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第十九話  「謁見Ⅱ」

 

 それからしばらくの間。

 演説を考えるヘリアンは、ああでもない、こうでもない、と頭を捻っていた。


 歴史上の偉人や創作物の演説の手法を参考にしつつ、大学で学んだスピーチ術を思い出しながら、本質が力の信奉者である魔物の心に強く訴えかける文面を自分の言葉で構築していく。


 はっきり言って難しいなどというものではない。

 ただ演説をするのでさえ、一介の学生でしかないヘリアンには荷が重いと言うのに、聴衆は人間ではなく魔物だ。日和見(ひよりみ)な演説で心動かすことが出来るとは思えず、かといって戦争を煽るような真似はヘリアンの望みではない。


 どうにか演説文の原案ぐらいは形になったが『それで望み通りの反応を得られるのか』『アルキマイラの国民を纏め上げられるのか』と問われれば自信が無い。更に改善が必要だろう。


 そうこうしている内に予定していた五時間が経ち、タイムアップとなった。


 仕方がないので一旦演説の文面を考えるのを中断し、気持ちを謁見の方に切り替える。これからヘリアンは軍団長らに国の方針を伝えなければいけない。他の事を考えながら出来るような作業ではないのだ。


「――八大軍団長、揃いましてございます」


 謁見の間。

 豪奢(ごうしゃ)な椅子に腰掛けているヘリアンに対し、八体の魔物が頭を垂れる。




 第一軍団長。

 各方面における国王補佐が主任務の少数精鋭部隊、通称[親衛軍]の長。

 国王側近、並びに総括軍団長の任に就く【月狼マナガルム】のリーヴェ。


 第二軍団長。

 獣人族や騎士職を中心とした陸戦戦力を保有する、通称[獣騎士団]の長。

 純白の全身鎧フルプレートアーマーで身を固めた獅子頭ライオンヘッドの騎士【剣獅子スヴェルレーベ】のバラン。


 第三軍団長。

 回復と援護のスペシャリストが集められた、通称[聖霊士団]の長。

 腰まで届く黄金こがね色の髪が特徴的な【エンシェントエルフ】のエルティナ。


 第四軍団長。

 魔術分野に秀でた純後衛型の魔物により構成された、通称[魔導軍団]の長。

 黒い肌と気の強そうな吊り目が印象深い【ヘレティックエルフ】のセレス。


 第五軍団長。

 圧倒的な打撃力を誇る純前衛型の鬼族や巨人族が集う、通称[超重鬼団]の長。

 見上げるほどに大柄な筋骨隆々の偉丈夫【アウルゲルミル】のガルディ。


 第六軍団長。

 諜報活動や妨害工作等を一手に引き受ける魔族中心の軍、通称[妖魔軍団]の長。

 深い瞳と妖艶(ようえん)な出で立ちが目を()く【ナイトメアクイーン】のカミーラ。


 第七軍団長。

 製造分野に特化した多くの職人を抱える、通称[機工戦団]の長。

 子供と見紛う矮躯(わいく)ながら決戦級の切り札でもある【ミックス】のロビン。


 第八軍団長。

 竜族のみで構成された空戦戦力にして最大火力、通称[天竜軍団]の長。

 燃えるような赤髪の奥に鋭い眼光を隠す青年【黄昏竜】のノガルド。




 アルキマイラの軍勢の頂点、その八角が勢揃いした。

 現場の手が離せない軍団長は来ないで良い、との旨は伝えたはずだが、八人全員が揃っているのは果たして良いことなのか悪いことなのか。


 治安維持の指揮を任せている第二軍団長バラン第五軍団長ガルディ、それに首都結界の展開を担当している第四軍団長(セレス)あたりは現場に残るだろうと予想していたが、彼等がいなくとも現場が回るレベルまで落ち着いたと見てもいいのだろうか。


 王に呼ばれたからと言って無理して現場を離れているようだと困るのだが……もう今更だ。今ここで追求するよりも、手早く謁見を終えるとしよう。


「ご苦労。おもてを上げよ」


 王様らしく、と頭の中で呪文のように繰り返しながら鷹揚(おうよう)に告げた。

 王の許しの下、顔を上げた八人の軍団長の視線がヘリアンを捉える。


 改めて思えば、大学でのスピーチ練習でもこのような熱烈な視線を浴びたことはなかった。量はともかく質と熱量が比ではない。緊張感に息が詰まりそうだ。


「集まって貰ったのは他でもない。現在の状況と今後の方針についてだ」


 まずは今現在の状況。

 国外の探索で分かった幾つかの事柄についてだ。


「まず、ここは我々が知る大陸ではない。国外での探索で他勢力のエルフ、及びハーフエルフと接触したことについてはリーヴェから聞いているな? 我々は彼らから幾つかの歴史や周囲の情勢についての情報を得たが、どれもこれも私が知らないものばかりだった。

 念の為に各種<仮想窓(ウィンドウ)>でも確認したが、やはり該当する情報はなかった。更に私の<地図(マップ)>で見知った土地が確認出来なかった事からも、ここが我々の大陸とは別の場所なのは明らかと言っていい」


 正しくは大陸どころか世界までも異なる可能性が非常に高いが、あえて言及しない。わざわざ問題を大きく見せて混乱を招くこともないだろう。ようは孤立無援の状態であり、慎重な行動が求められるということが伝わればそれで良い。


 しかし、軍団長らはどこか困惑したような素振りを見せた。比較的落ち着きのない第七軍団長などは、しきりに他の軍団長の顔を(うかが)っている。


 ……何かおかしなことを口にしてしまっただろうか。


「どうした。何か聞きたいことがあるのか? 今は情報を共有すべき場だ、不明な点があるのならば言え。遠慮は要らん」


 王への発言を許された軍団長らが、跪きながら互いに顔を見合わせる。

 ややあって、リーヴェが代表として口を開いた。


「恐れながら申し上げます。<仮想窓(ウィンドウ)>や<地図(マップ)>とは、何でしょうか?」


 予想外の質問だった。

 ヘリアンは当然のように口にしたものの、彼らには<仮想窓(ウィンドウ)>や<地図(マップ)>という概念が無いのだろうか。


「<仮想窓(ウィンドウ)>というのは、私にしか見えない……まあ、画面のようなものだ。演説の時には、映像投影玉(スクリーン)を使って空中に映像を表示しているだろう? あのように投影された“画面”を使い、私は様々な機能を行使する事が出来る。

 <地図(マップ)>とは<仮想窓(ウィンドウ)>から参照出来る情報の一つで、“とある特別な地図”のことだ。その地図はお前たちが集めた情報を元に随時更新されていく。そうして判明した地理情報や敵味方の位置情報、それに現在地などを正確に把握出来るのだ」


 おぉ……! と、ざわめきの声が謁見の間に響いた。

 心なしか、ヘリアンを見る軍団長らの視線に一際熱が篭った気がする。


 ……プレイヤーの基本能力なのでそんな目を向けられても困るんだが。


 というか、探索時に自分が敵の位置を把握していた件については、どう解釈されていたのだろう。

 まさか、リーヴェの嗅覚やエルティナの聴覚並に優れた感覚器官を備えているとでも思われていたのだろうか。そんな真似は人間であるヘリアンには絶対に不可能なのだが。


「……と、とにかくだ。私がその<地図(マップ)>を確認したところ、首都以外の地理情報が全く得られなかった。先日までは大陸全体の地理情報を詳細に把握できていた筈の<地図(マップ)>が、一瞬で白紙に戻ったというわけだ。我々の居た大陸のどこかにいるならばこんな状態にはなり得ない。これこそが、全く別のどこかへ転移されたという事実の証明だ」

「成程、承知致しました。幾つかの力をお持ちとは存じていましたが、その秘術の一端を我々に公開頂けるとは……光栄です」

「……うむ」


 え、どういうことだ。

 <仮想窓(ウィンドウ)>や<地図(マップ)>だけではなく、(プレイヤー)の能力は誰にも説明していないことになっているのだろうか。少なくともステータス強化や<秘奥>については知っていた筈だが……。


(いや、もしかして……プレイヤーの能力はどれも説明されたことが無いから知らないってことか?)


 ステータス強化や<秘奥>は魔物達に直接影響を及ぼすものであり、彼らは体験としてその存在を知ることが出来たが、魔物に影響を及ぼさない能力については知らない、ということなのかもしれない。


 ゲーム時代、[タクティクス・クロニクル]にて仮想窓(ウィンドウ)やログアウト、チャットなどの基本機能について魔物達に説明したことはない。というか説明する筈もない。だから<地図(マップ)>についても、聞いたことのない未知の能力だったということなら納得できる。


 そもそもNPCノンプレイヤーキャラクターにわざわざ(プレイヤー)の能力について丁寧に説明するなど、一人遊びが寂しすぎる。もしもそんな寂しいプレイヤーが居たのなら、せっかくのオンラインゲームなのだからちゃんと人間(プレイヤー)と交流しろと言ってやりたい。


 つまるところ、今初めて、知られざる王の能力が軍団長らに明らかにされたということなのだろう。彼らの驚きはそのような背景がある為だ。どうやら八大軍団長の中のヘリアン像には秘密主義者の面があるらしい。


「まあそれはいい。まず、ここが我々の知る大地ではないということについては理解してもらえたと思う。次にハーフエルフの国……ラテストウッドから得られた情報についてだ」


 エルフの中でも特に純血主義の強い者たちが多く住む、ノーブルウッド。

 差別されているハーフエルフを中心に、弱小種族が寄り集まって出来た小国、ラテストウッド。


 この二国が戦争状態にあり、ノーブルウッドの宣戦布告無しの奇襲によりラテストウッドが圧倒的不利な状況にあることを伝える。


 また、ノーブルウッドに所属するエルフから攻撃を受けたものの、追い払うに留めたので決定的な敵対関係にはなっていないこと。

 ラテストウッドの指導者であるレイファと面識を得たこと。

 ラテストウッドとは(おおむ)ね良好な関係を築くことに成功したものの、反乱発生により抜け出すような形で別れた為、何らかの良からぬ疑念を抱かれている可能性があること等々、今現在で知り得た情報について共有化を進めていく。


「我々は彼らから様々な情報を得た。しかしそれは十分ではない。何より、我々に抵抗しうる勢力が周囲に存在するのかどうか、まるで情報が足りていない状態だ」


 ラテストウッドについては、アルキマイラの現有戦力でどうとでもなる見通しが立ったが、ノーブルウッドについてはどの程度の戦力を保有しているのか全く判っていない。


 また他の勢力の存在については、エルフ族の他の国や、人間の都市があることが判明しているが、それらについては接触すら出来ておらず規模どころか位置すらも不明な状況にある。


「これは由々(ゆゆ)しき事態だ。我々の立ち位置と長期的方針を定める為には、更なる情報が必要である事は明確である」


 状況を説明しながら各団長の反応を視る。

 演説の練習を兼ねてあえて演出気味な喋り方をしたが、八大軍団長らの反応は今のところ悪くない。悪くないと言っても“(いぶか)しげな視線を向けられていない”程度のことしか分からないが、ここまでは上手く話せていると思う。そう思いたい。


「では今後の短期的方針についてだ。とは言えやることは先日とほぼ変わらない。国の防備を固めつつ、周囲の勢力に我々の存在を感知させることなく情報収集を進める。ここまでは良いな?」


 否定の言葉は返ってこない。

 八大軍団長らは沈黙したまま首肯する。


「良し。ではその上での、軍団長及び各軍団の運用についてだが……第二軍団長バラン

「ハッ!」

「治安について状況はどうだ? 今のところ落ち着いていると報告は受けているが、お前の口から見解を聞きたい」

「ハッ。先日の反乱の一件により一時的な混乱はあったものの、反乱鎮圧とその後の顛末(てんまつ)の報を受け、現在は落ち着きを取り戻してございます。むしろ反逆者共の末路が程よい見せしめとなった為か、鎮圧後は小競り合いもぱったりと無くなりました。また、主上が城の貯蔵庫を開放された事により食糧問題も起きておらず、当面の生活は保証されておりますので、民草が今すぐ問題を起こす事はないでしょう」


 <貯蔵庫(アイテムストレージ)>とは<魔法の小袋(アイテムポーチ)>と同様の、亜空間収納能力を持つ魔法道具(マジックアイテム)のことだ。城の<貯蔵庫(アイテムストレージ)>には一年間籠城できるだけの食料を放り込んである。その一部を国民に開放したのだ。


 <貯蔵庫(アイテムストレージ)>は持ち歩きが出来ない――設置型アイテムなので動かせない――という欠点はあるが、その収納力は<魔法の小袋(アイテムポーチ)>を遥かに凌駕(りょうが)している。

 また城のそれはアルキマイラの技術の粋を尽くして製造した代物であり、保存の術式も当然付与されている。従って、当面は中身が腐る心配をする必要もない。

 何かの時の為に、と備えておいた食料備蓄が役に立った。


「ただ、一方で国民や軍のストレスが少々気がかりですな。我が軍団の部下の様子を見るに『自分たちの力では解決不能な重大問題を抱えている』という状況下にあることがストレスの元となっているようです。

 これまで我が国が直面した危機といえば、己の力で切り開くべきものばかりでしたもので。その点で言えば今回の転移問題は勝手が違いますな」

「……なるほどな」


 魔物の本質は力の信奉者(しんぽうしゃ)だ。

 アルキマイラの国民と言えど、そこは変わらない。

 ただその本質の上にアルキマイラの規律《ルール》といったものが被さっており、その結果、弱肉強食の理とは一線を画するモラルが生まれている。


 そこは先程のリーヴェとの会話でも確かめられたことではあるのだが、自分達の力でどうにもならない状況に陥っているという事実は、魔物である以上は多かれ少なかれストレスになるということなのだろう。


 問題解決への道筋がはっきりしているなら結果は異なるのだろうが、状況打開のための明確な方針を国が打ち出せていない状況ならば無理もない。


 かつて日本が大災害に遭ったときも似たようなことが起きたと聞く。

 事態解決の見通しが立たず、自分達の力ではどうにもならない状況に長期間晒されると、ストレスというものは加速度的に増加する。


 今すぐどうこうということはならないだろうが、事態解決が長引くほどに、この問題は深刻さを増すだろう。


「後は……住居の問題が発生していますな。元から首都に住んでいる国民はともかくとして、建国祝賀祭の為に首都に参集した者達には住むべき場所がありませぬ」


 諜報担当である第六軍団からも同様の報告を受けていた。

 一般の宿屋は既に満室で、元からある軍用の宿営地についても許容量を大幅に超えている。


「泊まれる場所が無い者達は、交代制で夜間見回り等の任に就き仮眠を取るに留めましたが、これも少々ながらストレスの原因になっております。

 無論、我らアルキマイラの魔物であればその気になれば数ヶ月単位での野宿も可能ですが、他にもストレスを感じる問題が多い現状を鑑みるに、何らかの手を打つ必要があるかと……」

「ふむ。他には?」

「ありませぬ。吾輩の見解は以上です」


 宿営地の問題については手が打てる。

 転移そのものの問題についてすぐに解決出来ない以上、他のストレス要因は出来るだけ取り除いておきたいというのはバランと同意見だ。

 仮設宿営地を建設すれば当場しのぎにはなるが、誰に任せるか……。


「ガルディ」

「……ハッ」


 第五軍団長のガルディが頭を垂れて返答する。

 その声には勢いが無く、気落ちしているように見受けられた。


「先日の反乱鎮圧ではご苦労だった」


 まずはねぎらいの言葉を送る。

 細かいことかもしれないが、上司と部下の円滑なコミュニケーションには大切なこと、らしい。薀蓄うんちく好きの教授がそう言っていた。


「……とんでもねえ。むしろ、むざむざと総大将を死なせちまいやした。言い訳の余地もありやせん。厳罰を覚悟しとります」

「そうか。では罰を下す」


 あえて淡々とした態度を保つ。

 唇を舌で軽く濡らしてから、一息に告げた。


「第五軍団長並びに第五軍団は、第七軍団長の指揮の下、仮設宿泊地の建設に着手せよ。治安における問題が発生した際には臨時で第二軍団の指揮下に入り、第二軍団長(バラン)の指示に従うこととする。……一時的とはいえ他の軍団長の指揮下に入ることについては言いたいことがあるだろうが、これを罰として命ずる。良いな?」

「なっ……」


 驚いたようにガルディが顔を跳ね上げた。


 ……やばい。罰が厳しすぎたか。


 あの出来事はどうしようもなかった、とは言わないが対処が非常に難しい問題であることについては理解している。

 だが信賞必罰の姿勢は王として必要だと思ってあえて罰を命じた。一方で理不尽な罰にならないように、比較的軽い内容を考えたつもりだ。


 だがガルティのこの反応は何だ。

 あまりにも予想外の言葉を叩きつけられたかのような顔をしている。

 もしかすると、軍団長であるにも関わらず国王側近リーヴェ以外の軍団長の指揮下に入れというのは、魔物のプライド的に屈辱に過ぎるのかもしれない。


 前言撤回したい思いに駆られたが、一度通告してしまった以上は押し通すしかないだろう。吐いた唾は呑めないのだ。如何にガルディの顔がマフィアのボスより怖かろうと、怖気づいた姿など見せられない。

 あくまで王様らしく、そう、王様らしく……。


「――どうした、返事が無いぞ? まさか不服とでも言いたいのか?」


 ……違うそうじゃない。


 まずい。

 明らかに高圧的過ぎた。

 王様らしく、を心がけたもののこれでは脅しだ。

 じわりと背中に嫌な汗が浮かび始める。


(……お願いだから今だけは黙って従ってくれ頼む後で必ずなんかフォローするから……!)


 ヘリアンがそう祈り始めた頃、ガルディは驚愕の表情をそのままに口を開いた。


「いや、不服なんてことは……けど、本当にそんなことでいいんですかい?」

「――そんなことだと?」


 ヘリアンは眼を細めて聞き返す。

 つまりは思っていたほどの罰ではなく、むしろ温情措置と受け取ってくれたということか。

 不服に思われていると感じたのは自分の勘違いだったらしい。


 ……良かった。


 思わず胸を撫で下ろしそうになったが、軍団長に見られていることを思い出し踏みとどまる。

 しかし、ヘリアンの返答をどう受け取ったのか、ガルディは厳つい顔面にダラダラと脂汗を流し始めた。


 ……こ、今度はなんだ?


「い、いや、失言だった! すまねえ総大将、そんなことなんて言ったのは取り消す! なにも宿営地の問題を軽く見てるわけじゃねえんだ!」


 慌てふためきながらガルディは再び頭を垂れた。

 何やら勘違いされている気がするが……罰として宿営地建設に回ってくれるならもうそれで良い。


「……解ったなら構わん。では次に、リーヴェ、エルティナ」


 呼ばされた二人の女性軍団長が面を上げる。

 両名の顔には厳しい表情がありありと浮かんでいた。

 罰については覚悟済みということらしい。


「レッドオーガの固有能力ユニークスキルは予測不可能のものだった。例外中の例外であった、と私は認識している。だが、お前達は護衛の任を帯びており、そして護衛対象が死亡したのもまた事実だ。現在の状況では謹慎等の罰を与えるわけにはいかないが……沙汰については後日下す。それまで、己の任を全力で果たせ」

「「ハッ」」


 二人は厳かに是の意を返す。


 ガルディにはちょうど良い仕事が転がっていた為に罰を兼ねて命じたが、この二人に対しては具体的な罰が何も思い浮かばなかった。


 軍団長級に対する罰と言えば、指揮権剥奪や謹慎、降格や場合によっては死罪もあるが、現在の状況ではいずれも適用するわけにはいかない。

 この危機の只中で軍団長二名分の戦力喪失など到底容認出来ない以上、この問題は先延ばしにするしかないだろう。


「次だ。他の軍団で何か大きな変化、或いは問題が起きたところはあるか?」


 八大軍団長は沈黙する。

 しばし待ったが誰も発言する気配が無い。

 ならば次だ。

 ボロが出ない内に手早く話を進めなければいけない。


「では今後の八大軍団長の役割について告げる。とは言うものの、第六軍団長以外については基本的に今まで通りだ。私は再びラテストウッドに向かうので、リーヴェとエルティナには引き続き私の護衛を命ずる」

「……ヘリアン様。恐れながら、それは」

「聞け。今現在、我が国にとってラテストウッドは唯一にして重要な情報源だ。そして旅人に(ふん)して接触し、かつ交渉については私が一手に受け持っていた以上、再びラテストウッドを訪れるならば私の存在は必須だ。違うか?」


 リーヴェとエルティナは悔しそうに俯いた。

 言いたいことは解る。戦闘能力のない足手まといな(ヘリアン)は玉座でじっとしておいて欲しい、といったところだろう。


 だが、何もせず玉座でふんぞり返って各軍団長の報告を待っていることなど不可能だ。国の命運を左右しかねない折衝役(せっしょうやく)を、自分以外の誰かに任せる勇気はまだない。それに、旅人としてラテストウッドに向かうのなら自分の存在が必須と言ったのも嘘ではない。紛れもない事実だ。


 ……レイファやリリファ達のことも気にかかる。


「それと――カミーラ」

「ハッ」


 ナイトメアクイーンの第六軍団長(カミーラ)が、真紅の瞳でジッと見つめてきた。


「お前も私と共にラテストウッドに来てもらう。旅の途中ではぐれた仲間という設定にするが、その辺りの細かい話は後ほど説明する。そしてお前の役割についてだが……私の護衛に注力する必要はない」

「……と、申されると?」

「お前にはラテストウッドの集落における、ありとあらゆる情報の収集を命じる。主に住民を通じた情報収集となるだろう」

「なるほど。つまり妾の専売特許と」


 (あで)やかな笑みを浮かべ、カミーラは了承の意を告げる。


「頼むぞ。言うなればお前はアルキマイラの耳だ。こと情報収集の分野についてお前ほど頼りになる者はいない。十分にその能力を発揮し、我が国の耳としての役目を果たしてくれることを期待する」


 告げると、カミーラはブルリと身体を震わせ、陶然(とうぜん)とした表情を浮かべた。

 そして粛々(しゅくしゅく)と頭を垂れながら「必ずや、そのご期待に答えましょうぞ」と厳かな面持ちで(だく)の意を告げる。


 ヘリアンがその返答に満足しながら頷いていると、他の軍団長らがジッと熱視線を送ってきた。


 ……なんだ?


 何かを期待するようなその視線。

 他の七人全員からの視線が集中し、若干気圧された。


「フフン」


 カミーラが他の軍団長のそんな様子を見て、まるで自慢でもするかように形の良い鼻を鳴らす。すると、他の軍団長らの視線に籠められている熱量が増した。


 後は二言三言告げて解散で良いかと思っていたが、七対の瞳に射抜かれたこの状況ではそうもいかない。

 何を期待されているのか……としばし考え、もしやと思い至る。


「……リーヴェ。国王側近として私と同じ時間を共有してきたお前は、我が国の瞳だ。私と同じ時を刻み、同じモノを見届けてきたお前は、最も私の考えを理解していると思っている。これからもアルキマイラの瞳として、その全てを私と共に見届けてくれることを願っている」


 告げると、熱視線が六つに減った。

 どうやらこれで正解だったらしい。

 内心で慌てながらもフルに頭を働かせ、それぞれの軍団長に相応しい比喩表現を脳裏で検索する。


「バラン。あらゆる武装を使いこなし、数多の敵を(ほふ)るお前はアルキマイラの爪だ。今後、何が起こるとも分からん。有事の際にはその爪が十全に振るわれるものと期待する。


 エルティナ。治療や支援の役割は勿論のこと、内政の中核を担い、他国へとその威を知らしめるお前はまさにアルキマイラのたてがみだ。今後の他国との交渉でも、その美しきたてがみは遺憾なく威を示してくれることだろう。


 セレス。飽くなき探究心で真理を追い求め、その果てに魔導を(きわ)めたお前はアルキマイラの舌だ。こと広域殲滅においてお前の右に出るものはいない。また、研究や解析といった知的分野についても大いに頼りにしている」


 喋りながら比喩を探す。

 感慨深げな軍団長達の様子から、言い(よど)むことも下手な比喩も許されないことがよく理解できた。


 懸命に頭を働かせる。

 ここまで使ったのは耳と瞳と爪とたてがみと舌だ。


 咄嗟のことだったが、たてがみは我ながらよく思いついたものだと思う。

 守り的な意味で腕にしようかとも思ったが、腕は他に相応しい軍団長がいるので彼女に使うわけにはいかなかった。

 また、国威を示す仕事に最も尽力してくれているのは、内政の中核を担うと共に外務も担当しているエルティナだ。そういう意味で鬣は彼女に良く似合っている。


 残り三人。残された部位は……。


「ガルディ。誰よりも突き抜けた剛力と巨体を誇るお前はアルキマイラの腕だ。陣地構築や大規模開拓等ではお前の軍団の力は必須であり、またその豪腕の前にはどんなに堅牢な城塞であろうと砕けぬものは無いと私は信じている。


 ロビン。超大国たる我が国の巨躯を、数多の道具により支えるお前達はまさにアルキマイラのあしだ。他の追随を許さない最先端技術で生み出された武具は、我が軍に更なる力を与えてくれている。また、お前達の存在無くして民の豊かな生活が成り立たない事を、私は誰よりも知っている。


 ノガルド。名立(なだ)たる竜を束ね、空という戦場を支配するお前はアルキマイラの翼だ。どのような敵を相手にしようとも、その尽くを殲滅する戦闘力は絶大の一言に尽きる。これからも我が国の最大火力として、その力を遺憾なく発揮してくれ」


 なんとか言い淀むこともなく言い切った。

 軍団番号順に、瞳、爪、たてがみ、舌、腕、耳、脚、翼。

 付け加えるならば国民が(からだ)で、自分が頭といったところだろうか。

 期せずして一匹の獣に例える事になったが、それぞれの軍団の役割に応じた部位を連想できた筈だ。


 熱視線が無くなったのは、各々がきちんと納得してくれたからだと信じたい。

 とにかく、これで現在の状況の情報共有と、今後の方針と各軍団の当面の仕事については割り振れた。もう十分だろう。これで謁見を終わりにする。終わりにしたい。頼むからもう終わらせてくれ。


「では行動を開始しろ。我が国は未だ危機の只中にある。それを踏まえた上で、各々が役割をしっかりとこなしてくれるものと期待する。以上だ」

「――ハッ!」


 八つの声が唱和で響く。

 その音を背に、ヘリアンは厳かな足取りを意識しながら謁見の間を立ち去った。


 ……余談だが、第六軍団長のカミーラが、ちょっとしょんぼりしたような空気を醸し出していた。




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