第二十一話 「集落へⅡ」
――突然だが。
ヘリアンにとって、ゲーム[タクティクス・クロニクル]とは己の夢やロマンを叶えてくれる理想的な箱庭だった。
例えば冒険、例えば一騎当千、例えば世界の覇者。
現実世界では叶う筈もない、夢や男の
キャラクターで言うなら、第八軍団長がいい例だろう。
異論は認めない。
異論などあろう筈もない。
竜に浪漫を感じない者など男ではない。
だから、仲間にした。
数多の障害を乗り越え、理不尽な試練に打ち勝ち、遂に竜を仲間にした時にはワールドカップでゴールを決めたストライカー並のガッツポーズをかました。
また、当初はそのようなつもりは無かったが、第七軍団長も浪漫の塊と化した。
決戦兵器は男の浪漫だ。
異論は許さない。
異論など出てくるわけがない。
最終とか決戦とか機動兵器だとかの字面に浪漫を感じない者など男ではない。
だから、造った。
古代遺跡を発掘し、湯水のように資金を投じ、遂にソレが完成したときにはWBCで決勝打を放った安打製造機の心境で力の限りに絶叫した。
そして、第六軍団長。
冷戦状態にあった当時のアルキマイラには情報戦や絡め手、妨害工作等に関する戦力が必要だった。
しかし、その方面に適性の高い魔物が居らず、新規作成か捕獲を検討していた。
そんな折、運営会社の広報からの発表をヘリアンは目にする。
レアガチャに新規の魔物が追加されたとの告知だった。
その中に【
そしてヘリアンは紛れもない男であった。
――つまりは、そういうことだった。
「いやしかし、我が君の
「む……さて、な」
至近距離。
肩が触れ合うような距離で、第六軍団長のカミーラが話しかけてくる。
カミーラを加えたヘリアン達扮する旅人一行は、再び集落を目指して森を歩いていた。しかしその道中、すぐ隣を歩くカミーラの存在により、ヘリアンの精神状態は正常とは言い難いものになっていた。
彼女は謁見時に身に着けていた扇情的な服装から一転、実用性重視の探索用装備に着替えている。いつものヴィクトリア調のゴシック服では、旅人という設定はさすがにまかり通らないだろう。装備のランクはかなり落ちるが、その任務の都合上、なるべく目立たない擬装に着替えさせたのだ。
しかし、それで実際に目立たなくなったかといえば断じて否だ。
なにせ無骨で地味な装備を以ってしても、その身から漂う色気を隠しきれていない。一行は集落へ向けて歩みを進めているが、歩く度に揺れる彼女の特定部位が、今もヘリアンの精神を乱し続けている。
「
「そ、そうか」
彼女もまた軍団長である以上、幾度となく転生進化を繰り返し、高位種族まで育て上げてきた。
元は【
そして情報戦の一環として、敵兵士を籠絡して情報を入手するような作戦にも従事していたりした。
カミーラは極々自然な仕草で、ヘリアンの左腕に自らの腕を絡ませる。
それも片手だけでなく両手で縋り付くようにしてだ。
一見歩きづらそうに見えるのだが、カミーラはそんな素振りなど一切見せず、何も問題など無いように歩みを進める。
問題があるのは、むしろヘリアン側だった。
(感じるな、考えろ……!)
ヘリアンは自らにそう言い聞かせるが、効果はさほども無い。
何が問題かと言えば、当たるのだ、腕に。それも密着という表現で。何が当たっているのかは口が裂けても言えないが、その密着具合はぴったりという表現がしっくり来る。
それはふんわりと柔らかく、正しくヘリアンの想像していた通りの感触であった。
ゲーム時代では触ることが許されなかった双丘の片割れが腕に押し付けられたことによりむにゅりと形を変え、時に弾むような動きをみせるどころかあまつさえほんのりと温もりまで感じられると来てはもうゴメンナサイ許してください出来心だったんですホント勘弁してください。
「どうかされたか、我が君?」
「いや、なんでもないとも」
ヘリアンは心中の動揺を全力で
バレてはいけない。絶対にだ。
万が一悟られたら死ぬ。威厳が。
「……おい、カミーラ。さっきから黙って見ていれば、偽装の為とはいえ、いくらなんでもヘリアン様に馴れ馴れしすぎるぞ」
さすがに見咎めたのか。
仕えるべき主にベタベタと絡むカミーラに対し、リーヴェは苦言を口にした。
そしてヘリアンは内心でリーヴェにエールを送る。全力で。
「何を言う。妾は己に出来る最大限の努力をしておるまでよ。なにせ妾は、危険が満ちる
「だが、なにもヘリアン様に――」
「護衛である設定のヌシやエルティナに縋っている姿の方が自然とでも言いたいのか? それこそ愚かぞ。男女の機微を分かっておらん。こういうものは理屈ではないのだ。長く森を
「ならば、集落に近づいてからでも――」
「素人考えじゃな。こういうものは事前の雰囲気作りが大事なのじゃ。ここから演技を始める、と線を区切ってどうにかなるものではない。それは些細ながら違和感となって見る者の無意識に潜み、時として不都合な作用を働かせる。
アルキマイラの命運がかかる王命である以上、妾はそのような可能性は潰せるだけ潰し、打てる手は全て打つつもりじゃ。それとも、まさか妾に手抜きをしろとでも言うのか?」
「そのようなことは――」
「だったら黙っておれ。雰囲気作りの邪魔じゃ」
完封だった。
最後まで台詞を言い切ることすら出来なかった。
反論を封じられたリーヴェは歯噛みしながらも引き下がる。
彼女とて、この再びの来訪が重要な意味を持っていることは理解しているのだ。
だが、ヘリアンにベタベタと引っ付くカミーラの表情を見て、物申さずにはいれらなかっただけの話である。
「と、ところでだ……設定は覚えたな? カミーラ」
話題を替える意味も兼ねて、ヘリアンは旅人一行の設定について確認する。
「勿論じゃ、我が君。既に完璧に記憶しておる」
「ならば良い。そろそろ集落も近づきつつある。三人とも心して掛かれ」
ヘリアンは
――設定はこうだ。
ヘリアン率いる旅の一行。
彼らはとある古城を探索中、突如として謎の光に包まれるという不可解な現象に襲われた。
トンネルを抜けた先は……もとい眩いばかりの光が晴れた先は、深い森に覆われた全く知らない土地だった。
しかもその森には人を惑わせる効果がかかっており、その
遺跡で発見してきた様々なアイテムによりなんとか生き延びてこられたものの、一行は周辺地域の情勢を始めとした様々な常識を知らない状態である。
その後、秘蔵の
無事かどうかも分からなかった仲間からの知らせに、居ても立っても居られなく、まともな挨拶も交わさず去ったことについては陳謝する。
幸いにも仲間と無事に合流することが出来たので、ついては先日の詫びと今後の付き合いについて話がしたいと思っている。
また前回の食糧支援については好評を頂けたと思っているので、今回も同様に振る舞わせてもらうつもりである。
――以上が設定となる。
簡単に言ってしまえば、
『いきなり集落飛び出してスイマセン』
『決してノーブルウッドの手先なんかじゃありません』
『でも無礼だったのは事実なんで、お詫びの証として食料支援します』
『旅人という居所もままならぬ身で物資を提供することが我々の誠意です』
『あと、まだ良く分からないことあるので色々教えてください』
ということがラテストウッド側に伝わればいい。
正直、再び集落を訪れた際にどのような対処をされるのか想像がつかない。
可能性は低いと思うが、ノーブルウッドの手先と解釈されていた場合はいきなり攻撃されることだって有り得る。
だが、貴重な情報源であるラテストウッドと関係を断つことなど出来ない。いずれ再接触をする必要があるならば、一刻も早い方が良いと判断した。
様々な問題を抱えている中、この決断がベストかどうかは分からない。
だが、だからと言って何も決断しない王など置物と変わらないだろう。
指導者とは決断することが重要な仕事なはずだ。
そして一度決断を下した以上、後はその選択が正しかったことを証明する為に最善を尽くすしかない。
「
口語操作で開いた
思考操作よりも楽かつ確実なので、つい口語操作や
[タクティクス・クロニクル]では、NPCの視線など気にもしなかったが……この世界ではそうもいかない。
直接操作をしている様子が奇妙なパントマイムに映るようであれば、余裕のある時は思考操作を使った方が良いだろう。城に戻ったら、折を見て鏡で確認しておかねば、と心の手帳にメモをする。
(……もうすぐ集落が見えてきそうだな)
呼び出した<
すると、不意にリーヴェが鼻をヒクヒクと動かした。
先程までは進行方向に向かって風下だったが、今の風は逆から流れ込んできた。
つまりは、集落方面の匂いを運んできたということだ。
何かを察知したのだろうかと、ヘリアンが<
「……ヘリアン様」
「どうした?」
「集落のある方向から、血臭が」
「――ッ、急ぐぞ!」
聞くなり駆け出した。
<
白い光点が幾つも灯っている。問題なのはその光点の数が、前回集落を訪れた時のそれと比較して随分と目減りしているということだ。
追従するリーヴェが、前回のようにヘリアンの身体を抱え込もうと手を伸ばす。
「ヘリアン様、お身体失礼を――」
「要らん! それよりも周辺警戒を厳にしろ! 集落で大規模な戦闘があった可能性が高い!」
リーヴェの両手は空けておきたい。
前回は数体しか敵戦力が居なかったので移動を優先したが、今回は敵の規模が分からない為だ。
<
ならば急行せずに遠くから様子を窺うべきだ、と頭の中の冷静な部分が告げて来たが無視した。集落が今現在襲われている最中だとすれば、一秒の遅れが取り返しのつかない事態を呼ぶことだって有り得る。
脳裏に浮かぶのは、我が身を
だが、だからといって今更止まるワケにはいかない。
自分は既に走ることを選択したのだ。
「――ッ! そこの者、止まれ! さもなくば射つ!」
制止の声が正面から飛んできて足を止めた。
集落の門前に誰かが立って弓を構えている。逆光で姿が見えづらい。何者だ。ノーブルウッドか、それともラテストウッドか。或いは第三勢力か。
「貴様は……!?」
弓を構えた人影は、唖然としたような声を漏らした。
その声色で気付く。
「……ウェンリ殿、か?」
ラテストウッド女王であるレイファの側近、ウェンリだ。
良かった。
彼女が門番の真似事をしているということは、集落が陥ちたわけではない。
<
「無事だったか。良かっ――」
「貴様らがあぁぁァ――ッ!!」
歩み寄ろうとした一歩は怒声で縫い止められた。
風を切る音が鳴り、何かが飛来する。
射られた、と気付いたのは、リーヴェに鷲掴みにされて止まった矢を眼前に認めてからだった。
「よせッ! 殺すな!」
反射で叫んだ。
リーヴェとエルティナ、そしてカミーラが、跳び出そうとしていたその身を固くする。
――危なかった。
制止の声が一瞬でも遅ければ、ウェンリが殺されていたかもしれない。
「クソッ! 皆の者、出会え! 敵襲だ!」
「待ってくれ、ウェンリ殿! 私はヘリアンだ、先日世話になった旅人の――」
「何が旅人だ白々しい! ノーブルウッドの手先めが!」
第二射。
再びリーヴェが矢を掴み取る。
「……ッ、誤解だ! 我々はノーブルウッドとは無関係だ!」
「黙れ! 本当に無関係だと言うのなら何故我々がこのような目に遭う!? 何故貴様らが居なくなったその後、ノーブルウッドの兵士が押し寄せてくるというのだ!?」
陽光が雲に隠れた。
逆光で見えなかったウェンリの表情が明らかになる。
彼女の表情は酷く歪んでいた。
見たことのない表情をしていた。
その顔は、ヘリアンの――三崎
「何事ですか!?」
何人かの兵士に守られながら小柄な人影が出てきた。
その声、その姿、見間違えようもない。
レイファだ。
「レイファ殿! 私だ、ヘリアンだ!」
声を張り上げる。
どうにか誤解を解かないと話にならない。
それに配下達の様子も怪しい。
今にもウェンリに襲いかかろうとしているように思えた。
ヘリアンの命令で止まってくれているが、カミーラからは不穏な気配を感じる。
三射目が事態悪化の引き金になりかねなかった。
「――――――――ヘリアン殿」
どこか呆然とした様子で、レイファはヘリアンの名を口にする。
その声に宿る感情は酷く希薄だった。
何を思っているのか全く読み取れない。
冷静なのか、そうでないのか。
敵対的なのか、話を聞いてもらえる余地はあるのか。
ヘリアンの頬を一筋の汗が流れ落ちる。
「……ウェンリ。弓を下ろしなさい」
「なりませんレイファ様! 奴らはノーブルウッドの手先です!」
「弓を下ろせと私は言いました。従いなさい」
「レイファ様は騙されているのです! 弓兵、構え――」
「ウェンリッ!!」
レイファはヘリアンが聞いたことのない厳しい声で叫んだ。
右手を真っすぐに
そしてその手は……ウェンリへと向けられている。
「……レイファ……さ、ま?」
ウェンリは信じられないモノを見たかのような瞳で、自分に魔術を放とうとするレイファを見ていた。
「ウェンリ。弓を下ろしなさい」
「……何故……何故ですか、レイファ様。コイツらは……コイツらの
「今現在、この国の女王は私です。私の言葉に従いなさい。どうしても従えないとあらば、私を殺して貴方が新たな王になりなさい」
「なっ……!」
「幼少の頃から私達姉妹の面倒を見てもらっている貴方には感謝しています。姉のように思っています。ですが今の貴女は正気とは思えません。私を女王とするこの国にとって、これ以上害となる行為を続けるようであれば、私は容赦はしません」
「…………」
「これが最後です。弓を下ろしなさい」
ウェンリは一瞬、
ヘリアンに向けられた瞳は未だ憎悪に染まっている。
「…………ッ」
それでも、彼女にレイファと敵対するという選択肢は無かったらしい。
忌々しげな表情はそのままに、けれどその弓を静かに下ろした。
ヘリアンもまた、リーヴェ達を制止する為に掲げていた右手を降ろす。
どうにか一触即発の事態だけは避けられた。
けれどヘリアンが安堵の息を吐く事はなかった。
安堵できるワケも無かった。
いきなり攻撃された事もそうだが、それ以上に、どうしても聞き流せない言葉があったのだ。
「――リリファが、どうした?」
ウェンリが咄嗟に口走ったその言葉。
彼女は「コイツらの
ならば、その後に続く言葉は、何だ?
「……ヘリアン殿、再びお会いできて嬉しく思います。まずは我が方が働いた無礼について、深くお詫び申し上げます。私が謝罪したところで納得などは出来ないとは思われますが、何卒ご
違う。
聞きたいのは謝罪の言葉ではない。
そんなどうでもいいことよりも、
「ノーブルウッドに襲われたと言ったな? あの後一体何があった? リリファ殿がどうした? どうなったというのだ?」
ヘリアンは何かに突き動かされるように、矢継ぎ早に問い掛ける。
するとレイファは、感情を感じさせない能面のような表情のまま、端的な事実を口にした。
「――ノーブルウッドの兵士に、