんとするならば! 

 弱き王たる私に付き従い、この危機に立ち向かわんことを願うならばッ!

 ――いざ、咆哮を以って答えとせよッ!!」


 そして、万魔の王のその言葉に身体中の熱が炸裂した。

 其処(そこ)にいた種族性別無機物有機物の区別無き全ての魔物が、溢れんばかりの是の意を篭めて魂の限りに絶叫した。


「「「オオオォぉおオォォオォぉおぉおォォォオォぉぉおォォォ――ッ!!」」」


 怒号にも似たその咆哮。

 ありとあらゆる叫び声が、首都を満たす。

 咆哮は砲声と化して外壁にまで届き、首都を覆い隠す結界が雷撃を受けたかのように震えた。


 演説台に立つ王はしばらくその様子を見守り、頃合いを見て右手を(かざ)す。


 たったそれだけの動作で、万魔の民衆は誰ともなく口を閉ざした。

 身を焦がす熱はそのままに、周囲は再び静寂に包まれる。


「諸君らの気持ちは、よく分かった」


 王は厳かに頷いた。

 その一挙手一投足を決して見逃すまいと、その場に集った全ての魔物の視線が王の身を射抜く。


「……この森の北東部に、この地の国を発見した。その国の名をラテストウッドという。ハーフエルフを中心に建国された多種族国家だ。調査を行ったところ、()の国の理念は我が国に通じるものが多いことが判明している。親しき隣人となれるであろう良い国だ。

 そして、そのラテストウッドから我が国に救援要請が届いた。訊けば、ノーブルウッドという名のとある国が、彼の国を滅ぼそうとしているとのことだ。ノーブルウッドはエルフ至上主義を掲げており、人間や、その血が混ざったハーフエルフを迫害している」


 迫害。

 それはこの国では決して許されないものだ。

 多種族国家アルキマイラが許容不可能な悪行だ。

 しかも、迫害対象に偉大なる王と同種族である『人間』が含まれている。


 許してなるものか。

 許せるわけもない。

 民衆の胸の奥に燻る熱が、吐き出されるべき場所を見つけたかのように鎌首をもたげ、(うごめ)く。


「侵略者、ノーブルウッドの兵士はラテストウッドの民を(さら)った。そして厚顔にも、攫った民の返還条件として、旅人に扮していた第三軍団長を差し出せと要求して来ている。――だが、奴らの要求に唯々諾々(いいだくだく)と従うつもりなど毛頭無い!」


 当然だ。

 アルキマイラは屈しない。

 敵が力で以って害そうとしてくるならば、力で以ってこれに抗う。


 そんな魔物たちの胸の奥を代弁するかのように王は語った。

 王の御心は自分達と共に在る。

 その事実を確認した民衆は、胸に一つの充足感を得た。


「我々は断固抗う! 対話を拒み、自らの都合を押し付けようとしてくる者共に――理不尽に振る舞う暴虐(ぼうぎゃく)へと抗う! 我々はそのようにして此処まで歩みを進めてきた! そしてその歩みはこれからも続く!」


 アルキマイラの歩んできた歴史。

 強きを(くじ)き弱きを助け、

 世界に平和を、

 親しき隣人には愛の手を。

 されど道を阻みし障害は実力で以って撃滅し、

 勝利の味に酔いしれる。


「故に私は、ラテストウッドを新たな同胞と認めると共に、ノーブルウッドの暴虐に抗い、これを撃退することを決意した――ッ!」


 王の宣言に、民衆は歓声で以って賛意を示した。

 民衆を見下ろす王は鷹揚(おうよう)に一つの頷きを送る。


「無論、ノーブルウッドには対話を試みるつもりだ。我らは法を知らぬ蛮族ではないからな。言葉を用いず、(ケダモノ)のように振る舞うことを良しとはしない。

 しかしながら、()の国が対話を拒み、交渉が決裂したその時には力を振るわざるを得ないだろう。その際、並大抵の戦力では一抹の不安を覚えずにはいられない」


 我知らず、民衆は拳を固くする。

 その場にいる全員が『我こそが』との想いを強くした。


 最近の戦では全八軍団から幾つかの軍団が選出され、出撃するのが(つね)だった。

 ならば我こそが。

 我が軍団こそが、この地での初陣に相応しい。

 否、我が軍団以外には有り得ない。


 興奮の熱に焦がされそうになった魔物達は本気でそう考えていた。

 最早この熱は戦いの場でしか散らせぬ事を悟っていたからだ。


「ノーブルウッドの戦力は未だ不透明だ。敵の数、兵種構成、装備、防備状況、総戦力規模について全く判っていない。しかも、いざ戦となれば、この地における最初の大規模戦闘となる。決して油断は出来ない。

 よって私は――アルキマイラ国王ヘリアン=エッダ=エルシノークは、いずれかの軍団に任せるのではなく、最も信頼している“とある魔物”にこの戦を託すことにした」


 広場がどよめきに満ちた。

 近くにいる者と顔を見合わせ『そんな魔物(ヤツ)がいたか』と、『未知なる勢力との戦争をたった一体に任せられるような魔物がいたか』と、視線で問いを交わす。


 王が最も信頼を寄せる魔物と言えば、真っ先に思い浮かぶのは国王側近たる第一軍団長だ。しかし第一軍団長は対単体戦闘において優れている魔物であり、彼女よりも対軍戦闘が得意な魔物は他にも大勢居る。

 現に、第一軍団長は戸惑った表情を浮かべていた。極めて珍しい表情だった。


 単騎として強大な戦闘力を有し、更に対軍戦闘に長けている魔物と言えば、第七軍団長や第八軍団長が該当する。しかし民衆の視線を集めた二人もまた、困惑の色を隠せないでいた。

 単騎で行け、と王に命じられれば一も二も無く出撃する所存ではある。だが無駄死にを嫌うあの王が、保有戦力すら不明な敵勢力に対して自分らを単騎で突っ込ませるわけがない、との確信があったからだ。


 では誰が?

 その答えを持たぬ民衆は続く王の言葉を待った。


「私はその魔物を信じている。

 ()の者に討ち滅ぼせぬ敵など存在しない。

 彼の者こそが最強であると躊躇なく断言出来る。

 最早その魔物を信仰していると言っても過言ではないだろう」


 我らが王にここまで言わせるほどの魔物がいる。

 その新事実に、民衆は堪えがたい嫉妬の感情を覚えた。


 しかも見たところ、軍団長達ですら心当たりが無さそうだ。

 つまりは、国王側近にすら隠している国の切り札ということになる。


 いったいどのような魔物なのか。

 民衆は誰ともなく固唾を呑んだ。


「その魔物は世界を見届ける瞳を有している。

 その魔物は如何なる敵をも裂く爪を有している。

 その魔物は万物に威を示す(たてがみ)を有している。

 その魔物は絶大な魔術を紡ぐ舌を有している。

 その魔物は如何なる壁をも砕く腕を有している。

 その魔物は最果ての音をも訊く耳を有している。

 その魔物は巨躯を支えるに足る脚を有している。

 その魔物は大空を支配する翼を有している」


 謳い上げるような王の言葉に、八大軍団長は鋭く反応した。

 瞠目(どうもく)する八体の魔物が思い出すのは、謁見時のとある出来事。


「この有事において私が最も信頼せし魔物とは……十万以上の魔物により構成された巨躯を持つ、一体の融合魔獣(キメラ)である」


 そして王は叙事詩を詠うかの如く言葉を紡ぎ、



「その融合魔獣(キメラ)の名は――〝アルキマイラ〟――」



 遂に明かされた魔物の名に、八大軍団長を除く民衆は一瞬我を忘れた。

 その空白の思考に切り込むようにして、ヘリアンが――万魔の王が声をあげる。


「問おう、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、全てを見届けるその瞳は何処(どこ)()る!?」


 王は演説台の真正面に対して問いを放った。

 其処(そこ)には国王側近の任を与えられた月狼が居た。

 彼女は心のままに叫んだ。


「アルキマイラの瞳、此処(ここ)に在り!

 我らに授けられし聖数は一!

 偉大なる王に代わり、全てを見届ける瞳なり!」


 王と目が合った。

 情動のあまり涙が溢れる。

 しかし彼女はそれを恥とは思わなかった。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、敵を裂くその爪は何処に在る!?」


 連なる問い。

 応えとして鞘走りの音が広場に(はし)る。

 獅子頭の騎士の姿が其処にあった。


「アルキマイラの爪、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は二!

 勇壮たる王に代わり、敵を裂く爪なり!」


 更に腰の短剣を引き抜き天に(かざ)した。

 逆の手に持つ聖剣に比べ、その短剣は見窄(みすぼ)らしくすらある。

 しかし主から初めて下賜(かし)されたその武器を、獅子騎士は誇らしげに掲げた。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、威を示すその(たてがみ)は何処に在る!?」


 続く王の問い。

 視線を受け止めたのは一人の女性。

 “始まりの三体”に名を連ね、唯一の希少戦力(レア)として黎明期を支えたエルフ。


「アルキマイラの(たてがみ)、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は三!

 深慮なる王に代わり、威を示す(たてがみ)なり!」


 彼女は胸の前で両手を組み、瞳を閉じた。

 腰まで伸びる美しい黄金髪に陽光が煌めく。

 神代の聖女(エルフ)は、深い慈愛に包まれた表情で祈りを捧げた。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、魔を紡ぐその舌は何処に在る!?」


 高らかな問い。

 応じるように進み出たのは黒い肌を持つエルフ。

 大事そうに抱えているのは、国の紋章が刻まれた一冊の魔導書。


「アルキマイラの舌、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は四!

 至高たる王に代わり、魔を紡ぐ舌なり!」


 至高の王手自ら、細部を創造(クリエイト)された初の軍団長。

 彼女は豊満なその胸に埋めるようにして、下賜された魔導書を掻き抱く。

 胸の奥には確かな灯火を感じていた。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、壁を砕くその腕は何処に在る!?」


 問いに、重機で地を打つ音が応じた。

 否、一人の大男が地面を踏みつけた音だった。

 彼は丸太のように太い両腕を突き上げ、力の限りに吠え猛る。


「アルキマイラの腕、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は五!

 雄々しき王に代わり、壁を砕く腕なり!」


 その背後に居並ぶ鬼や巨人が地を鳴らした。

 武器を持つものはその柄頭で、武器を必要としないものはその足で。

 己らを率いる長と共に三度の打撃が地を揺らす。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、果てを訊くその耳は何処に在る!?」


 愛しき君の問い掛けに。

 とある女性は鴉のような黒翼を広げた。

 (とろ)けるような微笑を浮かべ、艶のある声で彼女は詠う。


「アルキマイラの耳、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は六!

 麗しき王に代わり、果てを訊く耳なり!」


 想いの丈を言葉に篭めた。

 恐らくは億分の一も伝わるまいが、そのもどかしさすら愛おしい。

 国の紋章が刻まれた下腹部を撫でながら、彼女は熱い吐息を零した。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、その巨躯を支えし脚は何処に在る!?」


 進み出たのは小人サイズの小柄な体躯。

 十万以上の魔物から成る巨躯を支えし軍団の長。

 少しでも王の瞳に映るように飛び跳ねながら、此処に居るぞと彼は叫ぶ。


「アルキマイラの脚、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は七!

 尊き王に代わり、巨躯を支える脚なり!」


 彼の率いる職人達が己の工具を手に突き上げる。

 工具を持たぬ者は『この街を見よ』とでも言いたげに胸を張り両手を広げた。

 彼らの前に(そび)え立つのは職人達の技術の結晶、魂を篭めて創られた白き王城だ。


「ならば、アルキマイラよ!

 弱き王に代わり、大空を統べしその翼は何処に在る!?」


 虚空を打つような音と共に大翼が展開された。

 人の身のまま竜翼を(かざ)すのは一人の青年。

 彼は今、自身が英雄譚の只中(ただなか)に存在している事を確信し、昂奮に身を焦がした。


「アルキマイラの翼、此処に在り!

 我らに授けられし聖数は八!

 気高き王に代わり、大空を統べる翼なり!」


 その背に控えた並み居る竜族の内、幾体かが興奮の余り人化を解いた。

 竜の姿が天に舞い、放たれた咆哮(ブレス)が首都の結界に直撃し轟音を打ち鳴らす。

 それでも足りぬとばかりに叫び、数秒と経たず蒼穹(そうきゅう)が竜の身で埋め尽くされる。




 ――そして、その場に集う全ての者が理解した。




 “全軍出撃”

 アルキマイラの総戦力、全八軍団の全力投入。

 それが王の下した決断だった。


 更に、王は最も信頼する“融合魔獣(キメラ)”は十万以上の魔物から成ると口にした。

 その数は現在のアルキマイラ軍の総数を超えており、それは即ち、軍に所属していない国民までもがその数の内に含まれているという事実を意味する。


 つまり、“融合魔獣”を構成するのは軍人のみにあらず。

 国民一人一人に至るまでが、王が信頼を置くに足る者なのだと。

 万魔の王が信じるに値する存在であると宣言されたに等しいということだ。


 ――然らば、これに奮い立たぬ者など、アルキマイラの民ではない――ッ!


「ならばッ! 嗚呼、ならばアルキマイラよ! 

 王たる我が唯一絶対の信頼を預けし、最強無双の融合魔獣(キメラ)よ!

 汝が意思を司りし、最弱の王ヘリアンが命ずる!!」


 此処に至り、民衆の気勢(ボルテージ)は最高潮に達した。

 王が紡ぎしその命令を、一言一句たりとも聞き逃すまいと耳を澄まし、


「――撃滅せよッ!!」


 遂に下された王命に総身を震わせた。


「我らが征く道を阻む者が居るならば是非も無し!

 いつも通りだ、何も変わらない!

 立ちはだかる障害はただ実力を以って撃滅するのみ!!」


 そうだ。

 いつも通りだ。

 何も変わらない。

 民衆はそれを言葉では無く心で理解した。

 たとえ世界を違えようとアルキマイラが為すべきことは決まっている。


 強きを挫き弱きを助け、

 世界に平和を、

 親しき隣人には愛の手を。

 されど道を阻みし障害は実力で以って撃滅し、

 勝利の味に酔いしれる。


 故に――ッ!


「故に征け! 征きて力を振るえアルキマイラよ!

 最弱の王の命の下、最強無双の力を以って、我らの新たな同胞を一人も残さず救い出せ――ッッ!!!」


 言葉に、感情が爆発した。

 誰も彼もが叫びを上げて、固く握りしめた拳を天高く突き上げる。

 拳を持たない魔物(モノ)たちは激しく足踏みを鳴らし、手足を持たぬ魔物(モノ)は叫びに魂を乗せる。その咆哮は首都の結界を砕きかねない程に強く、猛々しく、誇らしげに世界を揺らす。


「「「雄々オオォォおぉ雄ぉォオオォォオォぉ雄々ぉおォォ――ッッ!!!」」」


 ――最強無双の融合魔獣(アルキマイラ)が、異世界で産声を上げた。





    +    +    +





 ……とんでもないことになった。


 案内された王城のバルコニー。

 そこからの光景を目にして、ラテストウッドの女王レイファは足を震わせた。


 初めて会った時から只者ではないと思っていた。

 その予測は、ノーブルウッドの狩人長を歯牙にもかけず撃退したことで、確信に変わった。


 だからこそ、ラテストウッドに取り込めないかと画策した。

 友好的に接し、問われたことには誠実に答え、少しでも好意を持って貰えるよう振る舞った。旅人だと自称する彼らに怪しい点は山ほどあったが、あえて追求しなかったのもその為だ。


 単なる旅人では無いことなど承知している。

 だが、例え何者であっても構わない。

 なんとしてでも味方につけなければいけないことに変わりは無いからだ。

 その正体がたとえ魔王であろうとも、ラテストウッドを救ってくれるならば魂を売り渡す覚悟だった。


 何故ならば、父や母の救出作戦に失敗した時点で……否、ノーブルウッドの奇襲を受けて、自分などが指導者にならなければいけない状況に追い込まれた時点で、ラテストウッドの滅びは確定していたようなものだったからだ。


 そんな絶望的な状況に、突如現れた救い手(たびびと)

 最早彼らの力を頼るしか手段が無かった。


 勿論、彼らの力だけでノーブルウッドを退けられるとまでは思っていない。

 だが(さら)われた国民を救い出すだけなら、可能性はゼロではないだろうと思えた。


 それだけに、突然集落を去られた際には絶望しそうになった。

 その直後、ノーブルウッドからの襲撃を受けた事により心が折れかけた。

 だが、彼らは再び集落を訪れに来てくれた。


 正直に告白すれば言いたいことは山ほどあった。

 ウェンリがそうしたように、激情のままに行動してしまいたかった。

 八つ当たりをしたかった。

 なんで今更と叫んでしまいたくなった。


 けれど、自分は今やラテストウッドの女王だ。

 小国だろうが一国を背負う立場にある。

 だからこそ心を殺して、冷静に振る舞うよう徹し、何も出来なかった女王として最後の仕事を全うしようとした。


 そしてその行いは幸運にも実を結び、『旅人一行』との協力が取り付けられた。

 攫われた者たちの内、せめて何人かだけでも救えれば良いと思っていた。

 そう、思っていたのだ。



 なのに――自分は今、何を見ているのだろうか?



 見たこともないような絢爛豪華な城に連れて行かれたかと思いきや、その城のバルコニーから一連の流れを見届けるに至った。

 しかし、瞳に映るこの光景が信じられない。

 あまりにも現実離れし過ぎた、目の前の光景が受け止めきれない。


 呆然と眺める視界の中、演説台からバルコニーへと光の筋が伸び、再び結晶の通路が構築されていく。

 何らかの魔術による現象だと思われるが、とても理解が及ばない。極めて繊細かつ綿密な構築式が練られていることしか分からなかった。


 その結晶の通路に旅人が――否、万魔の王が足を踏み出し、太陽を背にしてレイファ達のいるバルコニーへと歩みを進める。まるで一枚の絵画になりそうなその背景には、ありとあらゆる魔物の姿と狂騒があった。


『『『雄々オオォォおぉ雄ぉォオオォォオォぉ雄々ぉおォォ――ッッ!!!』』』


 感情が爆発したかのような砲声が、比喩ではなく地を揺らしている。


 視界を埋めるアルキマイラの国民。

 それは、いずれも計り知れない実力を持つであろう魔物ばかりだった。

 あろうことか、その中には竜の姿すらあった。


 そんな強力無比な魔物に囲まれながら、ヘリアンは悠々と歩みを進めている。

 何故そのように平然としていられるのか、彼女には欠片も理解出来なかった。


 一緒に連れてきた従者の多くは既に気を失って倒れている。

 唯一意識を保っているウェンリですらその場にへたり込んでおり、魔物らの砲声を受けた際には股の間から生暖かい液体を漏らしていた。


 しかし、彼女はそれを(わら)う気にはなれなかった。

 むしろその反応が当然とさえ思える。

 幾らか耐性がある自分でさえ、今こうして意識を保っていられるのは奇跡に近かった。


 蒼穹(そうきゅう)を埋める竜の群れ。

 その内の一体でも差し向けられれば、ラテストウッドは瞬時に滅ぶ。

 いや、それどころかノーブルウッドでさえ、あの竜の一群に襲われただけでひとたまりも――。


「ご覧の通りだ。ラテストウッドが女王、レイファ=リム=ラテストウッドよ」


 呆然としているところへ、バルコニーまで戻ってきた万魔の王が言葉を放ってきた。


「我が国は総力を動員し、此度(こたび)攫われたラテストウッドの民を一人も余さず救い尽くすことを誓おう。

 出来れば色々と話をしたいところだが今の我々には時間が無い。その後のことについては、全てが終わってからの話とさせてもらいたいが、構わないか?」


 とんでもないことになった。

 半ば放心状態でそんなことを思いながら、レイファは青褪(あおざ)めた顔で機械的に頷くしかなかった。




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