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第十三話  「反乱」

 ヘリアンは即座に行動した。


 集落を後にした一行は現在、ヘリアンの<地図(マップ)>と、森への地形適性が高いエルティナの誘導を頼りに、最短ルートで国へ帰還すべくひた走っていた。


 集落の外で待機していた隠密兵も一行を追尾してきているが、敏捷性に優れる彼らであっても、軍団長クラスの速度にはさすがに敵わない。同じ帰還ルートを辿っているものの、両集団は殆ど分断されているような状態だ。


 高速移動が出来ないヘリアンは、再びリーヴェに抱えられている。

 プライドなどはとうに捨てた。そんなつまらないものにこだわる余裕はない。一刻も早く国に帰還する必要があった。


『マジックアイテムに仲間からの救援要請が入った。仲間と合流しなければいけない。急ぎ辞する事を許してほしい』


 レイファに対し、そのような旨を矢継ぎ早に告げるなり、ヘリアン達は集落を飛び出た。


 予定していた穏便な別れ方かと言うと微妙もいいところだったが、仕方がない。多少怪しまれてもいい。それはまだ取り返しがつく。だから今はこちらだ。自国の問題について、全力を尽くさなければいけない状況に陥っているのだ。


 第二軍団長のバランには『玉座を死守しろ。私が戻るまで絶対に玉座に触れさせるな』とだけ命令を伝えている。


 玉座だけは取られるわけにはいかない。

 反乱成功の条件が玉座喪失により即達成されるわけではないが、様々なデメリットが発生してしまうのだ。


 まず、ヘリアンがプレイヤーとして所持している能力の多くが使用不可になる。

 例として<地図(マップ)>や<通信(チャット)>などといった支援仮想窓(ウィンドウ)の殆どが使えなくなり、軍団長らと連絡を取り合うことも困難になってしまう。


 更に国民全体の【幸福度】や【士気】が継続的に減少し、別途【支配力】が激減する。そして反乱が起きて都市を奪取された後、反乱軍の【支配力】が国王ヘリアンの【支配力】を上回った場合、その都市の支配権が反乱軍に奪われてしまうことになる。


 しかも今回の反乱が起きているのは、衛星都市ではなく首都だ。国の要だ。これが反乱軍により制圧され、幾つかの条件を満たして支配権を奪われた際には【革命成功】と判定される。




 そうなれば終わりだ。

 国の終焉だ。




 人間の王(プレイヤー)が治める国としては【滅亡】となり、該当プレイヤーのゲームデータが完全に削除される。


 このゲームにセーブポイントなどという優しい概念は無い。革命の成功とは即ち、完全なるゲームオーバーを意味した。


「ちくしょう……ッ!」


 ヘリアンは声を絞り出す。

 何故だと叫びたい。話が違うと喚きたい。

 第二軍団長バランを残してまで治安維持を優先したのに、反乱が起きるなんて詐欺だ。

 治安は保てていると言ってたじゃないか。転移で浮足立っていたのだって、第二軍団長と第五軍団長の働きで落ち着かせたと言っていたじゃないか。

 それに加えてリーヴェとエルティナ以外の全軍団長を残してきたというのに、なんでこんなことになる。


 ――裏切ったのは誰だ。


 バランは味方だ。

 もしバランが裏切り者なら、ヘリアンからのメッセージなど無視して玉座を狙えば良いだけの話だ。反乱が発生したことを伝える必要など、何処にもない。

 リーヴェとエルティナも、裏切りの気配は無い。裏切るなら今此処でヘリアンを殺せば良い。しかしそうはせず、国元に全速力で戻ろうとしてくれているからには、間違いなく味方だと断言できる。


 第一軍団長、リーヴェ=フレキウルズ。

 第二軍団長、バラン=ザイフリート。

 第三軍団長、エルティナ=ヴェルザンディ。


 黎明期からヘリアンと同じ道を歩み続けてきた“始まりの三体”。

 現状、確実に信用出来るのはこの三体だけだ。


 ……ならば他の軍団長はどうだ? 


 軍団長の中には人物特徴に【自分勝手】や【エゴイスト】を持っている者がいる。それに加えて性質傾向に【混沌】を持っている者もいた。


 人物特徴がキャラクターの性格や行動パターンに詳細な影響を与えるのに対し、性質傾向は大筋の方向性という形で影響を与える。


 例えば性質傾向に【調和】を持つエルティナは、配下同士の軋轢を解消させるといった良い影響を及ぼす行動を好む。一方で【混沌】は他への影響を軽視、あるいは無視して、突拍子も無い行動を起こす可能性がある。


 更に、軍隊長の中には一体だけだが性質傾向に【悪】を持つ者すらいる。【悪】特有のレアな固有能力(ユニークスキル)を習得しやすいという特徴がある一方で、えげつない行動を選択しやすい傾向にあった。


 ……コイツらは要注意だ。何を考えているか分からない。


 リーヴェであれば、一対一の近接戦闘に持ち込めばどうにかなる。

 伊達に国王側近として長年愛用しているワケではない。最も集中的に育てたリーヴェの総合レベルは、全配下の中でも随一を誇る。


 第七軍団長だけは、リーヴェですら近接戦闘に持ち込んでも危ういが、ヤツ本体を先に仕留めればいい話だ。それが叶わなくとも、ヤツ一人が裏切り者ならどうにでもなる。となれば問題は複数の軍団長が裏切った場合か。


 ……いや待て。何を考えているんだ俺は……ッ。


 まだ軍団長が裏切ったとは限らない。

 バランは『反乱が起きた』と言っただけだ。

 もしかしたら全軍団長が健在で、裏切り者は兵士の一部だけなのかもしれない。

 どうかそうであってくれ。頼む。軍団長だけは味方でいてくれ。


「ぐ……ッ!」


 祈りながら、リーヴェに必死にしがみつく。

 本気で走るリーヴェの乗り心地は端的に言って最悪だ。比喩抜きに世界が回る。


 つい先ほどなどは、恐ろしいことに地面が視界の上にあった。何度も天地を逆転させながら、木々の隙間を高速で駆け抜けていく。どんな挙動で走っているのかは分からないが、本当に速度だけを重視した疾走だった。


 これはリーヴェが搭乗者(ヘリアン)の状態を無視しているからではなく、他でもないヘリアン自身が最速での帰還を彼女に強制したからだった。そう命令した以上、ヘリアンは黙って殺人的な揺れと風圧に耐えるしかない。


 そしてヘリアンの時間感覚が狂い始める頃、一行は本国の大門に辿り着いた。


「第一軍団長リーヴェ=フレキウルズだ! 開門せよ! 今すぐに!」


 リーヴェが声を張って扉の守り人に告げると、ややあって大門が重い音を立てて開き始めた。開いていく僅かな隙間に身体を捻り込むようにして、リーヴェとエルティナは首都内へと飛び込む。

 目指すのは首都の中心地、アルキマイラの王城だ。


 景色が高速で後ろへと流れていく。

 ブレる視界だが、それでも火の手の上がった様子はない。

 損壊した建物は見当たらない。

 王の居城へ向けて侵攻する集団も見当たらない。


 だが油断は出来ない。

 反逆者は街のことなど、気にも留めていないのかもしれない。

 一目散に城を目指しているのかもしれない。

 既に城に侵入された後かもしれない。

 気ばかりが焦る。


 城門を潜って城に入るような悠長な真似はせず、リーヴェは城門前で跳躍した。

 月狼マナガルムとしての強靭な脚力が、リーヴェとヘリアンの身体を地上三十メートルの高さまで押し上げる。

 一拍して浮遊感。

 次いで内臓が底から持ち上げられるかのような、落下特有の感覚。

 下手なジェットコースターよりもよほどスリルのある感覚をヘリアンに与えながら、リーヴェは城の東テラスへ音もなく着地した。

 窓を蹴り破って城内へ進入。赤い絨毯を踏みつけながら大廊下を疾走し、そうしてようやっと玉座の間に辿り着いた。


 周囲に敵の姿はない。

 リーヴェが丁寧な手つきで、ヘリアンの身体を降ろす。

 ヘリアンはよろめきながらも、両の足で再び居城の地を踏んだ。


「状況は!?」


 扉が開かれるなり、ヘリアンは叫んだ。

 玉座の間に居たのは半獣を中心とした全身鎧の兵士集団。

 そして第二軍団長のバランだ。


 玉座は空いている。

 誰も座っていない。

 無事だ。

 間に合った。


「しゅ、主上……!?」


 バランと兵士達が、すわ乱入者かと咄嗟に構えていた武器を下ろす。


「状況はどうなったと訊いている! 玉座には誰も触れていないだろうな!?」

「――ハッ! ご命令頂きました後、即座に玉座の守護に就き、同時に精鋭部隊を参集致しました。何人(なんぴと)たりとも玉座には触れさせておりませぬ」

「他の軍団長は!?」

「反逆者に対応すべく、第五軍団長が自らの手勢と第六軍団の一部戦力を率いて、独自に行動中であります。他の軍団長は、引き続き王命に従い行動しております」


 軍団長は全員健在だということか。

 軍団長が誰一人として裏切っていない事実に、思わず胸を撫で下ろす。


 だが、第五軍団長のみが反逆者の対応をしているというのはどういうことか。

 何故他の軍団長は動かない。

 いくらヘリアンが出立前にそれぞれ指示を下していたからといって、こんな緊急時にまで愚直にその命令を守る必要などは――いや、ひょっとして違うのか?


 これは、もしかして、緊急事態ではないのか?


「反逆者の様子は? 反乱を起こしたのは誰だ?」

「オーガ共です。反逆者の頭目は……名前は特にありませぬな。珍しく赤い肌をしておりましたので、レッドオーガとでも呼称しましょうか」

「……オーガ?」


 第五軍団所属のか?

 いや、そういえば、オーガと言えば……つい先日攻め込んできた一派がいた。

 まさか。


「反乱を起こしたのは、つい先日併合したオーガの一派か?」

「はい」

「それ以外に反乱を起こした者は?」

「おりませぬ」


 安堵のあまり、フッと気が遠くなった。

 人目が無かったら、そのままへたり込んでいたかもしれない。


(……ああ、そういえば居たよ。混乱に乗じて反乱を起こしそうな奴らが)


 全軍団長が集まる建国祝賀祭の直前、というタイミングで無謀にも攻めて来た馬鹿が居たことをヘリアンは思い出す。


 軍団長を投入するまでもなく返り討ちにしたあたりで降伏されてしまい(・・・・・・・・)、渋々オーガ一派を併合したのだった。


 降伏を無視してそのまま皆殺しにすることもゲーム的には可能だったが、これまでヘリアンは降伏した敵は丁重に扱ってきた。ゲームのプレイスタイルとして、たった一度の例外を除けば、専守防衛を貫いてきたのだ。

 いくら建国祝賀祭の直前という水を差すタイミングに攻め込んできた無粋者だとしても、降伏されてしまった以上は彼等を併合するしか無かった。


 しかし、併合した直後の魔物は忠誠心や幸福度がゼロの状態なので、反抗心を削いでおかなければ何らかのバッドイベントに乗じて反乱を起こす事がある。


 建国祝賀祭のイベント効果で反抗心を削いでおく予定だったが、その建国祝賀祭を開催することが出来なかった為、オーガ一派の反抗心は全く減っていなかった。


 そこへ首都丸ごとの転移という、過去に類を見ない特大のバッドイベント。彼等が反乱に打って出る下地は、十分に出来てしまっていたというわけだ。


 だがヘリアンは安心した。

 心の底から安堵したと言っても良い。

 何故なら、反逆者がオーガ一派だけなら何の問題も無いからだ。

 ハッキリ言って、軍団長自らが出撃するまでもない。

 第五軍団長が直々に対処に乗り出しているとのことだが、それでも十分以上に過剰戦力だった。


 他の軍団長らが反乱に構わず各々の仕事をしているのも当然である。

 戦力差が歴然で負ける要素が見当たらない。

 彼我の戦力差を測る程度の知能がオーガにあれば、彼等も反乱など起こさなかっただろう。


(急いで戻る必要なんて無かったってことか……なんか、ドッと疲れた)


 せめて反乱を起こしたのが何者かぐらいは、事前に確認しておけばよかった。


 ヘリアンは国に戻る事を最優先にするあまり、バランに最低限の命令だけ伝えただけで状況確認を殆どしていなかったのだ。道中も移動の邪魔になる仮想窓(ウィンドウ)は全て閉じてしまっており、チャットも見れない状態になっていた。


 だがどう考えても、もう少し詳細な状況を訊くべきだっただろう。如何に自分が冷静で無かったかという話だ。あまりの醜態に頭を抱えたくなる。


「主上?」

「いや、何でも無い。少々疲れただけだ」


 緊張感から解き放たれたからか、今更のように疲労を思い出した足が震える。


 ただしがみついていただけなのに貧弱な、と言うなかれ。

 なにせ、そこいらの自動二輪よりもよほど早い速度を出しつつ、アクロバティックな挙動に振り回され続けたのだ。その負担たるや、ヘリアンの想像より二段階は上を行った。


 リーヴェの身体に目一杯に密着して、振り落とされないようにするだけでも必死だったのだ。


「む? リーヴェ、気のせいかお主、なにやら機嫌が良さそうだな」

「……何を言っているのだバラン。反逆者が取るに足らない雑魚だということは分かったが、今なお反乱が起きている最中だぞ。そんな状況で事もあろうに機嫌が良さそうなどと、お前らしくもない妄言だな。一体どこをどう見ればそうなるのだ」


 澄ました顔でリーヴェはそんな台詞を口にする。

 瞳に宿る色は冷徹そのものだが、そんな冷静沈着な国王側近さんの後ろでは、フサフサの銀尻尾がバッサバッサと振られていた。


 『どこをどう見れば』と問われれば『そこの尻尾を見て』と返すしか無いと思うのだが、リーヴェ本人は無自覚らしい。バランは微妙に困った顔をしていた。


 ……まあ良い。

 何故機嫌が良いのかはヘリアンにも分からなかったが、緊急事態ではないことが解ったのでリーヴェの緊張感がなかろうが咎める気は無かった。


 疲労感が凄すぎて、そのようなものは些事としか思えない。


「反逆者の鎮圧状況はどうなって……いや、いい。第六軍団の手勢が出ているんだったな? こちらで情報を吸い上げる」


 戦術仮想窓タクティカルウィンドウを表示し、<地図(マップ)>を呼び出した。

 空中に投影された王城の見取り図から、城の専用室に常駐している第六軍団所属の配下のユニットマークをタップする。


 そこに居るのは、コウモリを使った独自の情報ネットワークを構築するスキルを有した、ヴァンパイア族の配下だった。

 彼はそのスキルを活用し、第六軍団所属の各魔物から情報を集約する役目を任されている。反逆者の鎮圧状況もほぼリアルタイムな情報を持っている筈だ。


 彼は近接範囲内……(プレイヤー)から50メートル圏内に居ない為、自動的に<情報共有データシェアリング>することは出来ない。

 だが一定範囲内……1キロ圏内に居るので、手動で<情報共有>することが可能だ。


権能仮想窓ファンクションウィンドウ開錠(オープン)

 能力行使(アビリティオン)情報共有(データシェアリング)直接接続(ダイレクトアクセス)

 対象入力(ターゲットインプット)直接選択(ダイレクトセレクト)


 権能仮想窓ファンクションウィンドウを開き、ヘリアン側から彼に情報共有を要求すれば、数秒と経たずして<地図(マップ)>や勢力図などの情報が更新された。

 リアルタイムで推移を見たいので“接続アクセス”したままの状態を維持する。


「反逆者は……殆ど殲滅済みか」


 <地図(マップ)>の一角で戦闘中を意味するマークが点滅していた。

 そのエリアでは、敵を意味する赤い光点が、友軍を意味する緑の光点に囲まれ、徐々にその数を少なくしていた。

 完全に赤い光点(エネミー)が無くなるまで、残り五分もかかるまい。


「現場に向かわれますか?」


 バランが伺いを立ててくる。

 王自らが討伐に、というトチ狂った話ではない。殲滅後の話だ。


 反逆者を殲滅した際には、現場でその首を挙げた者を称えることにより、治安状況を回復させる効果がある。


 反乱が起きること自体が極めて稀で、起きたとしてもいつも現場の近くに居るワケでもないが、やれることはやっておくプレイスタイルだったヘリアンは出来るだけ現場に赴き、『反逆者鎮圧の報奨』イベントを行うことにしていた。


 今回に限りそれをしないようであれば、配下から変な目で見られかねない。ここは行かざるを得ないだろう。現場と言っても、反逆者の鎮圧後であれば心配するようなことは無い筈だ。


「……そう、だな。鎮圧が完了したら現場に向かおう。バランは、私が鎮圧成功の宣言を行うまでは継続して玉座の守護を。リーヴェとエルティナは引き続き私の護衛を頼む」

「「「ハッ!」」」


 それから三分少々で<地図(マップ)>から赤い光点が消えた。反逆者の鎮圧成功だ。

 ヘリアンは疲労に喘ぐ身体に鞭を打ち、現場へと足を向けた。


 その先に待つ惨劇など、知りもせず。




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