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第十二話  「炊き出し」

 ハーフエルフの国、ラテストウッド。

 その集落の中央広場に人々が集まっていた。


「獣人? 誰だアレは? ラテストウッドの民じゃないぞ。まさか冒険者が戻ってきてくれたのか?」

「いや。旅人一行の内の一人だろう」

「あの獣人族の他にエルフと人間。合計三人の旅人だそうよ」

「エルフ!? 集落に入れて大丈夫なのか!?」

「なんでもレイファ様の命の恩人らしい。レイファ様自らが招き入れたそうだ」

「レイファ様が……それなら仕方がないが……」

「……ねえ。ところであの獣人ヒト、一体何をしてるのかしら?」


 ざわめく群衆の中心で注目を集めているのはリーヴェだ。

 彼女は薪と石で組んだ土台の上に、集落の倉庫から持ち出してきた大鍋をデンと載せた。そして胸元からおもむろに<魔法の小袋(アイテムポーチ)>を取り出し、大鍋の上で逆さに振る。

 すると小袋ポーチの口から大量の粒状の物体が滝のように流れ出た。粒の正体は栄養価が高く味も良い、高パフォーマンスな【食料】――白米だ。


「え……えぇっ!?」

「なんだありゃ!? どんどん出てくるぞ!」

「あんな小さな袋に収まるワケない……わよね?」

魔法道具(マジックアイテム)……いや、それにしてもあの量は……」


 ザララララララと音を立てて大鍋に撒かれていく米の勢いは止まらず、あっという間に大鍋の底が白一色に埋まった。続いてリーヴェは<魔法の小袋(アイテムポーチ)>の口を一度上に向けて数度振る(シェイク)。その後再び下に向けると、今度は大量の清涼水が、小袋(ポーチ)から大鍋へ勢い良く吐き出され始めた。


「「「……………………」」」


 その信じがたい光景を目にしてしまった人々は、揃ってポカンと口を開けた。


 もはや言葉も無い群衆の視線など気にも止めず、リーヴェは<発火>の魔術を使って薪に火をつける。更に大鍋へいくつかの肉や野菜を投入してから、大ベラでその中身を掻き回し始めた。


 時折、調味料を加えながら味を調(ととの)え、ある程度納得のいくレベルになったところで<魔法の小袋(アイテムポーチ)>を胸元にしまう。そして空いた手にもう一本の大ベラを握りしめ、大鍋の中身を丹念にかき混ぜていく。


 大鍋の中身はかなりの大容量であり、大ベラを持つ手にかかる負荷も相当な筈だが、リーヴェは汗を掻いた様子も無く涼しい顔でかき混ぜ続ける。


 数分も経たない内に、大鍋から良い香りが漂い始めた。


「……なんだ? 炊き出しでもしてるつもりか?」

「お母さん、いい匂いがするー」

「しっ。ジッとしてなさい」


 遠くから様子を(うかが)っていた人々も匂いに惹かれるように集まり始め、あっという間にリーヴェは百人を超える民衆に囲まれることになった。


 しかし、誰も遠巻きに見るばかりで、得体の知れない旅人に対し一歩を踏み込む者はいなかった。

 そんな中、顔を見合わせて様子を窺う群衆の隙間からひょこりと抜け出たのは一人の少女だ。


「犬のお姉さんー、もうご飯出来たの?」


 リリファだった。

 ニコニコとした明るい微笑みを浮かべながら、リーヴェの下へと無造作に近づいていく。

 そのあまりの自然体に、民衆は制止することすら忘れて彼女の動向を見守った。


「犬ではありませんが、そろそろ出来ますよ。味見されますか?」

「いいのー?」

「ええ。ヘリアン……さん、の指示ですので。はい、どうぞ」


 妙なところで言葉に詰まりながらも、リーヴェは栄養満点のお粥を鍋から椀に移した。肉や野菜といった具も、ちゃんと多目に(すく)ってある。

 リーヴェは民衆に見せるようにして毒味を済ませた後、リリファに椀を手渡す。


「わー、美味しそう! 神樹の恵みに感謝します!」


 食事前の礼儀として、エルフ族特有の祈祝詞を口にしてからリリファはお粥を口にした。すると途端に、先程までの微笑みとは異なる種類の笑顔――驚きと歓喜の入り混じった表情を浮かべる。


「美味しい! なにこれ!? すっごく美味しいよ犬のお姉さん!」

「犬ではありません。ですが、美味しく感じて頂けたようでなによりです」

「ほら、皆も食べなよ! これ、お城のご飯よりも美味しいよ! ほらほら!」


 満面の笑顔のリリファに急かされるようにして、遠巻きに見ていた民衆が一人、また一人とリーヴェの下へ足を運ぶ。

 リーヴェはその一人ひとりにお椀を手渡し、炊き出しを民衆に配り始めた。


 一度流れが出来たらもう止まらない。

 集落の中央広場に、あっという間に長蛇の列が出来た。




    +    +    +




 ……どうにか受け入れてくれたみたいだな。


 憎きエルフ、そして人間が含まれている旅人一行の仲間ということで少なからず警戒されていたらしいが、これでどうにか炊き出しを成功させられそうだと、ヘリアンは安堵の溜息を吐いた。


 集落の民を刺激しないよう遠く離れたところから見守っていたが、リリファが率先してお粥を食べてくれたお陰で民衆に受け入れられたようだ。


 今もリリファは体全体を使って、どれほど美味しかったかを民に説明しようとしている。まるっきり子供の振る舞いだ。微笑ましいその姿は、見るものの心を穏やかにさせる。


 先程の、彼女と約束を交わしたあの一連の出来事さえ無ければ、ヘリアンもまたリリファのことを天真爛漫な子供としか思えなかったに違いない。それほど自然な演技・・だった。


 その様子に、ヘリアンの良心が僅かな軋みをあげる。


「――――ッ」


 一線は弁えろ。

 ヘリアンは自らが置かれている状況を思い返しながら、自分に言い聞かせた。


 “出来る範囲”で助けるとリリファに告げた。

 これはその約束の履行だ。

 満足な食事が取れていないであろう民衆への炊き出しが、今のヘリアンに出来る範囲の援助だった。


 リーヴェとエルティナの<魔法の小袋(アイテムポーチ)>には、食料品を大量に詰め込んである。

 中でも白米は優れた【食料】なので、行軍中の兵隊の士気を保つのに重宝していた。


 食料が切れれば【飢餓】の状態異常となる。そして【飢餓】とは基本ステータスの減少に加えて忠誠心、幸福度、士気が急激に低下するという酷い状態異常効果を持つ。


 行軍中の軍隊は当然のことながら完全武装しており、そんな中で【飢餓】に陥り反乱でも起こされたら最悪の事態となる。軍の中には貴重な装備品を貸与している兵士もいるのだ。自軍戦力としては頼もしいが、敵対戦力になられれば厄介極まりないことになる。


 その為、ヘリアンは<魔法の小袋(アイテムポーチ)>を手に入れて以降、遠征時には最大容量の内、四分の一を常に食料で満たすように指示しておいた。

 大抵は供給過多で大量に余らせたまま終わるが、足りなくなるよりはマシだ。ヘリアンはどちらかと言えば安全マージンを多めに取るプレイヤーだったので、それでも良いと思っていた。


 遠くに見えるリーヴェは<魔法の小袋(アイテムポーチ)>からかなりの量の食料を放出しているが、この後はすぐに帰国するつもりなので、食糧不足になる心配はいらない。


 ちなみに、この炊き出しについては最高責任者レイファの許可をキチンと得ている。

 相談事とやらを終えて戻ってきたレイファに対し、ヘリアンはリリファを連れ立って食料提供の件を切り出したのだ。


 レイファは、当初は『こちらがお礼をすべき立場なのにとんでもない』と恐縮しきりだった。しかし、ヘリアンとリリファの二人がかりでグイグイと押したところ、思ったよりすんなりと引き下がり『申し訳ありません。ご厚意に感謝します』と了承してくれた。


 民が見ている前だからか、レイファは頭こそ下げなかったものの、その返事からは深い感謝の気持ちが伝わってきた。


 やはり[ラテストウッド]の食糧事情は厳しかったらしい。首都から逃げ延びた人々を受け入れた結果、この集落では許容人数を大幅に超えた人々が暮らしている。その状態が三週間も続けば、食糧事情が悪化するのも無理もないだろう。


 浮かびかけた負の感情を振り払うかのように首を振り、ヘリアンは傍らの少女に問いかけた。


「――では、深淵森(アビス)には魔王にまつわる逸話があるのか?」


 人々の群れから距離を置いた集落の一角。

 そこでヘリアンは、情報収集のためにレイファと話をしていた。


 最初はウェンリや他のハーフエルフに訊こうとしていたのだが、レイファ本人が話し相手を買って出たのだ。曰く、助けられたお礼に少しでもご協力を、とのことだった。


 最高指導者ともなればやることは幾らでもあるのでは、と思ったが、ヘリアンは敢えてそこには触れないことにした。


 仮にレイファになんらかの思惑があろうとも関係ない。

 ヘリアンが協力するのは、あくまでリリファと約束したとおり“出来る範囲”でだけだ。それ以上彼女らの問題に踏み込むつもりはない。一国の王であるヘリアンには、踏み込むことが許されないのだ。


 ならば、今は余計なことは考えず、引き続き情報収集に努めるべきだろう。

 否、そうしなければならないのだ。


「ええ。エルフ族の言い伝えとしては、魔王がかつて存在していた領域だとされています。他にも『迷いの森』『稀人の(いず)る地』『禁断の幽世』などと多種多様な伝承があるので真偽は定かではありませんが、遥か昔から深淵森(アビス)は禁忌の土地とされています」


 問いかけに対し、レイファは教科書でも読んでいるかのように、流暢な口調で答えていく。


「もっとも、そんな伝承や言い伝えが無くとも、わざわざ深淵森(アビス)に近付くような物好きはエルフやハーフエルフの中には居ませんが」

「……と言うと?」

深淵森(アビス)からは時折魔獣がやってくるんです。それも、普通の森に住む魔獣が束になっても勝てないほどの強い魔獣が。討伐隊が組まれることもありますが、成功する例は稀ですね。大抵は進路を曲げるのが精一杯のようです」

「討伐されなかった魔獣はどうなる?」

「大抵はひとしきり暴れ回ってから、深淵森(アビス)に消えていきます。エルフにとっては自然災害のようなものですね。身を隠して去ってくれるのを待つしかありません。無論、私達にとってもそれは同様ですが……」


 この集落は深淵森(アビス)にほど近い。

 だが『何故こんな危険な場所に街を作ったのか』と聞くのは愚問だ。


 迫害に遭ってきたハーフエルフ達にとって、この一帯ぐらいしか拠点を築くことの出来る土地が無かったのだろう。


「しかも、深淵森(アビス)には人を迷わせる幻惑効果があるんです。あまり深淵森(アビス)に深入りしすぎると、帰ってこれなくなります」

「なるほどな……深淵森(アビス)に近づく物好きはエルフやハーフエルフの中にはいない、ということは、他の種族ならばいるのか? その物好きとやらが」

「人間の中にはいるんです。いわゆる冒険者と呼ばれる人達ですね。深淵森(アビス)からは特殊な素材が取れるので、それを目当てにやってきます」


 冒険者。

 気になるキーワードが出てきたが、今は記憶の片隅に書き込んでおくに留め、まずは深淵森アビスに関する情報の収集を優先する。


「中には、深淵森(アビス)の魔獣をわざわざ探しに出向く高位冒険者もいます。深淵森(アビス)の魔獣は豊潤な魔力を含んでいるせいか、特殊な素材となる個体が多いようなので」

「ということは、それなりの数の冒険者が[ラテストウッド]にやってくるということか? 人間の領域と深淵森アビスの両方にほど近いこの国なら、彼らの往来があるのではと察したが」

「ええ。私達からすれば狂気の沙汰ですが、一攫千金を夢見たり、名を上げようとする人達はいつの時代でも一定数がいるみたいです。もっとも、彼等は立ち寄った際に貴重な外貨を落としていってくれるので、来てくれる事自体はありがたいんですけどね。なんとも身勝手な意見ですが」

為政者(いせいしゃ)なら当然の意見だろう」


 後ろに立つエルティナの視線を意識して、それらしい台詞を口にする。


 実際のところ、為政者の視点で言わせてもらえば、物好きだろうが狂喜の沙汰だろうが、自国の経済を潤してくれる貴重な客だという考えには同意見だった。


 自国内だけで金を回しても、どこかで成長限界は来る。ヘリアンも[タクティクス・クロニクル]で一度経験したことだった。


「しかし……その冒険者とやらの姿が見えないようだが」

「一ヶ月ほど前から、東の境界都市に魔獣の群れの襲撃があったそうなんです。

 近隣の冒険者には緊急招集がかかって、冒険者の皆さんは揃って境界都市に行ってしまいました。なんでもかなり規模の大きい襲撃だそうで、向こうは向こうで大変な様子です。[ノーブルウッド]が我が国に戦争を仕掛けてきたのは三週間前のことでしたので、その直前ですね……タイミングが悪かったとしか言えません」

「境界都市……?」

「人間の領域と、魔族の領域を隔てる国境線に建設された人間の前線都市のことです。人類の盾とも呼ばれてます」

「……なるほど」


 ある程度予想はしていたことだが、やはりゲーム[タクティクス・クロニクル]では聞いたことのない話ばかりだった。


 [タクティクス・クロニクル]にも魔族という種族は存在する。実際に第六軍団のカミーラも魔族の一種だ。

 だが、一方で『魔族の領域』なんてものは聞いたこともない。NPCの魔族が治める国はあったが『領域』とはニュアンスが違うだろう。


 ……他にも色々と聞きたいことはあるが、そろそろ頭がパンクしかけてきた。

 これは自分の頭の出来の問題ではないと思いたい。短時間でこうも立て続けに大きな出来事に遭遇したら誰だってこうなるだろう。

 既に薄っすらと頭痛がする。かと言って情報収集を止めるつもりは毛頭ないが、ここらで一旦気を落ち着かせる必要がある。


 水で喉を潤しながら広場の光景を目に映す。

 広場に集まった人々は、リーヴェの振る舞う炊き出しに頬を緩めているようだった。


「どうやら好評を得られているようだな……なによりだ」


 国王側近であるリーヴェは、対単体戦闘特化型の戦力でありつつ、様々な分野で使える万能キャラとしても育てられてきた。戦闘以外のスキルも多く修めており、その中には<料理スキル>も存在する。


 大鍋に集まっている民衆の様子を見るに、どうやら十分に<料理スキル>の効果を発揮しているようだった。大人も子供も皆揃って美味しそうに食べている。


 神経を張り詰めさせていた兵士達も。代わる代わるお椀を片手に鍋へと突撃し、この時ばかりはホッとした表情を浮かべていた。


 その殆どがハーフエルフだが、中には別種族の者もいる。


「アレは……随分と小柄だが、ワーキャットか?」

「はい。小柄なのは小人(コロボックル)とのハーフだからですね。比較的最近、ラテストウッドの国民となった者です」


 なるほど。コロボックルの血を引いているとなれば納得のサイズだった。

 他にも兎耳の獣人や、数は少ないがドワーフさえもいた。普通のドワーフよりも髭が多少薄いので、ひょっとすると彼もハーフなのかもしれない。


「……色々な種族がいるんだな。ハーフが多いようだが、ドワーフも居たのには驚いた。エルフとドワーフは基本的に仲が悪い筈だが、君達の場合だと違うのか?」

「ええ。この国はハーフエルフが中心になって建国したのは確かですが、当時の色んな種族が寄り集まって出来たものでして。そうして、皆で頑張って興した国がラテストウッドなんです」

「多民族国家ならぬ多種族国家ということか」


 そんな立派なものでもありませんけどね、とレイファは苦笑した。


「力を持たない、それこそ頼る相手が誰もいない弱い種族が身を寄せ合って……国が出来たのはその結果ですから。まあ、そんな経緯があるので、種族間の嫌悪はありません。一緒に生活してると種族ごとの習慣でぶつかり合うこともありますが、お互いの歩み寄りで解決してきました。助け合わないと生きていけませんから」


 レイファは卑下するかのように言うが、ようは誰も頼らず、自分達の力だけで国を一つ創り上げたということだ。


 そこに途方もない苦労があったことは、ヘリアンでも予想がついた。いや、違う。予想など出来ない。それこそ語り尽くせないほどの苦労を味わった筈だ。それをさも知ったことのように語ろうとするのは、彼等の努力に対する侮辱だろう。


 故にヘリアンは「凄い国だな」と口にするだけに留めた。

 レイファは少し驚いたような表情をしたものの、慎まやかな胸を張って「自慢の国です」と柔らかく微笑む。


 それから、リーヴェが炊き出しを配り終えるまで、ヘリアンとレイファは他愛もない話を続けた。


 ヘリアンは、レイファから何事かを頼まれないかと――リーヴェとエルティナという戦力提供を要求してくるのではないかと警戒していたが、そういった話題には全く触れることもなかった。


 好きな食べ物だとか、趣味だとか、リリファは昔から甘えん坊でマナーの覚えが悪かっただとか、本当に何でもないような話ばかりだった。


 こんなに厳しい状況に置かれても、そんな他愛も無い話をして笑顔を作れるあたり、さすが一国の指導者だと感じた。自分が同じ状況に追い詰められたとして、果たして同じように振る舞えるだろうか。自信は欠片も無い。


 ……そういえば、自分の国(アルキマイラ)はどうなってるんだろうか。


 ラテストウッドや王女姉妹のことを考えていると、ふと自国の事が気になった。


 国外調査へ出立前の時点では、国内の混乱はある程度治まっていた状態だった。

 それに、なんだかんだいって、あれからまだ半日程度しか経っていない。

 軍団長が六人も控えている以上、今すぐどうこうという心配は不要だろうが……念のため、そろそろ様子ぐらいは確認しておいたほうが良いかもしれない。


 ちょうど会話が途切れたところで、ヘリアンはレイファから視線を外し、物思いに(ふけ)るかのように見せかけて空を仰いだ。


 そのままレイファに気取られぬよう、思考操作で通信仮想窓(チャットウィンドウ)開錠(オープン)


 空中に半透明の仮想窓ウィンドウが投影されたが、これはレイファには見えていない。

ゲーム[タクティクス・クロニクル]では仮想窓ウィンドウは本人にしか見えない仕様だ。例え他のプレイヤーであっても、他者の仮想窓ウィンドウを見ることは出来ない。


形式モード選択セレクト文章会話テキストチャット


 続いて、思考操作でチャットモードをテキストチャットに設定。


 プレイヤー同士ならボイスチャットで会話することが可能だが、NPC相手では発声による指示を出すことは出来ても、音声ボイスで報告を聞くことは出来ない。テキストでのやり取りが基本だ。


 データ容量の関係上、流暢な会話が出来るレベルのAIを設定出来るキャラクター数については、該当国家の規模に応じて上限が定められている。全てのキャラクターが自然な会話をすることが出来ない以上、テキストがベースとなるのは仕方がない話だ。


 眼前に浮かぶ通信仮想窓(チャットウィンドウ)を直視し、接続先候補アクセスリストから軍団長のグループを視線操作で選択。グループの中から第二軍団長のバランを選択して、呼び出しをかける。


 ややあって、バランが呼び出しに応じた。

 深淵森アビスを隔てても通信出来るか不安だったが、幸いなことに問題は無いらしい。


 ゲーム通り<鍵言語(キーワード)>を使ってやりとりを行うならば、『【状況】を【報告】せよ』と入力するところだが、今更<鍵言語(キーワード)>に拘っても仕方がないだろう。人間を相手にしているつもりで文章を打ち込む。


『こちらはヘリアンだ。どうにか現地人との接触に成功したが、そちらは何か変わったことはあったか? 何か問題などは起きていないか?』


 テキストの送信に成功。

 すると数秒と経たずして、バランからの返信がヘリアンの下に届いた。

 さすが几帳面な第二軍団長だ、と感心しながらバランから送信された返事テキストに目を通し――息を呑んだ。レイファがすぐ近くにいることも忘れて、ヘリアンは目を見開き、立ち尽くす。


「……ヘリアン殿?」


 訝しむレイファの声も、ヘリアンには届かない。


 宙に浮かぶ半透明の通信仮想窓(チャットウィンドウ)

 そこにはバランからの返事が反映された、たった十文字のメッセージが無機質に表示されている。青褪めたヘリアンが凝視する仮想窓ウィンドウには、こう書かれてあった。




    『反乱が発生致しました』




 ――ヘリアンが最も恐れていた反乱が、いとも容易く勃発した。




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