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第九話   「集落へ」

 自己紹介と握手を終えたヘリアン一行は、少女を先頭に森を歩く。


 訊けば、この近辺に少女の集落があるとのことで、まずはその集落とやらに向かうことにした。

 街から逃げ延びた人々が集まって、かれこれ三週間ほど、そこで生活をしているらしい。


「――では、先程のエルフは」

「ええ、街を襲ったノーブルウッドのエルフです」


 道中、情報収集を兼ねて先程のエルフの男のことについて話をする。


 早速面倒事に遭遇してしまったものの、情報源となる人にこんなにも早く会えたこと自体は僥倖(ぎょうこう)だった。最悪の場合は、自国を出て日が暮れるまで歩いても、誰にも会えないことすら有り得たのだから。


「ええと、君達の国の名は……」

「ラテストウッドです。国と言っても、都市一つと幾つかの集落しか持たないような都市国家……もっと言ってしまえば寄り合いみたいなものですけどね。三十年程前にとあるハーフエルフが中心になって、建国したんです」


 この場合の都市国家とは、一つの都市と周辺地域のみを領土としている小国家のことだろう。

 現在のアルキマイラも城と城下町だけが強制転移させられた状態なので、事実上の都市国家状態になってしまっている。


「三十年……割と最近の話なんだな」

「ハーフエルフ自体が最近の種族ですしね。ハーフエルフの数が増えたのは今から百年ほど前のことです。それ以前は、存在自体がかなり珍しかったそうですよ」


 ハーフエルフの少女――レイファが言うには、そもそもハーフエルフが生まれる土壌が無かったらしい。


 エルフにも色々種類がいるが、殆どのエルフは大陸西部の大森林に住んでいる。そして人間が住む領域にほど近い森に住むエルフの国――[ノーブルウッド]の住民の多くが人間を蔑視(べっし)しているらしい。


 地理的な関係上から、人間との接触が比較的多いエルフは[ノーブルウッド]の民になるが、彼等と人間の間では子供など作られる筈もない。


 森の奥深くに住む、人間蔑視の感情が無いエルフが稀に森の外に出て、その中の更に少数が人間と夫婦になり、子供――つまりはハーフエルフを産むようなケースしかなかったとのことだ。


 百年前までは。


「百年前に、種族間戦争が起きたんです」


 [ノーブルウッド]を中心とするエルフの集団と、人間の連合国との種族間戦争。


 エルフの軍勢は、初戦こそ魔術による奇襲攻撃で勝利したものの、その後は人間の数の力に押されて敗戦に次ぐ敗戦という屈辱を味わうことになる。


 そもそも戦場が悪かった。開戦された主戦場は大森林から東に広がる荒野で、一生を森の中で終える者さえいるエルフ達は、荒野への地形適性が低かった。


 そして敗戦の中で[ノーブルウッド]の女王を始めとした多くのエルフが捕まり、エルフ達は人間の連合軍による数の暴力に押され、森まで後退せざるを得なくなった。


 しかし森に入ってからのエルフは、その能力を十分に発揮し、天然の罠や森の従魔を使い連合軍の進撃を食い止める。そこで膠着状態となり、開戦から五年後、停戦協定が結ばれた。


 では五年間もの間、人間に捕まっていたエルフの女性らはどうなっていたか。


 答えは定番通りというわけだ。人間の美的感覚からして一様に美しいエルフの女性は、戦利品として貴族や高位軍人などに下げ渡され、性奴隷同然の扱いを受けることとなった。侵略戦争を仕掛けたのは[ノーブルウッド]側らしいが、それでも聞いていて胸糞悪くなる話には違いない。


 停戦に伴い大半のエルフは本国に返還されたが、その中には陵辱されて身籠っていたり、人間との間に出来た子供を出産していた者が多かった。


 ――少なくとも、ハーフエルフの集団が出来上がる程度には。


「それが私達の祖先です。祖先と言っても、私の世代でまだ四世代目なんですけどね」


 たかだか百年しか経ってませんから、とレイファが補足する。

 由来からしてかなり酷いものだったが、レイファの表情には特に陰りのようなものは無い。少なくともヘリアンの洞察力では陰りを見破れなかった。


「けれど、ハーフエルフがエルフに受け入れられることはありませんでした。

 まあ、ある意味当然ですよね。彼等は人間を嫌ってましたから、人間の血が混じっている私達は嫌悪の対象だったんでしょう。

 自分達の敗戦の証みたいなものですし。むしろ今では人間よりもハーフエルフの方を強く嫌うようになってしまいました」

「……では人間の、ハーフエルフに対する反応については?」

「そっちもまあ似たようなものです。けどエルフよりはマシですね。

 ハーフエルフに好意的に接してくれるエルフはこの付近では一人も居ませんが、たまに森を訪れる人間の中には好意的に接してくれる人もいます。

 いきなり襲いかかってきたり、(さら)おうとしてくる人間もいますけどね。でも、良い人がいないわけじゃないんです」


 現に私も助けてもらえましたし、とレイファは微笑む。


 さっきまでの警戒した素振りはどこへやら、随分と心を開いてくれたものだ。

 それだけハーフエルフは厳しい状況にあるのだろうか、と重い気持ちになる。


 しかし色々と訊いてしまったが、聞くに連れて様々な乖離点が浮き彫りになってきた。



 ――まず、ゲーム[タクティクス・クロニクル]では、そんな歴史は無い(・・・・・・・・)



 少なくともヘリアンの居たワールドでは、そのような歴史は発生しなかった。

 エルフのNPCノンプレイヤーキャラクターの集団は居たが、ゲーム時代の百年前にそんな戦争が起きたことなど無い。当時の自分が知らなかったエリアで起きていた可能性はあるが、他国を併合する中で入手した各国の【歴史情報(ヒストリー)】にもそんな記載はなかった。


 国名も同じくだ。

 [ノーブルウッド]も[ラテストウッド]も、ヘリアンは聞いたことなど無い。


 更に言えば、エルフに勝つことが出来る程の戦闘能力を有した人間の国があるというのもおかしい。ゲームでの人間はプレイヤーのみであり、しかも一切の戦闘能力が無い設定になっていた筈だ。


 ともあれ、此処(ここ)が自分達が従来居たワールドではないという事実が、これで確定してしまったということになる。


 また、人間の国という、ゲームの前提条件を無視した存在がある以上は、従来から存在する別ワールドにデータを移された可能性も無くなったわけであり……いや、そうじゃない。夢だ、これは俺の夢だった。


 ヘリアンは頭を振って考えを追い払う。すべきことは情報収集だ。考え事は何もかも後回しでいい。


「……先程のエルフの態度については理解できた。[ノーブルウッド]のエルフ達は[ラテストウッド]のハーフエルフを目の敵にしているということだな」

「ええ。私達は静かに暮らしたいだけなんですけどね。私達の首都が人間との国境線にほど近く、いざとなれば人間との戦争の際に盾にできて、しかも深淵森(アビス)の付近という悪条件も重なってか、これまでは手を出される事は無かったんですが……」


 しかし状況は一変する。

 三週間前、[ノーブルウッド]は突如として[ラテストウッド]を襲撃した。


「開戦の理由は?」

「分かりません。そもそも宣戦布告無しの奇襲だったんです。街を攻め落とされた後にようやく発表された声明では『高貴な血族にて街を正しく統治するべく立ち上がった』と主張しているらしいですが、到底それを信じる気にはなれません」


 そもそも攻め落とされた[ラテストウッド]の都市は大樹と石造りの合の子らしく、森に拘るエルフ達が殊更欲しがるとは思えない。

 エルフ達の住処には木材以外の素材が使われることは稀で、多くの者が大樹の中で暮らしている。


「人間と再び戦争をするつもりで、国境線に近い私達の都市を、前線基地として活用する狙いかという考えも浮かびましたが……」

「百年前は殆ど敗戦だったんだろう? 今から人間と戦争を始めたとして、エルフ側に勝ち目はあるのか?」

「無いとは言い切れませんが、難しいでしょう」


 訊けば、百年前と比べて人間が数を増しているのに対して、[ノーブルウッド]の民は殆ど増えていないらしい。


 百年前も数の暴力の前に圧されて負けたのだから、今戦ったところで更に苦戦を強いられるであろうことは想像に容易い。


 また、エルフの国は[ノーブルウッド]以外にも幾つかあるらしいが、他のエルフの国は人間に対して格別の蔑視(べっし)があるわけでもなく、わざわざ参戦する事は無いそうだ。


「だから、彼らが都市を本気で欲しがっているとは思えないんです。そもそも都市を欲しがる理由が見当たりませんから。それに都市が欲しいだけならば、逃げ延びた私達を捕らえようとする理由に説明がつきません」


 そういえば、さっきのエルフも『目的は捕獲だ』と言っていた。


 確かに、都市が欲しいだけならハーフエルフを追い出せばそれで済む。いくらハーフエルフ憎しとは言え、都市外に逃げ出したハーフエルフの一人ひとりまでも捕まえようとする理由は無い。


「ラテストウッド側の戦力についてはどうなんだ? 抵抗はしたんだろう?」

「勿論抵抗しました。けど、初手の奇襲で都市の中心部が大打撃を受けたんです。どんな大魔術を用いたのか、見たこともないような規模の業火に襲われて……」


 業火?


「待て。エルフが火を初手で使うのか?」

「はい。それもおかしいんです。確かに凄まじい威力でしたが、森にも被害が出てしまいましたし。仮にも“高貴な森の守護者”を自称するエルフ達が好んで使うのは、明らかにおかしいんです」


 聞くほどに妙な話だ。


「中心部に大打撃を受けたということは、国王……かそれに当たる指導者は?」

「女系王族なので、指導者は女王ですね。[ラテストウッド]の女王は王配と共に行方不明です。エルフほど魔術が得意ではありませんが、それでも皆を纏め上げて建国した実力者ですから、亡くなってはいないと信じたいです。ですが集落に逃げ延びてきていない以上、恐らくはエルフ達に囚われているのでしょう」


 しかも[ラテストウッド]は首都を奪われている。既に負け戦だ。

 もし自分が彼女らの立場だとして打てる手があるとすれば、逃げ延びた手勢を纏めた上で、他勢力を手を組んで反撃というのがベターだろう。


 だが彼女らは、人間からもエルフからも差別を受けているハーフエルフだ。

 だからこそ寄り集まって国を作ったのであって、頼れる存在が外部にいるかと問われれば答えに詰まるだろう。


 自然、気が重くなる。

 可哀想にとは思うが迂闊に手は出せない。

 余計な事は考えるなと自分を戒め、ヘリアンは情報収集に努める。


「ちなみにレイファさん。エルティナについては」

「レイファでいいですよ」


 にっこり笑顔を向けられる。

 助けた際の能面のような表情とのギャップに、不覚にもクラっと来た。

 幾らなんでも一気に好意的になりすぎじゃなかろうか。


「あー……ではレイファ。エルティナなんだが、彼女は[ノーブルウッド]の住民じゃない。だから君達を差別することはない。私もハーフエルフに差別意識は無いし、こっちのリーヴェについてもそうだ。その点は信用してもらっていい」


 隣を歩くリーヴェとエルティナが首肯する。

 レイファは朗らかに頷いた。


「はい。信用させていただきます」


 聞きようによっては釘を刺すような台詞だが、他意は無さそうだ。


 一応は信用してもらえたようで一安心する。

 事情を聞いて分かったが、成程自分達一行を警戒していたのは当然だ。


 なにせ人間の男がエルフの女を連れているのだ。

 もう一人の連れも女とあっては、レイファが当初言っていたように、ヘリアンが奴隷を連れているのだと勘違いされてもおかしくない。


 ちなみに、このあたりの情勢について全く知らない理由については、遠方から来た旅人だからという設定で押し通した。


 レイファには頭から爪先の先までジロジロと見られることになったが、彼女は何も訊かず先程の説明をしてくれていた。


 後から色々と突っ込まれそうで怖いが、レイファから何も訊かれない以上は、今のヘリアンに出来ることはない。色々と無用な補足説明をしようとして、自らボロを出すこともないだろう。まずは色々と話を聞くことをヘリアンは優先した。


 余談だが、エルティナは二人の会話に相槌を打つ程度で、リーヴェに至っては完全に無言状態だ。設定にボロが出ないよう、会話は完全にヘリアンに任せる態勢である。


「ところで……」

「ん?」

「珍しい瞳の色をされてますね。黒い瞳なんて初めてお目にかかりました」

「……そうなのか?」

「はい。それに髪の色も黒ですし。黒髪だけなら稀に見かけますが、人間で黒髪の方は見たことがありません。とても珍しいように思います」

「……ほぅ」


 ――やばい。

 この話の流れは良くない。


 察するに、この辺りには黒髪黒眼の人種は少ないのだろう。現にレイファは金髪緑眼で西洋系の顔立ちだ。このままでは『何処から来たのか』という話題に繋がってしまう。


 それはまずい。なにせ、このあたりの地域名すら分かっていない状態だ。適当な地名を出身地として答える手もあるが、そうすると「どちらの方角から来たのか」「何故こんなところにいるのか」「旅の目的は」などと旅に関する話題が深まっていくだろう。それら全てを誤魔化す案などすぐには思いつかない。このままでは旅人設定が破綻する。


 慌てて、話題を変えた。


「しかしなんというか、レイファは随分と大人びてるんだな。話し方というか、所作が洗練されているというか……どことなく風格を感じる」

「そうですか? 普通だと思いますけど……あ、もしかして私の年齢を勘違いされていませんか?」

「ん? あぁ、そうか、エルフ種ということは見た目よりも……あー、その」

「そんな言いづらそうにしなくても構いませんよ。気にしてませんから。お考えの通り、私は見た目よりも(とし)を取ってます」


 やはりか。

 ハーフエルフということは、エルフ族の長寿の特徴を持っている。


 であるならば、外見年齢と実年齢には随分と差がある可能性が高い。

 エルフより顕著ではないだろうが、ヘリアンより年上の可能性も十分にある。


「私の年齢は十五歳です。驚かれましたか?」

「…………驚いた」


 見た目通りの年齢であることに逆に驚いた。


 やっぱり子供じゃないか。

 いや、二十歳にもなっていない自分がそう言うのも何だが、彼女の齢は日本で言えば中三か高一の年齢だ。なんでちょっとドヤ顔で言ったのか意味が分からない。一体幾つに見られていると思っていたんだろうか。


 改めて視れば、種族的に長身なエルフ族としては彼女の身長は少々低い。エルフは女性でも165センチ以上であることがザラで、現にエルティナも169センチと高身長だ。一方で、レイファの背丈は160センチそこそこに見える。


 ひょっとすると、エルフ的な観点からすれば、背の高さで外見年齢を測っているのかもしれない。それならばレイファの頓珍漢なこの反応にも納得……しづらいな、うん。


「あ、ちょっと待ってもらっていいですか?」

「ん? 構わないが」

「あと十分ほど歩けば集落に着くんですが、皆さんを連れて行くと集落の皆が驚いてしまうと思うんです。なので、先触れを出す為に仲間を呼びたいと思いまして」

「おお、気を使わせてすまない。是非とも頼む」


 騒ぎになるのは御免なので、素直に嬉しい申し出だ。

 笛でも使って呼ぶのかと思って見ていると、レイファは懐から翠色の石を取り出して地面に置いた。そして近くに落ちていた小枝を使って、置いた石を中心として地面に何らかの模様を書いていく。

 描かれていくその幾何学的な紋様は――。


「……陛下、魔法陣です。念のために警戒を」


 レイファに聞こえない程度の声量で、エルティナが囁く。

 やはり魔術行使の準備だ。


 ゲーム[タクティクス・クロニクル]では、幾つかの儀式魔術の中に、魔法陣を描いて発動させるものがあった。レイファが行使しようとしている魔術もその類なのだろう。


 仲間を呼ぶ為の目印になるものでも打ち上げようかと言うのだろうか。それにしては随分と仰々しいが――。


「お待たせしました。今から仲間を喚びますね」


 今から仲間を喚ぶ?

 言葉のニュアンスが引っかかった。


「もしかすると……これは召喚陣なのか?」

「ええ。お互いに仲間だと認識している者を召喚する魔術なんですが、魔力を増幅させる為に陣が必要でして。お待たせしてしまいました」

「……仲間の召喚?」


 なんだそれは。

 そんな魔術は[タクティクス・クロニクル]に存在しない。

 召喚魔術自体は存在するが、魔力により創造された召喚獣しか喚び出せない代物だ。生きている既存のキャラクターを喚び出すことは出来ない。


 キャラクターの瞬間移動――即ち転移については【転移門(テレポータル)】を介する必要があるというのが[タクティクス・クロニクル]の大原則なのだ。しかし、目の前の少女は魔術で仲間を喚ぶことが可能であると言う。


 そういえば、先程のエルフ男の行使した魔術にしてもそうだ。

 小石を投擲して風魔術を行使したようだが、あの魔術も初見のものだった。

 ゲームをやり込んでいるヘリアンが知らない魔術など、そうあるものではない。これは一体どういうことだろうか。情報を集めれば集めるほどに、既知の知識との乖離点が増えていく。


 困惑するヘリアンを他所(よそ)に、レイファは魔術行使の為に目を瞑り、祈るようにして手を組んだ。リーヴェとエルティナは未知の魔術行使に対し、何が起きても即応出来るよう身構える。


「我は乞う。(いざな)うは(かそけ)呼聲(よびごえ)。友よ、我が友よ。汝もまた我を(ともがら)と認むるならば、我が(こえ)(しるべ)に今此処に来たれ――〝我は輩を導く者(コールフェロー)〟」


 魔法陣がエメラルド色に光り輝き、一条の光となって収束した。

 一瞬眩い輝きを残して光は消え、後に残ったのは妙齢の女性の姿だ。


「レイファ様! あぁ、ご無事で良か――ッ、エルフ!?」


 魔法陣から現れた、恐らくはハーフエルフの女性は、背に携えていた弓を咄嗟に手に取り、流れるような動きで矢筒から矢を抜きつがえる。


「おやめなさい、ウェンリ! この方々は私を助けてくださった旅人の皆様です。今すぐ弓を下ろしなさい」

「し、しかし、その獣人はともかくソイツらはエルフと人間です! 危険です、お下がりください!」

「私は弓を下ろしなさいと言いました。これは命令です」


 レイファに(たしな)められた女性は、警戒する視線はそのままに渋々と弓を下ろした。まだ弓も矢も握ったままだが、そこが彼女の妥協点だったのだろう。


 ――しかしそんなことよりも、ヘリアンは別の問題に頭を抱えたくなった。


 喚び出された女性がレイファの命令に従ったということは、レイファは彼女よりも目上の存在であるということになる。

 だがどう見てもレイファは彼女より年下だった。レイファが十五歳なのに対し、喚び出された女性の外見年齢は二十代半ばに見える。


 軍隊ならば階級を絶対のものとして、若い者が年上の者に命令することはある。

 それで言えば、レイファが女性よりも上位者である可能性も無くはないが、レイファのような少女が軍の幹部とは少しばかり考えにくい。

 しかも、現れた女性は彼女に対し『レイファ様』と呼んでいた。


 ならば、喚び出された成人女性より年下であるにも(かかわ)らず上位に位置し、かつ敬われているように見受けられる少女の身分とは――?


「申し訳ありません。今の集落では殺気立っている者も多いものでして。不躾な真似をしてしまい、重ねてお詫び申し上げます」

「いや、それは構わない……構わないんだが、レイファ、一つ訊きたい事がある」

「はい。何でしょう?」


 ニッコリと、レイファは友好的な微笑みを浮かべる。

 ヘリアンは背中に嫌な汗を流しながらも訊いた。


「君の……フルネームを教えてもらえないか?」

「喜んで。私のフルネームは『レイファ=リム=ラテストウッド』と申します」


 レイファ=リム=ラテストウッド(・・・・・・・)

 ハーフエルフの国の名もまた、ラテストウッド。


 国の名を自らのかばねに戴く人物など、そうそういる筈もない。

 つまり、ただのハーフエルフだとばかり思っていた少女の正体とは……。


「もう少し歩けば私の国に着きます。何も無いような集落ですが、せめて助けていただいたお礼だけはさせてください。一個人として、そして王族(・・)としても歓迎させていただきます」


 純粋に見えていた笑顔が、今は怖い。

 先程までの会話でのレイファの言葉の全てに、何らかの裏が篭められていたようにさえ感じられた。


 まずいことになった、とヘリアンは今度こそ頭を抱えた。




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