第二十二話 「治療と要求」
こんな所で立ち話も何ですので話の続きは集落の中で、と。
無表情のままそんな言葉を口にするレイファに連れられ、ヘリアン達は集落の中へ足を踏み入れた。
集落の中はひどい状況だった。
襲撃を受けたと言っていたが、集落のあちこちにその傷跡が残されていた。
天幕は殆どが破壊され、元からあった家屋も半分近くが全壊状態になっている。
生々しい傷跡が残されているのは、何も建物ばかりではない。
周囲を見渡せば、屋内の居住スペースに収まりきらなかったのか、負傷者が簡素な布を敷いただけの地面に寝かされていた。ヘリアンが少し見ただけでも、骨折している者や、頭に血のついた布を巻きつけている者がいる。
だが、それでも彼らは未だ怪我人の中ではマシな方なのだろう。
その推察を裏付けるかのように、幾つか残った天幕からは苦しげな呻き声が聞こえてきた。
「ノーブルウッドの大攻勢があったんです」
集落の中心部に歩きながらレイファはポツリポツリと零すように告げる。
何故か、罪を懺悔する告解者のようにも見受けられた。
「昨晩のことです。ノーブルウッドの狩人長が軍を率いて集落に攻め込んできました。交渉の余地も無く、遠方からの魔術斉射で防御柵が破られ……我々も必死の抵抗をしましたが力及ばず、ご覧の有様です」
「狩人長?」
「人間の軍で言うところの将軍ですね。エルフの戦士達の幹部に位置する立場です。より上位の地位には別途『長老』や『大長老』が存在するのですが、戦時下において戦士を率いるのは狩人長です。また、狩人長は複数人存在しますが、彼らの発言力は同等とされます」
「……被害規模は?」
「我が国に残されていた兵力の半分を喪失しました。残り半分も、負傷者が少ないとは言えません」
完全な敗戦だ。
五割の戦力喪失というのは、現代国家で言えば『壊滅』を意味する。
組織としての戦闘能力をほぼ完全に失った状況だ。
現代の戦略観点に照らし合わせれば、兵力が補充されて軍が再編されればまだ抵抗の余地はあるだろうが……ラテストウッドは、ハーフエルフを中心に弱小種族が寄り集まって出来た国だ。誰も頼ることが出来ない者達が、自分達だけでどうにかするしかないとして創られた国なのだ。
補充される兵力のあてなど、あるわけもない。
「……リリファ殿は、どうなった?」
「リリファを含む一部の者達は
最悪の状況だった。
聞けば聞くほどに悲惨な状況があからさまになる。
だからと言って耳を塞ぐわけにもいかない。
油断すれば脳裏に浮かびそうになる少女の顔を、頭を振って消し去る。
今の自分には冷静な対処が求められているのだ。
「……レイファ殿」
「はい」
返事をするレイファの顔には感情というものが無い。
能面のようなその顔に薄ら寒いものを覚えた。
聞きたいことは山ほどある。
だが、疑いの目に囲まれながら無遠慮に尋ねるわけにもいかない。
ならば質問より先に、今すべきことは、
「私の連れのエルフ、エルティナは治療術を少しばかり扱える。治療の手が足りていなければ彼女に怪我人の治療をさせてやりたいと思うのだが、如何だろうか? 勿論、エルフであるエルティナによって治療されるということに納得出来ればの話だが」
「それは――そうですね、お気遣い感謝致します。こんな状態ですので、ご温情に甘えたいと思います。是非ともお願いしたく」
「受け入れてくれて感謝する。では……」
「重傷者はあの天幕の中に集められています。魔力が及ぶ限りで構いませんので、その内の何人かだけでも命を救って頂ければ幸いです」
やはり、屋外に寝かされている負傷者は未だマシなほうだったらしい。
推測は出来ていたが、それでも、多少は身構えさせられる。
「……聞いての通りだ、エルティナ。負傷者の手当をさせていただこう。私も一緒に行く」
付き添いを自ら申し出たのは、この集落の中でエルティナに単独行動を取らせることが不安だったからだ。
以前炊き出しをした際には、エルティナがエルフと言えど、そして自分が人間と言えど、集落の住人はある程度友好的に接してくれた。
しかし、今現在集落の人々から向けられる視線は決して友好的とは言えない。
その多くは敵対的、とまでは言わないが強い
そんな状況下での単独行動は、お互いにとって不幸な結果を呼び込みかねない。
現に、レイファの後ろを歩くウェンリの視線は未だ剣呑なままだ。
他の兵士にしてもそれに近いものがある。
レイファの制止命令が無ければ、いや、それどころかレイファの目の届かぬところに行けば、それだけで不幸が起きかねない。
レイファの案内で集落の中心近くにあった天幕に入る。
そこには予想通りの、否、予想以上に凄惨な状況があった。
「……ぅ」
覚悟はしていた筈だった。
漏れ聞こえる苦しげな呻き声から、ある程度想像力は働かせたつもりだった。
――甘かった。
天幕には狭い敷地を目一杯に使って負傷者が寝かされている。
ベッドが足りなかったのだろう。十人ほどは地面に寝かされている。足の踏み場が少なくなった天幕内を、悲壮な顔をした看護者が歩き回る。
まず目に入ったのは、入り口近くに寝かされた負傷者。
彼……いや、彼女は苦しげな呻き声を上げ続けている。性別がすぐにわからなかったのは、素顔が見えないほどに包帯が巻かれていたからだ。
あるいは素顔を隠す為に、あえてこのような包帯の巻き方をしているのかもしれない。酷い傷を追った女性の顔を晒すわけにはいかないという、そういう心遣いなのかもしれない。
推測しか出来ないが、右耳が今にも千切れそうなほど深く切り裂かれているのを見て、恐らくその推察は当たっているのだろうとヘリアンは思う。
だが彼女はまだマシな部類だった。
天幕の奥にいくほどに酷さが際立つ。
腕や足が無い者、未だ腹部から血を流し続けている者、永遠に光を失った者などがそこら中にいる。中には、壊れた人形のようにしか見えない者すらいた。
このまま放っておけば長くはないだろう。
「レイファ様? ……こちらの方々は?」
入り口近くに立っていた小柄な女性が声をかけてくる。
怪我人を気遣ってか小声だ。
体格が随分と小さい。ハーフエルフではないらしいが……
「ご厚意で治療を申し出てくれました、ヘリアン殿と旅の御一行です。こちらのエルティナ殿が治療術に心得があるとのことです」
「……恐れながら、そちらの方は」
「言いたいことは分かります。ですが、我々にこれ以上治療の施しようがありますか? 魔力に余裕のある者は未だ残っていますか?」
レイファが問い質すと、女性は悔しそうに唇を噛んで俯いた。
そして行く道を開けるようにして一歩横に退く。
それが答えだ。
「……エルティナ、彼らの治療を頼む」
「承知しました」
エルティナは天幕の奥……最も酷い怪我人の下へ歩み寄ろうとする。
「お待ちください。入り口から離れている者ほど怪我の度合いが酷いので、まずは入り口に寝かされているものから治療して頂ければと」
「逆ではないのか? 最初に治療が施されるべきは奥の怪我人のように思える。一刻も早い治療が必要だろう」
「ですが、これだけの怪我人です。ならば、私は指導者として、命の選択をしなければいけません」
レイファは怪我人達に聞こえない声量で、女王としての台詞を口にする。
相も変わらず無表情のままだった。
どうやら、全員の治療は無理だと諦めているらしい。
この中の何人かしか治療出来ないであろうと。
治療できる数が決まっている以上は、確実に救える命から治療を施さなければいけないのだと。
そして自分には救う命を選ぶ義務があるのだと。
そう彼女は告げている。
つまり、彼女の常識では、治療術士一人ではこの場にいる全員の治療をすることは不可能であるという事実を示している。
しかし実際には、エルティナならばこの場にいる全員の治療が可能だ。
ここで全員を治療するようエルティナに指示すれば、彼女はそうするだろう。
そしてその結果、レイファ達にとっては常識外れとなる実力を晒してしまうことになる。
――だから何だ。
別に問題はない。
もはやこの国には、アルキマイラと戦う力は残されていない。
ラテストウッドに対しては、実力を隠すことによる戦力隠蔽の意味は殆ど無い。
ならばここは恩を売る。
少しでも
だからこれは同情ではない。
安っぽい正義感からの行動ではない。
あくまで、アルキマイラの為の行動だ。
そうでなければいけないのだ。
「……エルティナ、この場にいる全員の命を救うことは可能か?」
エルティナの青い瞳がヘリアンの姿を映す。
その視線には「よろしいのですか?」との意が含まれていた。
ヘリアンは黙って首肯する。
「可能です」
「では、そのように――」
「
憎々しげな声で呟くのはウェンリだ。
重傷者に考慮してか小声ではあったが、その声に籠められた感情は門前での問答の時と何ら変わらない。
「これだけの人数をどうやって治療するつもりだ。どれだけ優れた治療術士であろうが最低五十人は必要な数だぞ。それを一人で治療するだと? 寝言は寝て言え、貴様らの妄言で彼らにありもしない希望を与えるな……!」
「ウェンリ――」
「構わぬよ、レイファ殿」
再びウェンリへ厳しい視線を向けるレイファに手を
無駄な問答で時間を費やしたくはない。
「ウェンリ殿、私たちは妄言を口にしているつもりはない。とは言え、今の貴方に何を言おうと意味を為さないだろう。よって、我々は行動で以って証明するまでだ。――エルティナ」
「
呟き、エルティナは一歩前に出て、祈りをあげるように両手を組む。
「天雨よ、慈悲あらば癒光と成りて彼の者らを満たせ――“
完全詠唱によって紡がれた範囲回復魔術。
それは深い緑の光となって天幕内を覆い尽くした。
癒やしの光は瞬く間に全ての怪我人の身体を包み込み、怪我を負っている箇所を緑光で埋めていく。
光が晴れた後に残ったのは、傷跡一つ無い綺麗な肌だ。
先程まで呻き声をあげていた怪我人達が、驚いた表情で傷の消え失せた身体を見ている。
「なっ……!?」
ウェンリもまた、その瞳を目一杯に見開いて驚愕を露わにする。
目の前のソレはそれほど受け入れがたい光景だった。
聞いたこともない詠唱が呟かれたかと思えば、一瞬で天幕が光に包まれた。そこまではまだ良い。異邦人ならば、自分達の知らない魔術を修めているのだろうと推察がつく。
だが、詠唱者たるエルフの女はその手に何も持っていなかった……つまり、杖や輝鉱石などの触媒無しに魔術を行使したことになる。
魔術の行使には媒介物が必要になるのは世界共通の常識だ。
魔術に長けたエルフ族でさえ、その常識からは逃れられず、貴重な触媒を持っている者はそれだけである程度以上の権力者と言えた。先程魔術を行使しようとしていたレイファもまた、触媒結晶の嵌め込まれた腕輪を身につけている。
それなのに、エルフの女は触媒無しに魔術を行使して見せた。
これだけでもウェンリの常識からすれば十分に有り得ない現象だ。
そして彼女は自らの目で、天幕内の全ての者の怪我が同時に、それも瞬時にして癒やされる光景を見届けてしまった。
「そんな馬鹿な……」
治療魔術とは、大量の魔力を費やして被術者の自己治癒能力を高めるものが一般的だ。その効果が本来の自己治癒能力の延長線上である以上は、どうしても傷跡は残る。
治療術を極めれば、被術者の自己治癒能力に頼ること無く治療することが可能であり、極々一部の卓越した治療術士であれば古傷すら癒やすコトも出来ると言われている。だが、複数人を相手にそれを行うことが出来るのか、と問われれば彼らですら首を横に振るだろう。
故に、今まざまざと見せつけられた目の前の光景は、どう考えても異常なのだ。
どれか一つだけならばまだしも受け入れることが出来たかもしれない。卓越した治療術師であると納得できたかもしれない。
だが、旅人を自称するエルフの女は『触媒も無しに魔術を行使し』『これだけの人数を』『一瞬で』『傷跡すら残さず』治療した。
己の中の常識を四つ同時に否定されたウェンリは、目の前の現実を受け入れられず、ただ固まるしかなかった。
「い、痛くない……? なんで?」
現実を受け入れられていないのは、ベッドに寝かされていた者も同じだった。
先程まで激しい痛みを訴えていた筈の身体が一瞬で癒され、今では身を起こしても何の違和感も無い。
喪った手足はさすがに元通りになってはいないものの、包帯を剥いだその切断面には、つい先程までそこにあった筈の赤黒い肉や白い骨は見えない。
代わりにそこにあったのは、まるで何ヶ月もかけてじっくりと癒やされたかのような治療痕だけだ。喜ぶよりも先に、まず呆然としてしまうのは仕方がないことだろう。
看護にあたっていた者達もそれは例外ではない。
いや、むしろ治療術の使い手だからこそ、彼らの驚愕の度合は他者よりも大きかった。なにせ自分達の全魔力を費やしても命を繋ぎ止めるのが精一杯だった怪我人達が、今では自力で起き上がれるまでに回復しているのだ。
その有り得ない現実をまともに受け止めることが出来ず、中にはその場にへたり込む者すらいた。
「素晴らしい腕前ですね。御見逸れしました。ご厚意に深く感謝致します」
だから、旅人一行に対し、平然としたまま感謝の言葉を紡ぐレイファのことを、その場に居たラテストウッドの者達は誰一人として理解することが出来なかった。
これだけの有り得ない現象を見せつけられて、どうして平静でいられるのかと。
何故、我々の常識を否定した目の前の現象を受け入れられるのかと。
「いえ。たいしたことではありません」
謙遜したように、否、本当にたいしたことではないとでも思っているかのように、エルティナもまた淡々と応える。
「命に別状はありませんが、部位欠損については治療が叶いません。ご容赦いただきたく」
「命を救って頂いただけでも十分です。心より感謝致します」
「それと、血に汚れたままの包帯は変えた方が
「なるほど、承知しました。――そこの貴女、聞こえていましたね? すぐにそのようになさい」
呆然と立ったままだった
それを皮切りに、固まったままだった者達も各々の作業を再開する。驚きの余りへたり込んだまま動けない者もいたが、年長者の看護者に促されてようやく、己がすべきことを行動に移していく。
「……レイファ殿、話の続きは外で行いたいと思うが、よろしいか?」
「勿論です」
天幕の外に出て、レイファの案内で集落を歩く。
この辺で宜しいでしょう、とレイファが足を止めたそこは、集落の丁度中心地に位置した。
不意に、カミーラがウェンリの瞳に視線を合わせたのが分かった。
カミーラが幾つもの魔眼能力を所有しているのを思い出したヘリアンは、下手な真似はしないよう、こちらからの手出しは固く禁じる旨の<
ややあって、カミーラは形の良い眉を僅かに
何をしようとしていたのかは分からないが、今この状況でこちら側からなんらかのアクションを起こすのはまずい。いざとなれば強硬策も必要だと理解はしているが、今はまだその段階ではない筈だ。
周囲を見回す。
ヘリアンは意を決して話を切り出した。
「レイファ殿。ノーブルウッドの大攻勢があったことは分かった。被害状況も分かった。だが、それに関して我々は一切関与していない。我々はノーブルウッドの関係者ではないのだ。今更ではあるが、まずそこを明確にしておきたい」
治療を施した。
恩を売った。
行動で身の潔白を証明したつもりだ。
レイファの行動から見ても、この言い分を受け入れてくれる筈だとは思う。
それでも僅かに膝が震えた。
「はい、承知しております。貴方がたがノーブルウッドと無関係であるという事実について、私は一切の疑いを持ちません」
「……レイファ様、それは早計ではないでしょうか」
案の定というか、ウェンリが口を挟んできた。
「確かに怪我人に治療は施されました。驚くべき腕前でした。多くの命が救われました。それは認めましょう。しかし、その行いにより彼らの疑いが晴れたわけではありません。多くの命を失ったこともまた、事実なのです」
「何が言いたいのですか、ウェンリ?」
「自作自演ではないかと申し上げております。先立っては持ち帰った情報をノーブルウッドに流し、その後でさも無関係を装って現れ、治療を行うことで我々に対し恩を売ろうとした……その可能性が否定できません」
本人らを前にしてよくも言う。
そのような気持ちが湧き上がらなかったと言えば嘘になるが、しかしレイファの後見人のような彼女の立場からすれば、その可能性を疑うのはもっともの事なのかもしれない。だが、
「随分と面白い戯言を口にするのですね、ウェンリ」
レイファはその忠言を真っ向から否定した。
戯言と吐き捨てた。
ウェンリを視るその緑の瞳には、僅かに負の感情が混じっている。
「戯言とは……レイファ様、私はこの国のことを想って」
「では問いましょう。貴方が言うようにヘリアン殿がノーブルウッドの関係者だとして、我らラテストウッドを
「何の意味が、とおっしゃいますと……」
「ヘリアン殿達が何か得をするのですか? ただでさえ劣勢にあった我らを欺き、内部工作をすることにどれほどの効果が? そんな事をせずとも、我々が抵抗出来ないほどの戦力で力押しをすれば良いだけでしょう。ノーブルウッドにはそれが出来ます」
「……ッ!? レイファ様、それは……ッ!」
「今更言葉を濁してどうなるというのです」
「民が聞いております……!」
「そのような事は、貴方に言われるまでもなく承知しています」
ウェンリは額に汗を浮かべて諌めようとする。
しかし、レイファは聞く耳を持たない。
「まあ、可能性自体は否定できませんね。それは貴方の言う通りでしょう。だから貴方が主張したように、先程エルティナ殿が施してくれた治療が、我々に対し恩を売るための売名行為とやらであったとでも仮定しましょうか」
「……レイファ様?」
「ですが、我々に恩を売ることにどれほどの意味が? 最後に残された拠点であるこの集落は大打撃を受け、戦力はほぼ壊滅状態。ただでさえ乏しかった物資も今回の襲撃で底を尽きました。そんな我らにヘリアン殿が何を求めるというのです? 我々から何を奪えるというのです?」
「……それ、は」
「更に仮定を重ねましょうか。貴方が懸念している通り、ヘリアン殿達が我々の敵であったとして――
鼻で嗤うかのように問われ、驚愕の余りウェンリは身を凍らせた。
レイファは感情の無い表情で淡々と言葉を紡ぐ。
「勝てますか、彼らに?」
刺すような言葉だった。
「私は先日の救出作戦からの撤退の折、
レイファは己の目で見届けた。
狩人長の攻撃に対し、エルティナが見たこともない高位魔術を瞬時に展開して、容易く防いだ光景を。
そしてレイファには見ることすら出来なかった。
リーヴェが目にも止まらぬ速さで狩人長に肉薄し、拳を振り抜こうとした姿を。
「ヘリアン殿が止めなければ、リーヴェ殿の拳は狩人長を死に至らしめていたことでしょう。そして今日初めてお会いしましたが、そちらのお仲間の方も、きっと同等の力をお持ちなのでしょう」
レイファはカミーラに視線を移した。
カミーラは向けられた視線など気にも留めず、周囲を警戒し続けている。
既に“はぐれていたか弱い仲間”との設定が意味を為さなくなっていることを理解しているカミーラは、リーヴェ達と同様、ヘリアンの護衛役に徹していた。
「私達を害する意図があるのなら、ヘリアン殿達はいつでもそれを実行できます。そして一度実行に移されれば我々に抗う術は無い。ヘリアン殿たちと戦うことになった時点で我々の負けなのです。わざわざ我々を騙す必要がどこにあるのですか」
「…………ですが、リリファ様達を
「論点がずれています。貴方は先程まで、ヘリアン殿達がノーブルウッドの手先だと主張していました。確かにノーブルウッドの要求は彼らに関するものでしたが、それは即ち、彼らがノーブルウッドとは無関係だという裏付けではありませんか」
――貴方がそれを理解出来ない筈はないでしょう?
レイファは視線でウェンリにそう問い掛ける。
対するウェンリは青い顔をして、レイファを見ていた。
「そもそもヘリアン殿達が助けてくれなければ、私もまたノーブルウッドに囚われるか、もしくは殺されていました。貴方はそれを良しとしますか?」
「そ、そのようなことは決して……!」
「ノーブルウッドの手先だと主張しておきながら、そうではないと自分の中で認めている。にも関わらず、貴方はヘリアン殿達を糾弾しようとしている。まさかヘリアン殿達を諸悪の根源に仕立て上げ、ノーブルウッドへの生贄に捧げようとでも? ラテストウッドの残存戦力全てを動員しても敵わない相手に言うことを聞かせようとでも? 事はそう簡単な問題ではないのです。我々にどうこう出来る
「…………」
「貴方があえて憎まれ役を買って出てくれている事については、私も理解しています。ですが、もう黙りなさい。これ以上は話の邪魔にしかなりません」
ウェンリは気圧されたように一歩退き、俯いた。
その口が何かを紡ぐことはない。
――一方、ヘリアンもまた薄ら寒いものを覚えていた。
話を聞いてくれるのはありがたい。
ノーブルウッドの手先では無いと知らしめてくれたのも
だが、わざわざ人の集まる集落の中心地でそれを口にすることが腑に落ちない。
それも声を大にして、周囲の者にあえて聞かせるように喋り、集落の者達に伝えなくても良いであろう情報を聞かせているのは何の為か。
「見苦しいものをお見せしました。重ね重ねの無礼、どうかお許しください」
「……ッ、いや、構わないとも。ウェンリ殿の立場上、その忠心から我々を疑うのは理解できる。我々としては疑いが晴れたのならばそれで良い」
頭を下げようとするレイファを慌てて
民衆の前で女王が頭を下げるなどと何を考えているのか。
嫌な予感が止まらない。
「それよりも……ノーブルウッドの要求とは何だ? 話の流れから、我々が関係していると受け取ったが」
「はい。お察しのとおりです。リリファ達を
“明日の日が沈むまでに、ハイエルフを連れた旅人の一行を引き渡せ”
それが、ラテストウッドの集落を襲ったノーブルウッドの要求だった。