<< 前へ次へ >>  更新
21/77

第二十話  「謁見後の軍団長Ⅱ」


 王が謁見の間を去った。


 しかし、謁見の間に残る軍団長らは、前回同様しばしその場に留まり続ける。

 その後、王の足音が完全に消え去ったのを確認することにより、ようやく緊張感から解放された軍団長らは深い息を吐いた。

 そして、


「ひゃっほーい! 王様直々の称号ゲットッ!」


 まず真っ先に、最も小さな身体をした軍団長が飛び跳ねて歓喜の声を上げた。

 小人(コロボックル)とドワーフの血を引く、混合種族(ミックス)のロビンだ。


 第七軍団長の椅子を与えられたロビンは、外見的にはまるで子供である。身長が120センチ程度しかなく、子供服のようなオーバーオールがよく似合ってしまっていた。

 髭はなく、外見的には殆ど小人(コロボックル)そのものだが、ドワーフの血を引いているとあってモノ造りや機械には滅法強い。


 そんなちんまい軍団長であるロビンは、ヘリアンの前でこそ頑張って大人しくしているものの、普段の振る舞いは見た目相応であることが多い。種族柄、いたずら好きで陽気な元気印なのだ。


 しかし、喜んでいるのが彼だけかと言えばそうではない。

 前回の謁見時には居なかった軍団長(メンバー)については久々の謁見で気疲れもあっただろうが、それを上回る満足感に浸っていた。


「フム、翼か。悪くない」

「腕たあ分かってんじゃねえか。さすが総大将」

「アタシは舌か……いいわね。カミーラの真似じゃないけど舌に紋章刻もうかな」

「ボクんとこなんて脚だもんねーだ! ボクらが居なきゃ立つことすら出来ないってことだからね、君たち! 縁の下の力持ち、第七軍団をどーぞよろしくっ!」


 久々の拝謁の栄に預かった四人が、万魔(ばんま)の王から(たまわ)った称号についてガヤガヤと感想を述べ合う。

 癖が強い、とバランに評された彼らだが、同僚意識ぐらいはそこそこ真っ当に持ち合わせており、このような話をする程度には友好的な関係を結んでいた。


 そして“始まりの三体”もまた声にこそ出さないものの、各々が得た称号を思い返しながら感慨に浸っている様子だった。


 しかし、残りの一人と言えば……。


「よくも……よくも便乗してくれおったなぁぁぁ……ッ!」


 おどろおどろしい声で恨み言を呟きながら、瘴気を発していた。

 その美貌から発せられたとは思えないカミーラの声に、他の軍団長は誰ともなく視線をそらす。


「ちょ、ちょっとカミーラ。瘴気漏れてる、瘴気。落ち着いてってば」

「これが落ち着いていられるとでも思うてか――ッ!!」


 カミーラのあまりに形相に、声をかけた黒い肌の女性――最後の女性軍団長である第四軍団長のセレスが後退(あとずさ)った。


 彼女はエルティナ同様、エルフに属する配下だ。

 しかし、エルティナが支援系に優れた白エルフ系統であるのに対し、第四軍団長の彼女は攻性魔術に秀でた黒エルフ系統の種族だった。

 また、吊り目が印象的なセレスは、窮屈そうなボンデージ風の服にメリハリの利いた身体を押し込めていることもあり、見た目の印象は所謂(いわゆる)ダークエルフに近い。事実、転生進化を繰り返す以前のセレスは【ダークエルフ】だったこともある。


 普段は気の強い彼女だが、今回ばかりはカミーラに対して多少の負い目もあり、やや及び腰となっていた。


「け、けどアタシら、誰一人として陛下にねだったりはしてないからね?」

「何を白々しい! 視線で訴えておったろうに!? ヌシらが余計なことをしなければ、(わらわ)だけが称号を貰えていたものを……!」


 今にも歯軋りしそうな形相でカミーラがセレスを睨む。

 色気のある女性が美貌を歪めて睨んでくる絵面というものは、相当に迫力があった。


「あー……でもさ、仮にアタシらの内の誰か一人だけが称号貰ってたとして……アンタ、それを脇から見てて黙って引き下がれるの?」

「有り得んのじゃ!」

「ほら。そうなるでしょ?」

「ぐぬぬぬ……ッ!」


 理屈は判る。だけど納得したくない。

 そんな複雑な感情が渦巻くカミーラは、ただただ歯噛みするしかなかった。


「あらあら。喧嘩はいけませんよ、カミーラ、セレス」


 そこにほわほわとした笑顔で仲裁に入るのは、いつも通りのエルティナだ。

 癖の強い軍団長同士が揃っても本格的な衝突が起きずに済むのは、彼女あってのことであるというのが八大軍団長の共通認識だ。

 その為、エルティナに止められたらそれ以上は踏み込まないでおくというルールが、八大軍団長の中で暗黙の了解として存在している。


「ぬう……まあ良い。これから妾は我が君と一緒の仕事だからの。ヌシらは首都で仕事に(いそ)しみつつ、妾の活躍を遠くから見守っておることじゃな」


 カミーラはせめてもの意趣返しを口にしてから矛を収めた。


「つうか、総大将はまた自分から体張るんだな。主戦場じゃいっつも最前線に出張るようなお人だから今更だけどよぉ、総大将は自分に替えが利かねえってことをイマイチ分かってねえんじゃねえか?」

「でも王様らしいっちゃ王様らしいよねー。当たり前のことみたいに言うあたりが特に。ただでさえ危険な役回りなのにさ。なんていうか、さすが王様って感じ?」

「フン。王の悪い癖だ」


 鼻を鳴らして呟くのは第八軍団長のノガルドだ。

 種族が【黄昏竜】である彼の本来の姿は、全長四十メートルを超える西洋竜だ。

 しかし現在は人化しており、長い赤髪に鋭い眼光を隠す、気難しそうな青年の容姿をしていた。

 軽装鎧サーコートに身を包んだノガルドは腕を組んだまま、眉を(しか)めて佇んでいる。


「ノガルド。お主は主上に対して文句があるというのか」


 そんなノガルドに対し、真っ先に反応したのがバランだ。


「我は文句など口にしておらん。悪い癖だと述べたまでだ」

「それは文句を言ったも同然であろう。少なくとも忠誠を誓う主上に対する言葉ではない」

「我は間違ったことは言っていない。それとも、貴様はアレが良い癖だとでも言いたいのか? これで王の身に何かあればどうする」


 両者の視線が剣呑な空気を帯びる。

 ノガルドは人物特徴として【傲慢】を保持しているが、これはバランの【規律】とは相性が悪い。しかもバランは【頑固】も有しており、両者は衝突し易い傾向にあった。


 更に、ノガルドはプライドが極めて高い。

 ただでさえ傲岸不遜の傾向がある竜族、その頂点に立つ存在だ。

 肩が当たった、という理由だけで味方の巨人族を半殺しにしたこともある。意見がぶつかったところで、彼が自分から折れることはない。


「まあまあ二人共、今は言い争っている場合ではありませんよ」


 険悪になりかけた雰囲気をエルティナが(さえぎ)る。

 セレスも、これ以上のゴタゴタは御免だと言わんばかりに、援護射撃をした。


「エルの言う通りよ。陛下からそれぞれの仕事をきっちりこなすよう釘刺されたの、聞いてなかった訳でもないでしょ?

 仕事の()り合わせをするならともかく、くだらない言い合いで時間を無駄にしてるのが陛下の耳に入ったらタダじゃ済まないわよ」

「む……確かにお主らの言うとおりだ」

「……一理ある事は認めんでもない」


 ようやく場が落ち着いたところで、黙って様子を見守っていたリーヴェがパンパンと柏手を打って注目を集めた。


「ならば馬鹿騒ぎはこれで終わりだ。総括軍団長として、速やかに各自の任に就くよう要請する。――エルティナ、カミーラ、私達もそろそろ出立の支度に移るぞ」


 言うなり、リーヴェは謁見の間から足早に退出していく。

 エルティナとカミーラもその後に続いた。


「んじゃ、俺様も準備すっか」

「フン。今度は失態を晒すなよ」

「うっせぇなノガルド! ンなこたぁ言われなくても分かってんだよ!」

「両名、言った傍から(いさか)い事か? 特にガルディ、お主は治安維持側であろうに」

「チッ……。おいロビン、後で手下連れて現場行くから、受け入れ準備頼まぁ!」

「ほいほーい。んじゃ後でね~」


 続いて、軍団長の男性陣もゾロゾロと謁見の間を出て行く。

 残されたのは、一人のとある女性軍団長だけだ。


「あれ? そういえば、女性陣で陛下に置いてかれてるのってアタシだけ……?」


 唐突にその事実を意識してしまい、謁見の間を出ていこうとしていたセレスの足が止まった。彼女の黒肌の頬に、たらりと一筋の汗が伝い落ちる。


「……て、適材適所の結果よね? リーヴェとエルは旅人一行の設定だからメンバー入り確定として、カミーラは情報収集で必要だったから追加で選ばれただけだし……別にアタシが陛下に避けられてるからじゃない……筈」


 うん、その筈だ。

 セレスは内心で再度肯定し、一つ頷く。

 しかし理性としてはそれで納得できたが、どことなくモヤモヤとした感情が胸の奥に残っていた。


「……し、仕事しよう」


 不安を振り払うように、彼女はいそいそと自軍の陣地に向かった。




<< 前へ次へ >>目次  更新