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第十八話  「弱者と強者」

 ロールプレイ、という言葉がある。

 自分で作った設定を演じるというものだ。


 このゲームのプレイヤーというのは文字通り一国一城の主であるわけで、それが軽い口調でチャラチャラ話しているようだと世界観的によろしくない。


 別にそんなことは気にしないというプレイヤーも多かったが、各ワールドの覇者となるような上位層にはこだわり派が多く、程度の大小はあれどキャラにあった話し方や素振りをするよう心掛けている者が少なからず居た。


 そしてワールド№3の覇者であるヘリアンもまたその例に漏れず、王様らしい振る舞いを意識してプレイするようにしていた。

 ガチのロールプレイではないものの、例えるならば『メイド喫茶店員のメイドっぽさ』と同程度以上には王様らしくしてきたと言えよう。

 そんなわけで、ネットで調べれば判るような浅い知識ではあるものの、それらしい振る舞いというものは身につけているのである。


 ……なにが言いたいのかと言うと、テーブルマナーを勉強しておいて本ッ当に良かったと言うことだ。


「前菜、イクシオサーモンのカルパッチョで御座います」

「……うむ」


 粛々と、気品のある仕草で白磁の皿が差し出される。

 皿を置く音どころか微かな歩行音すら聞こえなかったのはプロの為せる技だろうか。これで給仕される側(ヘリアン)がカトラリーの扱い方すら知らないようであれば、傍に控えている給仕人から侮蔑(ぶべつ)の視線を頂戴していたであろうことは想像に(かた)くない。


 しかしゲームでは気にならなかったが、給仕人に囲まれながら食事をするというのは相当に重圧プレッシャーがかかるものだった。

 現実世界の上流階級の人間は毎日こんな目に()っているのかと思うと、心の底から感心する。お貴族様だとかは下々の人間の視線など気にもならないのだろうか。


 味を感じる余裕も無かったが、どうにか食事自体はミスなく済ませることが出来た。リーヴェがやたらと世話を焼こうとしてくるのには少々困惑したが、取り()えず腹は膨れたので良しとする。


 そして食後の紅茶が運び込まれた際に『後はリーヴェだけで十分だ』と告げて給仕人を退出させた。せめて紅茶ぐらいは、人目を気にせずゆっくり味わいたい。


 それにリーヴェだけで十分というのも本当だ。

 彼女には戦闘系以外にも様々な技能スキルを習得させている。伊達に国王側近に任命しているわけではないのだ。

 専門職にはさすがに負けるものの、給仕も可能なのである。


「……旨いな」


 紅茶を口にして、思わず呟いた。

 まず感じたのは(ほの)かな香り。口に含めば深い味わいが舌を柔らかく包む。そのまま喉に迎え入れれば心地よい熱が胸へと流れ落ちた。


 ゲーム[タクティクス・クロニクル]で飲んだ際には、ここまでの味覚表現は無かった。

 現実世界に悪影響を及ぼさないよう規制されているので当然だが、例え一切の規制が無かったとしても、これほどの味わいを表現することは出来ないだろう。

 さすがは王室御用達の紅茶だな、と寂しく微笑む。


 一通り紅茶を楽しむと、少しホッとした気分になった。

 思えば転移してからずっと神経を張り詰めっぱなしだった。先程の食事中もまるで気が抜けなかったので、随分と久しぶりに気を緩められた気がした。


 ふと、(かたわ)らに立つリーヴェを見る。

 そういえば彼女は部屋に居たままだったが、ヘリアンは自然体で紅茶を楽しむことが出来た。


「……?」


 視線を向けられたリーヴェは意図を伺うかのように瞳を瞬かせた。

 そんなリーヴェを見て、ヘリアンはカップを受皿(ソーサー)に戻し、柔らかな椅子の背に体重を預ける。


 ……思えば、リーヴェは転移後も常に傍にいてくれた。


 国王側近なので当然だと言われてしまえばそれまでだが、それでも彼女はヘリアンと共に行動し、力を貸し続けてくれている。


 転移後の混乱の最中で自軍団を取り纏め、王と軍団長の間を取り持ち、国外の探索任務に従事し、ハーフエルフの集落では炊き出しも行ってくれた。

 反乱が発覚した際には最速でヘリアンを城へと送り届け、その後も護衛に看護に給仕にと縦横無尽に働いてくれている。


 ヘリアンがそう(・・)望んだから、彼女はそう(・・)してくれたのだ。


「――リーヴェ」

「ハッ」

「これから私はお前に対して一つの質問をする。意図が分からないかもしれないが……思うがままに答えてくれ」

「承知しました」


 一つ、確かめるべきことがある。


「お前は……弱者をどう思う?」




    +    +    +




「弱者、ですか」


 リーヴェは若干戸惑ったように瞳を揺らした。


「そうだ。自分より力の弱い者……そうだな、例えば昨日助けたレイファについてだ。彼女の事をどう感じた?」

「レイファ=リム=ラテストウッドについて……ですか」


 リーヴェは視線を下に向けてしばし思考した。

 ややあってから考えがまとまったのか、顔を上げ、真っすぐな瞳をして彼女は口を開く。


「強者だと感じました」


 しかし、それはヘリアンにとって想定外の答えだった。

 戦力観点における弱者として例を挙げたというのに、返ってきたのは真逆の言葉だ。


「……強者? 私の見立てでは、レイファの戦闘能力はお前よりも随分と劣っているように感じたが」

「はい。仰る通り、戦えば私が勝ちます。千度戦えば千度私が勝つでしょう。それはレイファ=リム=ラテストウッドも理解していました。しかしながら、それでも彼女は卑屈に振る舞うことなく、対等に我らと向かい合っておりました」


 森で魔獣からレイファを助けた時のことだ。

 あの時、レイファは自分より圧倒的に強い力を持つリーヴェとエルティナを前にして、僅かたりとも目を逸らさなかった。戦闘能力の観点では圧倒的に弱者でありながら、強者である旅人一行と対等に向き合っていたのだ。


「更に集落に辿り着いた後、レイファ=リム=ラテストウッドは相当な疲労を抱えている様子でしたが、それでも休むこと無く集落の人々を纏め上げておりました。

 望まぬ戦争を起こされ、圧倒的劣勢の只中にあって、それでもあの集落の者達が絶望に至っていないのは(ひとえ)に彼女らの振る舞いによるおかげでしょう。弱き身でありながら真っすぐに立ち続けるその様を見て、私は彼女を強き者であると感じ取りました」

「……在り方自体が強い、ということか」

「はい」


 少なくとも、リーヴェは戦闘能力のみでその人物の価値を判断するわけではないらしい。だが『弱者』そのものについてどう思っているのか、どのような価値観を抱いているかがまだ分からない。


 更に踏み込んで問う。


「だが戦闘能力の観点から言えば彼女はお前にとっての弱者だぞ。弱肉強食の理で考えたりはしないか? いかに心が強くとも力を持たない弱者ならば、自分より劣った存在だとは思わないか?」


 少なくとも、ゲーム[タクティクス・クロニクル]における野良魔物の設定としてはそうなっていた。


 魔物の世界とは、つまり弱肉強食の世界だ。

 強ければ生き、弱ければ死ぬ。

 それが摂理であり“弱い方が悪い”が魔物達の常識であったはずだ。


 ならば手塩にかけて育ててきたとはいえ、魔物であることに変わりのないリーヴェの常識も“そう”ではないかという疑念をヘリアンは抱いていた。

 しかし、


「いえ、特には」


 と、リーヴェはあっさりとした口調で首を横に振った。


「確かに魔物の一般的な考えとしては“強さは尊く弱さは罪”となるのでしょうが、私自身はそのようには思いません」

「何故だ?」

「私がアルキマイラの魔物だからです」


 さも当然のように即答された言葉に。

 思わず、ヘリアンは息を呑んだ。


「黎明期の頃の私はか弱い魔物でした。弱肉強食の理において、私はさほどの価値もなかったでしょう。しかし、ヘリアン様は私を見捨てることなく、ここまで育て上げてくださいました。

 そんな私が弱者を喰い物にしようなどと(のたま)うのは、ヘリアン様に対する冒涜でしかないでしょう。故に、私が従うべきは弱肉強食の理にあらず、ヘリアン様が布かれたアルキマイラの理であると確信致します」


 答えるその声に嘘偽りの響きはない。

 少なくともヘリアンにはそう感じられた。

 その琥珀色の瞳は、今も真っすぐにヘリアンの姿を映している。


 ヘリアンはしばしリーヴェの瞳を見続けた後、(おもむろ)に腕を組んで目を閉じた。


「――そう、か」


 吐息と共に言葉を零す。

 確かめるべきことを確かめられた。

 ヘリアンと共に同じ時間を刻み続けてきた第一の配下(リーヴェ)は、ヘリアンが欲しかった通りの答えを返してくれた。


「そうなのか」


 なら決めた。

 もう、決めた。




 ――今後、リーヴェだけは疑うまい。




 ゲームでは【反乱】という仕組みがシステムとして存在した。

 そしてそれは実際に一度発生し、オーガ一派は魔物としての常識に従って弱き王を廃そうとした。

 今回の反乱はあっさりと鎮圧されたが、ヘリアンが王足り得ないと判断されれば再び反乱が起きるだろう。


 軍団長が反乱しないとも限らない。

 そうなれば軍団長が指揮する各軍団も合わせて蜂起することだって考えられる。

 それがなくとも、“戦いは数”と“一騎当千”が両立する[タクティクス・クロニクル]では、数人の軍団長に裏切られただけで一気に国家存亡の危機だった。


 だが、一方で全てを疑って行動することなど出来ない。

 全ての軍団長を疑ってかかっては、まともな軍の運用など出来ないだろう。

 裏切られるかもしれないと怯え、配下の顔を伺いながら国を運営したところで、いつか必ず破綻する。それは緩やかな自殺でしかないだろう。


 だからヘリアンは決めた。

 全配下の中で唯一、リーヴェに対しては“裏切るのではないか”という疑いを抱かないと決めた。


 ヘリアンの目からはリーヴェは忠臣に見える。

 ヘリアンが全配下の中で最も信頼しているのは彼女だ。

 彼女は[タクティクス・クロニクル]を始めてから、ずっと付いて来てくれている最古参の一人だ。

 エルティナやバランも最古参の軍団長に該当するが、国王側近の役割を与えられたリーヴェだけが、[タクティクス・クロニクル]を始めてから今日まで、常にヘリアンと共に在り続けたのだ。


 だから信じる。

 リーヴェだけは信じる。


 それにどの道、このリーヴェにすら見限られるようであれば、この先自分が魔物達の王として君臨し続けることなど到底不可能だろう。


「よく分かった。下らんことを訊いたな。許せ」

「い、いえ。下らないことなどとは……」

「そういうのはいい。今ここには、私とオマエしかいないのだから」


 告げると、リーヴェの背後で白いものがバッサバッサと動き始めた。

 言うまでも無く彼女の尻尾だ。フサフサのそれが左右に勢い良く振られている。

 一方で表情はと言えば、無表情に近い澄まし顔をしていた。


 ……多分、自分では冷静沈着のつもりなんだろうな。


 どこか微笑ましさのようなものを覚えて、少し笑えた。

 尻尾を振り始めた理由はいまいち判らないが、彼女の機嫌が良いに越したことはない。


「そういえば……身体の調子はどうだ? 私が死亡したことによる影響が出ているだろう」


 まだヘリアンが死亡してから24時間が経過していない。

 あと数時間の間は、全ステータスが2ランク減少ダウンしたままのはずだ。


「体調はさほど問題ありません。確かにお亡くになられたことによる能力減少は感じておりますが、私はヘリアン様の傍に居てお力を頂いておりますので……」

「……ああ。なるほどな」


 プレイヤー自身には何の戦闘能力もないが、配下を強化する能力はある。

 リーヴェが言っているのは〈王軍〉という名の、国外探索の際にも効果を発揮していた、プレイヤーの約五十メートル程度の近接範囲内に存在する全配下のステータスを1段階向上させる能力のことだ。2ランク弱体化のペナルティはあるものの、1段階強化の能力により、体感的に幾分か相殺されている状態ということだろう。


 類似能力として、約一キロメートルの範囲内に存在する全配下に対し、最も低いステータスを1段階向上させる能力もあるが、効果の重複はしない。


 他に、戦闘関連ではもう一つだけ、配下の力を引き出す能力がある。


「リーヴェ。ここでも〝紅月ノ加護〟は使えるのか?」

「それは……はい、使えますが」

「そうか。なら試したいことがある。今此処(ここ)で使って見せてくれ」

「承知しました」


 配下の力を引き出すプレイヤー専用能力。

 それは、王の半径五十メートル以内にいる配下のみ<秘奥>を使用出来る、というものだ。


 ここで言う<秘奥>とは、いわゆる必殺技だとか切り札だとか極大魔法などと呼ばれるものの総称だ。高威力の攻撃を行ったり、特別な効果を発揮する能力を使用できる。


 但し(プレイヤー)の許可が無ければ使用することは出来ず、また使用時には王の【生命力】が一定量削られるという代償がある。

 中には圧倒的不利な戦況をひっくり返すことのできる<秘奥>もあるが、そういった類のものは大抵一発で【生命力】を全損するか、もしくは【生命力】の最大値そのものを削るので乱発は出来ない。


 また王の【生命力】はゲーム初期から一律だ。最大値を増やすことが出来ない以上、プレイヤーにはここぞという使い所を見極める技術が求められる。いわゆるプレイヤースキルというやつだ。


 ちなみに〝紅月ノ加護〟は<秘奥>の中でも使い勝手が良い。

 自分自身リーヴェの全ステータスを強化するという単純な効果で、王の【生命力】消費量も1割以下と低コストだ。検証には丁度良いだろう。


「では、使用します――〝紅月ノ加護〟」


 リーヴェの全身から赤い燐光が立ち昇る。

 〝紅月ノ加護〟が発動した証だ。

 リーヴェの身体に力が(みなぎ)り、一時的な高揚感と万能感が彼女の身を満たす。


 ――同時に、ヘリアンの身にも異変が起きた。


「……ッ、カ、ハ」


 身体から大切な何かが引き抜かれていく。

 ヘリアンは咄嗟に胸を押さえつけた。そうでもしなければ、際限なく奪い尽くされるのではないかとの恐怖心に駆られたのだ。

 まるで内臓を素手で(いじ)くられたかのような(おぞ)ましい感覚。

 熱中症にかかったかのように目が眩み、視界が歪む。


「――ッ、ヘリアン様!?」

「だ、大丈夫だ……」


 悍ましい感覚は一瞬で通り過ぎていったが、目眩と倦怠感だけは今も残り続けている。考えてみれば文字通り“命”が1割近く奪われた状態なので、体調不良なのはある意味当然なのかもしれない。


 しかし1割でこれなら、8割消費の<秘奥>を使おうものならどうなってしまうのか。ましてやそれが戦争中ならば、と想像して血の気が引いた。


 ……事前に検証しておいて本当に良かった。


「それよりも、効果はどうだ。ちゃんと発動しているのか?」

「……はい、問題なく発動しています。今の状態ならば、巨人状態の第五軍団長(ガルディ)と殴り合っても勝ってみせます」

「そんな日が来ないことを祈ろう。軽く想像するだけでも周囲の被害が甚大過ぎる。……とにかく、確かめたいことは確かめられた。もう解除して良い」


 <秘奥>は乱用出来ない。

 それが身に沁みてよく分かった。

 [タクティクス・クロニクル]の時よりも、より慎重に使う必要があるだろう。


 まだまだ調べたいことはあるが、死亡した所為(せい)で既に丸一日近くを無駄に消費している。悠長に検証をし続けられるような余裕はない。


 ハーフエルフの国、ラテストウッドの集落のこともある。

 急に集落を飛び出してしまったので、何らかのフォローをする必要があるだろう。日にちを開ければ、要らぬ疑惑を与えかねない。

 二度と関わらなければそのような心配は不要だが、未だこの世界について無知なアルキマイラにとって彼等は重要な情報源だ。友好関係を保つ必要がある。


 出来れば即座に行動を再開したい。

 しかし焦りは禁物だと自分に言い聞かせる。

 目眩と倦怠感は徐々に症状が軽くなってきたが、それでも体調不良のまま歩き回った所で脆弱なこの身体(からだ)が耐えられるとは思い(がた)い。【生命力】は時間経過により回復する筈だが、この分だと恐らく数時間はかかるだろう。

 デスペナルティがまだ五時間残っていることもある。行動するなら、デスペナルティが明けた五時間後が現状でのベストな選択肢な筈だ。

 と、来れば――。


「リーヴェ。これから五時間後に各軍団長との謁見を執り行う。現場の手が離せない軍団長を除き、全軍団長に集まるよう伝達せよ。その後、お前は休息を取れ」

「ハッ、伝達について承知致しました。しかし、私の体調は特に問題ありませんので休息は不要です。このまま御身の守護に就かせて頂きます」

「駄目だ。お前は昨日から働き通しだろう。何かと便利に使っている私が言うのもなんだが、少し休め。その間の護衛は魔導鎧人リビングアーマーだけでいい」

「しかし……」

「命令だ。五時間後のお前に万全の体調でいてもらわなければ私が困る」


 少し卑怯な言い方だとは思ったが、働かせっぱなしなのは事実だ。

 この後も命を預けることになるのだから、彼女には休息を取ってもらわないとヘリアンとしても困る。


 ややあってから折れてくれたのか、リーヴェは「承知致しました」と粛々と頭を下げた。最後に紅茶を入れ直した後、扉前で一礼をして退出していく。


「さて……」


 残り五時間。

 今すぐベッドにダイブして寝てしまいたい誘惑にかられるが、そうもいかない。

 それなりに睡眠欲はあるが、未だ国が落ち着いていない状況にあっては悠長に寝ている暇などない。


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウを表示させて<拠点情報(ベースステータス)>を閲覧すると、先程より幸福度が低下していた。誤差のようなレベルだが、それでも下がっていることに変わりはない。転移現象により国民がストレスを感じている状態が続いている為だろう。


 このまま放置しておけば、緩々と幸福度は下がり続ける。そして幸福度減少が最終的に行き着く先は反乱だ。まだまだ安全圏でかなりの猶予があり、今すぐどうこうということは無いだろうが……傷が広がる前に対策を打つ必要がある。


 ベストな対策としてはストレスを感じる原因そのものの排除だ。

 とは言え、今すぐ元の世界に帰れるわけでもなし、失った領土が今すぐ取り返せるわけでもない。むしろ元の場所に帰れるなら、ヘリアンは今すぐにでもそうしている。


 しかしそれが叶わない以上は次善の策を取るしか無い。

 こういう場合は、演説イベントを行って国を落ち着かせるのがベターな手段だ。


「……うん? 演説?」


 ふと思う。

 [タクティクス・クロニクル]での演説イベントでは、ある程度の<鍵言語(キーワード)>を口にして、後はそれなりな言葉を喋っていれば演説成功と判定されてイベント効果を得られた。そしてゲームとは大抵攻略方やテンプレがあるもので、使うべき<鍵言語(キーワード)>もある程度決まってくる。


 従って、演説イベントでは毎回同じような<鍵言語(キーワード)>の組み合わせを使用して、後はヘリアンがその場のノリで適当な言葉をくっつけて喋っていただけだった。


 しかし、この世界での演説ではそうもいかない。

 <鍵言語(キーワード)>が意味をなさなかったことは、執務室でのリーヴェとの会話などで既に確認済みだ。故に、演説をするならば<鍵言語(キーワード)>を当てにせず、その全てをヘリアンの言葉で語らなければいけない。


 ヘリアン自身の言葉で、国民の感情を揺り動かすに足る演説を行わなければいけないということになる。


「いや、無理だろ……」


 出来る気がしない。

 だが今後、演説の機会が多かれ少なかれ巡ってくる事は確実だ。

 例えば――考えたくもないが――戦争が行われる際には戦意高揚の為の演説をしなければいけない。今この問題から目を背けたところで、問題の先送りにしかならないだろう。


「……けど、演説って言ってもどうすりゃいいんだよ……」


 最低でも国民の感情に訴えかけ、賛意を得る必要がある。

 それでいて魔物の王としての威厳を保たなければいけない。

 出来れば『この王であれば付いていきたい』と国民に思わせることが出来ればベストだ。


 言うまでも無くその難易度は非常に高い。

 だが、やらなければならない。

 そんな名演説の台本が自分の頭ですぐに浮かぶとは思えないが……。


「待てよ? なにも自分で一から考える必要はないのか?」


 既存の名演説ならば、幾つか知っている。

 漫画やアニメの知識が殆どだが、それでも心動かされた演説というものはあった。それが史実であろうが創作物であろうが、良いものは良いのだ。

 少なくとも、ヘリアンが幾つかの演説シーンを見たときには心痺れるものがあったのは確かだ。それを参考にするというのは悪くない手に思える。


 記憶を掘り返す。

 聞く者の感情に訴えかけ。

 指導者としての威厳を示し。

 それでいて『この人に付いていきたい』と思わせられる名演説の数々を。


 ……。

 …………。

 ………………。

 ……………………ふむ。





「――国民たみよ、私は戦争が好きだ」





 馬鹿かな?

 馬鹿なのかな俺は?

 どうしてよりにもよってこれを選んだ。

 名言であることは欠片も否定しないが戦争(あお)ってどうする。


「……と言うか、真っ先にコレを思い浮かべるとか……本気で頭大丈夫か、俺」


 [タクティクス・クロニクル]のプレイヤーである以上は、多かれ少なかれ皆戦争好きだ。それは否定しない。

 しかしヘリアンのプレイスタイルとして、己の持てる力をぶつけ合い確かめ合うような戦争は大好きだが、弱国を一方的に殲滅したり他国を無差別に巻き込むような戦争はむしろ嫌いだった。

 戦争にもルールはある、がヘリアンの信条なのである。


 従って、覇王になるつもりなど無いヘリアンの方針としては、如何に名演説とはいえ戦争狂いの少佐殿の名言など間違っても使えない。

 確かに心が躍る素晴らしい演説ではあるのだが、国家滅亡待った無しだ。


「他には……公国の総帥とか?」


 あえて言おう。雑魚であると。

 ……戦争を煽るという意味では少佐と一緒だ。


「総帥その2」


 諸君らが愛してくれた王は死んだ。何故だ。

 ……俺が間抜けだったからとしか言いようがない。あるいは事故。


「赤くて三倍早い人」


 私はこの場を借りてアルキマイラの遺志を継ぐ者として語りたい。

 ……既に国が滅んじゃってるじゃないか。


「…………疲れてるのかな、俺」


 あまりにチョイスが酷すぎる。

 自分の馬鹿さ加減に頭を抱えた。

 これならばいつもやっていたような、その場のノリで作った即興演説のほうがまだマシな気がする。


「本気でそっちを検討すべきか……」


 少し考え方を変えてみよう。

 <鍵言語(キーワード)>を使っても意味が無いと思うのではなく、<鍵言語(キーワード)>に縛られる必要が無いと考えればいい。


 そう考えればかなり自由度は増す。

 ゲーム時代は<鍵言語(キーワード)>以外の演説部分は大して意味が無かったが、ロールプレイをしている以上はそれなりに聞ける文面を考えて演説していた。

 しかし幾つかの<鍵言語(キーワード)>を入れて、なおかつ自然な文章にしようと思えば、自由度はその分狭まる。そこにヤキモキしたこともあるぐらいだ。


 だが今は何の縛りもない。

 あくまで各々の名演説は参考程度に留め、そこから自分の言葉で文面を構成していけば良いだろう。それこそ、民衆を前にした演説キャラになりきった気分で文章を考え抜けば、それなりの文章は作れる筈だ。


 空想ならばお前の得意分野だろう、と自分に言い聞かせる。

 いつものロールプレイの延長線上だと考えてみれば、少しだけ気が楽になった。


 体調は万全とは言い難い。

 精神状態もあまりすぐれない。

 けれど頑張って考えてみよう。

 それが、アルキマイラの国王であるヘリアンに課せられた仕事なのだから。




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