<< 前へ次へ >>  更新
11/77

第十話   「はじめての外交」

 ――結論から言って。

 ヘリアン達一行は、集落の人々から歓迎はされなかった。


 集落には石造りの家と、朽ちた大樹をくり抜いて部屋を設けたような作りの家がある。

 家屋の数は百は超えているだろうが、二百には満たない。そして家屋の間を縫うようにして、テントに似た作りの仮設住宅が幾つも作られていた。


 テントといっても、トルコの遊牧民のような立派なものではない。

 あくまで間に合わせで作られた簡素なものだった。集落というよりも、難民キャンプのような様相を為している。


 そこでは、エルフの国である[ノーブルウッド]に襲われ、逃げ延びた人々が狭い集落の中で身を寄せ合って生きていた。


 そんなところへ、敵対種族であるエルフを連れた人間が現れたとして、歓迎されるわけがないのは自明の理だ。石を投げつけられなかっただけマシだと思うしか無いだろう。先触れがなければ、本当にそうなっていた可能性がある。


 そんな最悪の空気を払ってくれたのが、ハーフエルフの少女――レイファだ。


 彼女は集落の人々に対し、ヘリアン一行を命の恩人だと説明した。

 一通りの経緯を聞いた集落の人々は『他ならぬレイファ様の命の恩人ならば』と、ヘリアン達に向けていた剣呑な視線を消してくれた。


 後に残ったのは、二人の美女を引き連れている黒髪黒眼の人間、というなんとも珍妙な旅人への胡乱げな視線だけだ。黒髪黒眼が珍しいというのは既に知っているが、見世物小屋のパンダにでもなった気分だった。


 そしてやはりというべきか……レイファはハーフエルフの国[ラテストウッド]の王族だった。


 しかも女王の第一子であり、王位継承権第一位を持つ第一王女だ。現女王が生死不明の状況の為、彼女が暫定女王として民を纏めているらしい。また彼女には妹が一人いて、生死不明の両親を除けば、王族に連なる者は彼女ら二人だけだと言う。


 そんな重要人物である彼女が、何故、森の只中に一人きりで居たかと言えば――


「――現女王の救出?」

「はい。理由は分かりませんが、[ノーブルウッド]のエルフ達は逃げた私達を殺すのではなく、生け捕りにしようとしています。ならば私の両親、我が国の現女王と王配も生かされている可能性がまだ残されています。とは言え[ノーブルウッド]の守りも堅牢。まずは精鋭班で先行偵察を行うべく忍び込もうとしたのですが……」


 集落のとある天幕の中、[ラテストウッド]の重鎮と共に車座になって座るヘリアンは、その理由を耳にして首を傾げた。


 ちなみに、リーヴェとエルティナはヘリアンの後ろに控えて立っている。

 レイファは座るように促してくれたが――ヘリアンの護衛のことを考えてか――立って控えることを望む二人は、礼儀正しく謝辞していた。


「精鋭班? 何故そこに君が入っている? それに他の者達は?」

「私は先程お見せした“仲間を召喚する魔術”を有しています。運良く現女王達が捕らえられている場所にまで忍び込めたら、そのまま仲間を喚んで強行脱出しようという作戦でした。脱出にはそれなりの戦力が必要ですので。

 ですが、結局は街の外壁を越える前に[ノーブルウッド]の兵士に見つかって、あのザマです。他の者達は……私を逃がす為の囮になって捕まりました」

「……なるほどな」


 聞けば聞くほどに厄介な状況のようだ。

 話の流れからして、あの召喚魔術を操れる術士は彼女しか居ないと思われるが、王族が――それも暫定女王自らが出撃しないといけないということは、よほど切羽詰った状況下にあるのだろう。


 国王自らが国外調査に出ている自分に言えた義理ではないかもしれないが。


「――もし、客人よ」


 腰を落ち着けて会話を交わしている中、尖った声が飛んできた。

 口を挟んだのは、先触れの為に召喚されたハーフエルフの妙齢の女性だ。


 レイファの説明に()れば、彼女は集落の防衛を任されていた副戦士長らしい。精鋭班として出撃した戦士長を失った為、現在では彼女が戦士長を務めている。その彼女が、少々険の混じった視線をヘリアン達に向けていた。


「客人らは、少々レイファ様への礼儀が欠けているのではないか?」

「……ウェンリ」


 (たしな)めるように、レイファが女性の名を口にする。

 それでも彼女――ウェンリは口を(つぐ)まなかった。


「言わせてくださいレイファ様。……客人よ、レイファ様を助けてくれたことについては、心から礼を言う。だが先程から黙って見ていれば、レイファ様に矢継ぎ早に質問をしてばかりではないか。不躾に過ぎるであろう。そもそも何故客人らは旅人であるというのに、このあたりの情勢に関して無知なのだ。本当に客人らは旅人なのか?」

「ウェンリ、不躾なのは貴方です! ヘリアン殿達は厚意から私を助けてくださいました。そのような勘繰りは、それこそ礼儀に欠けているでしょう」


 叱責されるウェンリだが、それでもヘリアンを見る瞳の険は消えない。

 同席している護衛のハーフエルフ達から向けられる視線も、似たようなものだった。


 確かに怪しいだろう。怪しまれるのは分かりきっていた。だからヘリアンも集落までの道中で、無い知恵を絞りながら、それなりの対策を考えてきたのだ。


「なるほど。ウェンリ殿の懸念はごもっともだろう。私達がエルフ達の……[ノーブルウッド]の手先ではないかと怪しんでいる、ということか」

「……ッ、そうとまでは言っていない。ただ、客人らが旅人というのは違和感があると感じたまでだ」

「そうか。しかし我々が旅人なのは事実だ。もっとも、普通の旅人かと問われれば微妙なところではあるがね」

「どういう意味か」

「我々は深淵森(アビス)からやってきた」

「――ッ!?」


 場がざわめいた。

 深淵森(アビス)とは、レイファとエルフ男との会話の中で出てきた単語だが、会話の流れから察するに、幻惑効果を帯びていた“あの森”の事だろう。


 ハーフエルフの国[ラテストウッド]は人間との国境の近くに有り、人間の領域は東にあるという。

 そして聞いた話によれば、エルフの国[ノーブルウッド]は北西にあり、[ラテストウッド]は深淵森(アビス)と人間の国境線近くの森にまで追いやられているという。


 ならば深淵森アビスとは、アルキマイラが強制転移させられた土地の、あの不可思議な森のことに違いない。


「き、客人らは魔王の手先だとでも言うのか!?」


 過敏に反応するウェンリ。

 今にも立ち上がって弓矢を構えてきそうな形相だったが、ヘリアンは冷静に――見せかけながら――首を振って否定する。


深淵森(アビス)には魔王がいるのか? それも初耳だな。というのも、我々はとある古城を探索中にいきなり見知らぬ森に飛ばされたのだ。おかげで仲間と散り散りになり……かれこれ五日も森を彷徨っていたのだよ。人に会ったのさえ久々でな。深淵森(アビス)という名も先刻知った。この辺りの情勢に疎いことについては、仕方がない事だと理解してもらいたい」

「五日も森を彷徨っていただと……何の荷物も持ち合わせていないように見受けられるが、その軽装備で森を五日間も生きてきたと仰るか? それも随分と……それこそ集落という拠点を持つ我らより、よほど身嗜みが整っているようだが?」


 言葉の上でこそ質問形式だが、馬鹿にするのも大概にしろと言いたげだ。

 だが、その答えはヘリアンも想定済みだ。

 むしろその反応を期待していた。


「うむ、身嗜みについては気をつけているのだ。毎日キャンプを張って、湯浴みをしている」

「……ほぅ。客人は笑えない冗談が随分とお好きなようだ。湯浴みとは随分と優雅なことだな」


 ウェンリがヘリアンを睨む。

 妙齢の女性から険の篭った視線を向けられると、なかなかに迫力がある。

 というか、普通に怖い。

 震えそうになる膝を手で押さえつけながら、ヘリアンは澄まし顔を必死に維持する。


「では、そんな客人に是非とも答えてもらいたい。貴方がたはどこに、キャンプを張るような荷物を、ましてや湯浴みなどという悠長なことを行う器材をお持ちだというのか?」

「ウェンリ! いい加減に……!」

「ここにだよ、ウェンリ殿。――リーヴェ、エルティナ」


 指を鳴らして合図する。

 ここで外せば間抜けもいいとこだが、天幕の中に入るまでの間にこっそりと二人に伝えておいたので、その心配は無い。


 リーヴェとエルティナはそれぞれ懐から小振りの袋を取り出した。袋の口を開けておもむろに取り出すのは、キャンプを張るための天幕と柱だ。


「な、なんだこれは! こんな嵩張(かさば)るものを一体どこに!?」

「あの袋の中にだ。遺跡を発掘している最中に偶然見つけたものでね。仕組みは分からないが、容積以上の物を収納できる袋だ。おかげで重宝している」


 それから出てくるわ出てくるわ、明らかに袋に収まり切らない量のアレコレが次々と地面に置かれていく。唖然とするハーフエルフ達を尻目に、あっという間にキャンプセット一式がその場に揃った。


 この袋は<魔法の小袋(アイテムポーチ)>という名の魔法道具(マジックアイテム)だ。

 効果は見ての通り、容積以上の物を格納できる。


 よくRPGロールプレイングゲームでは『お前らそんな嵩張るアイテムを一体どうやって持ち歩いてんだ』とツッコミたくなる場面がちょくちょく出てくるが、その矛盾を解決する為に存在するようなアイテムだ。


 最近では、アイテムボックスやアイテムストレージなどと言った名前で多くのVRヴァーチャルリアリティRPGロールプレイングゲームに類似アイテムが登場するが、それと同じものだ。


 高品質で大容量が格納できる〈魔法の小袋(アイテムポーチ)〉はそれ自体が貴重品とされており、アルキマイラでさえ最高品質のものは製造が追いついておらず数が揃っていないが、八大軍団長である二人には勿論持たせていた。

 そして遠征用の準備となれば、簡易仮設住宅キットは基本装備として常時格納させている。


「ご覧の通りだ。実際に目で見てもらわなければ信じてもらえないと思ったのでな。見た目が軽装備でもどうにか森で生き延びられたのはこういうことだ。食料もあの袋の中に入っている」


 ウェンリ達は呆然と、その場に並べられたキャンプセットを眺めていた。自分の眼で見ても理解が追いついていないらしい。


 ――ここだ。ここを逃してはならない。


「そんな些細な事よりも、建設的な話題をさせていただきたいな。我々は情報を欲している。恩着せがましいようだが、レイファ殿を助けた対価に話を訊かせてもらうぐらいは許して欲しいのだが? それに僅かばかりだが、食料を都合することも可能だぞ」


 新たに袋から取り出されたのは、熱々の鶏肉のソテーだ。

 香ばしい匂いを漂わせ、食欲を掻き立てるソテーからは湯気がのぼり、まるでつい今しがた作られたばかりのようだった。


 ある意味それは間違っていない。

 この高品質な〈魔法の小袋(アイテムポーチ)〉には『保存』の術式が付与されており、格納された物の状態を長期保存する効果があるからだ。

 このソテーも作られた直後に格納されたものである。


 国王御用達ブランドの畜産家が手塩にかけて育てた鶏の肉を使い、城に控える専属のシェフが技術の粋を尽くして作られた逸品。その芳しい香りが、狭いテントの中に漂う。


 ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。

 やはりというべきか、あまり豊かな食生活は出来ていないらしい。


 続いてヘリアンは、リーヴェ達に清涼水を取り出させる。

 この場にいる全員に配り、毒が入っていないことを証明する為にヘリアンが一口呑んでみせた。


 一見ただの水にしか見えないが、これはスタミナ回復効果のあるれっきとした消費アイテムだ。ゲーム[タクティクス・クロニクル]では、プレイヤーには意味の無い効果だったが、心なしか足の疲れが軽くなった気がする。


 恐る恐るハーフエルフたちは清涼水に口をつけ始めたが、その度に「信じられん」「本当に水だ。しかも冷えている」「それもただの水ではないぞ」「芯から癒されるようだ」「なんだこの水は」などと口々に呟く。


 中には美味しさの余り一気に飲み干してしまい、他の者がチビチビと味わいながら呑んでいる姿を恨めしそうに見る者すらいた。


「失礼だが、ハーフエルフは肉も食べられるか?」

「え……あ、はい、食べられます。食事の嗜好は人間とほぼ同じですので」

「そうか。ではこれも何かの縁だ、少々ご馳走させていただこう。リーヴェ、エルティナ、皆様に食事を」


 告げると、リーヴェとエルティナはそれぞれの袋から、同じ鶏肉のソテーを取り出し配って回る。<魔法の小袋(アイテムポーチ)>から次々と物が取り出される様子に、ハーフエルフ達は凝視するか唖然としていた。


 二人は淡々と料理を配っているが、対するハーフエルフらに動きは無い。

 そうして彼等が呆然としている内に、多少無理矢理でもいいから主導権を握る。

 それが、ヘリアンが無い知恵を絞って捻り出した作戦だった。


 <魔法の小袋(アイテムポーチ)>というマジックアイテムの衝撃が抜けない内に、次々と畳み掛けたのもその為だ。


 『荷物も無しに森を彷徨っていた』という一点に懐疑を集中させた上で、魔法の小袋(アイテムポーチ)というインパクトが強烈な小道具を使い、彼等の疑いを否定する。

 冷静に考えれば、他にもヘリアン達の旅人設定には怪しいところはあるが、驚愕の衝撃が抜けないハーフエルフたちには咄嗟に考えが及ばない。


 これは大学で学んだ詐欺のテクニックだ。

 学んだというか、ゼミの薀蓄うんちく好きの教授がべらべらと喋っていたことの一つだ。

 講義で教わったわけではないのだが、教授が話し上手であり、かつ『学生に何を教えてんだアンタ』と呆れたことが印象深かったこともあり、丁寧に説明されたその手法をヘリアンは憶えていた。


 ――集団による猜疑心(さいぎしん)を一点に集中させるよう誘導した後、最も怪しいその一点を物証で否定し、そして他の怪しい点に考えが及ぶ前に話を転換することで追及を逃れる。


 手法の名前こそ忘れたが、その内容は文章にしてしまえばこんなものだ。

 大した手法でもないが、否定した際のショックが強くなるよう演出すれば時として意外な程に効果的とのことだった。


 まさか実際にこの手法を使うことになるとは夢にも思わなかったが、これで『威厳を保ったまま旅人設定を押し通す』という超高難度ミッションをクリア出来た筈だと思いたい。


 更に暫定女王の救出という功績を盾にして、情報提供の要求を拒みにくい空気も演出した。これで要求を拒もうものなら、女王の命とはそれほど安いものなのかという話になってしまう。そんなわけが無い以上、ハーフエルフたちはこの要求を呑まざるを得ない。


 現状としてはこれ以上ない成果を上げた筈だ。これが最適解だったと信じたい。ともあれ、


「食事をしながらで構わない。少々話をさせてもらっても構わないだろうか」


 後は勢いだ。彼等に冷静になられてはまた蒸し返されるだろう。

 そうなる前に、多少強引でもささやかな食事提供という形で恩を売り、情報収集をして、その後は適当な理由をつけて一旦国に帰還だ。


 ここまでもある程度の情報は得られたので、これ以上情報を得ることが難しくとも、穏便に彼等と別れて国に帰ることさえ出来ればそれでいい。


 食事をしながらの会話はどうなのだろうかとの思いが過ぎったが、食事の席を使った外交は現実世界でも一般的にある。だから大丈夫だ。多分。


 彼等の返事は待たず話を続ける。会話の主導権を逃してはならない。


「まずは先程言っていた、魔王の手先という発言についてだが……」

「姉様ー、入るよー」


 ヘリアンが質問をしようとしたその時、入り口の布をバサッと払って小柄な姿が駆けてきた。波打った髪をハーフアップにしたその少女は『入るよ』と言った時には既に天幕内に入っている。


 大きな垂れ目が特徴的な、小柄な子供だ。

 外見年齢としてはレイファよりもやや幼く見える。日本であれば中学生になったばかり、といった年齢だろうか。


 珍しいことに髪の色は真っ白だった。肌もまたレイファと同様に透き通るように白く、極めつけに着ているチュニックまで白い。

 さしずめ『白の少女』といったところだろうか。


「――リリファ」


 たしなめるように声をかけたのはレイファだ。

 よく見れば、天幕に入ってきた少女と顔立ちが似ている。


 なんとなしに見比べていると、視線に気づいたレイファが少々恥ずかしそうに視線を下げた。


「妹のリリファです。すみません、後で言い聞かせておきますので。――リリファ、姉様達は大事な話をしているのです。外に出てなさい」

「んー……。ねえ、お兄さん。お兄さんが旅人さん? エルフから姉様を助けてくれた人?」


 リリファは姉の言葉を無視して話しかけてきた。

 見た目は大人しそうな子だが、天幕に遠慮なく入ってきたことといい、割りと図太い性格をしているらしい。

 その態度に、レイファが形の良い眉を跳ね上げる。


「構わない。レイファ、殿」


 危うく呼び捨てにしかけて取り繕う。

 本人から呼び捨てでいいと許可は出ていたが、正体が解った以上は、これまでと同じように呼び捨てにすることなど出来ない。


「リリファ殿だったな。君のお姉さんを助けたのは私の連れ……リーヴェとエルティナの二人だよ。私は弱いから戦えないんだ」

「ふーん……」


 リリファは、ヘリアンの背後に控える二人をチラリと見る。

 エルティナは静々とお辞儀をし、リーヴェは目礼で応えた。


 リリファはそれを見て不思議そうに首を傾げる。

 そして「んー?」と唸った後、何を思ったのかテクテクとヘリアンの傍に身を寄せ、ペタンとしゃがみ込む。


 ……な、なんだ?


 意図の読めない行動。

 リリファは傍らに座ったまま、エメラルドのような緑の双眸でジッと見上げてきた。純粋無垢な子供のような仕草だった。


 なんとなく気まずさを覚えたヘリアンは、間を持たせる為、新たにリーヴェから受け取った清涼水をリリファに手渡す。


 清涼水のボトルを小さな両手で受け取ったリリファは、手の中のボトルに視線を落とす。そして、これまた何を思ったのか「ウン」と一つ頷いて、ヘリアンに一層身を寄せた。

 ますます意味の分からない行動に、ヘリアンは眉を顰める。


 そして意を決したように、リリファはヘリアンの顔に視線を向けた。

 それは折しも、喉の渇きを覚えたヘリアンが水を口に含むと同時であり、


「ねえねえ旅人さん」

「ん?」

「おっきいおっぱい好き?」


 ()いた。


「ブフォッ!? ゲホッ、ゴフ、ゲッホ……!」


 しかも気管に入った。

 大惨事だった。

 リーヴェが慌ててヘリアンの背中をさする。


「リ、リリファ! 貴女はいきなり何を言っているのです!?」

「だって旅人さんは人間でしょ? だったらおっきい方がいいのかなって」

「意味が分かりません!」


 レイファが妹に怒鳴るが、ヘリアンも完全に同感だった。

 質問の意図も意味もまるで分からない。


「こら、待ちなさい!」


 リリファを捕まえようとレイファが手を伸ばすが、リリファは小柄な身体を活かしてササッとヘリアンの陰に隠れる。ヘリアンの背中にピッタリくっつくような形だ。


 ヘリアンはロリコンではない。断じてロリコンではない。神に誓ってロリコンではないのだが、つい今しがたのリリファの発言もあってか、背中に触れる柔らかな感触を意識する。してしまう。


 そして結論から言って、そこまで大きくはないが決して小さくも無かった。

 何がとは言わない。

 言えない。


「ねえ、旅人さん。リリファのおっきい?」


 何故聞く。

 どう答えろと。


「あー……何が、かな?」

「おっぱい」

「リリファーッ!」


 ヘリアンを中心にして、ドタバタと姉妹が動き回る。

 二人とも王族とあってか、他のハーフエルフ達は手を出せない様子だ。

 リーヴェやエルティナも、害意が無いのが分かっているので傍観の姿勢である。


「ねえ、おっきい?」

「黙りなさいリリファ!」


 逃げ回りながらも、リリファはチラチラと視線を向けてくる。

 答えないと終わらない雰囲気だ。大昔のRPGに出てくる、何度聞いても同じ返事しかしない村人の固定メッセージを思い出す。


「…………私にはよく分からんが、年相応……ではないのだろうか」


 無難に答える。

 実際にはそれよりも大きかったとは思うが、あえてどこにあるか分からない地雷を踏みに行く必要はない。

 ヘリアンには地雷原でタップダンスを踊る趣味は無いのだ。


「そっかー……」


 しょぼくれたようにリリファの声が張りを失う。が、即座に気を取り直したように顔を上げたかと思うと、つぶらな瞳でヘリアンと視線を合わせ、


「でも、姉様よりはおっぱいおっきいよ?」

「~~ッ! リリファァァァァァ――ッ!!」


 姉の怒声が、狭い天幕内に響き渡った。




 

<< 前へ次へ >>目次  更新